2007.03.07

短編小説:ふみきり

『式王子港市における埋葬法』
 明治維新政府によって、神道派の反発を考慮にいれた太政官布告による火葬禁止令が徹底され仏教色の払拭がなされる前も、都市部生活圏の場所問題により、火葬が復活し、それが主となる後にいたっても、式王子港市では土葬の風習が色濃く残っていた。
 木枠の桶に、遺骸と共に土地神への供物を奉納品として共に埋めた。奉納品を受け取った神はその礼として遺骸に精を吹き込み、その頬に朱を差させては生前の姿を纏わせ、現世に還すという。実際に土葬である場合に、土の精気を受け仮死状態であるものが息を吹き返すという現象が少なからずあった。このことが宗教的意味合いを強め、火葬よりも土葬のほうを尊ぶようになったのであろう。……参考事例……「屍解鬼」
 
『屍解鬼』
 墓場などの地下に群棲し、遺骸を攫って喰らうといわれる鬼。畜生面で護謨状の皮膚をして、前かがみに飛び跳ねるように二足歩行するという。
 御囃子宮の社殿にはまことしやかに「屍解鬼の腕」と伝わりし怪しげなる物が奉納されている。一見したところ、霊長目の腕に見えるが、劣化した護謨に似た形状も併せ持ち、いい伝えの容姿に遵えば屍解鬼は存在している物証となるやもしれぬ。写真は別紙参照。レントゲン検査及び体細胞の採集は許可されず、科学的検証はない。
 かつて、義歯やかつら用の毛髪狙いの墓荒らし、果ては解剖学研究の学徒らが生体の手っ取り早い調達方法として死体を盗むことがしばしば横行した。それらの姿が鬼気めいて伝聞されたとしても納得のいく話である。
 付記しておく事例として当時のカストリ新聞に「カクモ衆生驚クベキカナ。桶ノ底抜ケタル当ニ其ノ下、凍エル冷気息吹ク果無シ穴在リ」とされている。
 尚、更に追記のこと。米国、アーカムにあるミスカトニック大学での研究資料として「食屍鬼」と「夢想國」や「成り変わり」についての言及があるが、民俗学的見地からの関連性は未だ見出されていない。
 
 *
 
「ふむふむふむふむ」
 横でふむふむいいながらシャーペンでがりがりノートにメモしている生き物を僕はぼんやりと眺めていた。生き物の手元には『式王子港郷土史』なる分厚い黄ばんだ書籍が仰々しく鎮座なさっておられる。この、一種亜空間めいた空気に耐えられる中学生が、式王子大学付属中学校に「もし」存在するとしたら僕だけだろうと自負できる。
 先ほどから隣に座っているヘンチクリンが一生懸命に何をしているかというと、飾らずにいえば死体の研究だ。いやちがうか。死体に伴う何かの学究だ。それか……或は単に死体が好きなだけかもしれない。まさか、そんな僕じゃあるまいし。
 そんな僕はといえば、今やレア本である『SFバカ本』に収録されている「演歌黙示録」を読んでいた。牧野修氏の傑作だ。演歌と神秘学についての繋がりから世界滅亡への道を描くというトンデモだが、こんなトンデモ小説が大好きである。図書館であることを考慮して笑いをこらえるが、それでも時折こみ上げてくるものは抑えきれない。ぷぷ。
 隣のギガガントマギカディアボロスが僕の笑い声に反応してジト目でこちらを見た。グワリッと顎を広げ威嚇している。僕も負けじと手元のノートを覗き込んでやる。「成り変わりと都市伝説の関連性とは?」としゃちほこばった字で書いてある。両手でノートを覆い隠すようにして「何よぅ」と珍獣が今更恥ずかしがってる。
「お気に召すなら『オールカラー解剖学図典』でもお持ちいたしましょうか。無修正で胴体輪切りの連続写真が載ってる奴」
 シャアーッとまたもや人間てこんな口開くのかってぐらいの全開で威嚇。
「そろそろ時間だからさ」
 館内にドヴォルザークの新世界が流れている。閉館の時間が近い。
「おす。了解ー」
 チンチラの仔猫のように無邪気に飛び跳ねながら少女は『式王子港郷土史』を禁帯出の棚に返しにいった。禁帯出図書なんて読んでたのか……。
 
 *
 
「おまた……せ」
 あいつは図書カウンターで司書のおねーさんと話してる……。
「翔さーん」
「こら、チーちゃん。木津さんっていいなさい」カウンター内のおねーさんが片眉をきゅっと上げる。
「はい。木津おねーさん」
「よろしい。千尋くん」
「で、で?」あいつの目がきらきらしてる。こんな目をするのは理由がある。ちゃんと分かってるんだ。だけど。
「ミッションコンプリーツ!」眼鏡がキラリンと光る。親指をグイッと上に向けた拳を突き出す木津さん。木津さんは司書のアルバイトをしていて、あいつとは顔馴染みだ。というか馴染みすぎちゃってるから困る。
「テリー・ビッスンの『ふたりジャネット』とラファティの『宇宙舟歌』!」あいつが感激した雄たけびを上げながら、木津さんの両手を握ってブンブン振ってる。木津さんもこらーとはいいながらも嫌な顔を見せることはない。
 不健全だ。ビッスンやラファティの面白さはあたしにだって分かる。でも二人はそれ以外に血に淫するがためのクライヴ・バーカーの『ゴーストモーテル』やインモラルな『SFバカ本』なんてのをを式王子港市立図書館にせっせと納入しているのだ。学究の徒であるべきこの場であたしと違ってあの二人は書物に淫らがましい空気を持ち込んでる。不健全、不健全だ。
 それに……肩にややかかる程まで伸びた黒髪、知的なノンフレームの眼鏡。清潔な白のブラウス。香るか香らないかな程度の香水。いかにも女の子。木津さんはあたしが五年の年齢差を補っても追いつけない女の子をしてる。それをあいつがかまう。
 不健全だ……どっちが? 
 図書館に不健全な本があるのがいけないのか、それとも木津さんが不健全なのか。前者は多分、そうだ。でも後者は……きっとあたしが不健全なんだ。
「お、翔さん、いい色のブローチ付けてるね」
「む、目ざといなぁ。スワロフスキーなんだけどね。アメジストの葡萄」
「さすが似合います。ところで読みたい本があるんだけど?」
「おねーさん、いつか誉め殺されそう」
 こんな二人ならいつかミスカトニック大学から『ネクロノミコン』の写本だって手に入れちゃいそうだ。あたしはなんだか脱力してしまう。
 
 *
 
「で、調べ物はうまくできた?」
 三月の足音はすぐそこまで来ているが、五時過ぎはまだ寒い。千尋はハーフコートに手を突っ込んで歩いている。
「邪魔されなきゃもっと進んだかもね」毬華が口をとがらす。毬華は千尋のことを邪魔だなんて産まれてこの方、一度も思ったことはない。先ほどのもやもや感が残ってて、憎まれ口を叩いているだけだ。  
「そっか。悪い」
「いつものことだ。気にすんない」ばんばんと毬華が千尋の背中を叩く。その度に毬華の猫ッ毛なショートヘアが揺れ、千尋の鼻先に仄かな牛乳石鹸の香りが漂う。
「今晩、どうする? お前ん家たしか」
「ん、そうさな。ゴチになりますかなぁ」
 海淵侍毬華と長谷川千尋はいわゆる「お隣さん」である。十年ほど前とはいえ一緒に風呂も入ったことのある仲だ。海淵侍家の両親は共に民俗学者であり、フィールドワークで国内外を問わず駆け回っている。そのためよく家を空けており、そんな時毬華は隣家である長谷川家にご飯を食べに来るのだった。用心も兼ねて千尋の両親は千尋の姉の部屋を貸そうと申し出ている、そんな話を千尋は聞いていた。
「今晩エビフライだってさ。甲殻類サマサマ」
「じゃあ尻尾あげる」
「お、気が利いてるなぁ。どした」エビの尻尾やホタルイカの眼球なんて妙な物が好物なのを知ってるのは学校じゃあたしだけだな、毬華は心の中で笑った。
「どうもしない。そうそう調べ物といえば、こんな都市伝説があって」
 毬華がノートを開ける。空に陽のほむらはかろうじて踏みとどまっている。千尋はメモを覗き込んだ。
 
『屍解鬼の踏切』
 全国各地に設置されている踏切のうち、幾つかは魔の踏切と呼ばれ、何故か事故が多発するところがある。しかし、綿密なる調査に関わらず、計器の故障や経年劣化による誤作動も人為的ミスも見出せなかった。原因究明の結果、とある民俗学者が「地域性」を挙げた。その地域がかつて土葬が盛んであったことに。「それ」を食料としていた屍解鬼が獲物を仕掛ける罠を編み出した。死食性であり、臆病である屍解鬼は自らが狩をすることはなく、その道具立てとして列車を選んだ。歩行者を幻惑させあたかも信号に異常がないと錯覚させて踏切を渡らせる。そうして手にした「獲物」を巣穴に持ち帰り食すのだと。
 線路に事故の痕跡が残っている。千切れた衣服や所持品など。列車にも何かを轢いた痕跡が残っている。しかし、遺骸は見つからない……。
 
「そんなの調べてたのか。それでよく人のこと悪趣味とかゆーよな」
「それは違う。あんたのは悪趣味。あたしはフィールドワーク」
 バチバチと見えない火花が散る。
 目の前の踏切がカンカン音を立てている。
 毬華の視線が何かを捕らえたかのように座っている。その視線の先、千尋は線路沿いの盛り土に幾人もの影が躍るのを幻視した。
「ねえ」
「なんだよ」
「あたしがいなくなってもケータイのメモリ消さないでね」
「なんでそんなこと」
「甲殻類一匹あげるから」
「わーかったからそんなこというな。消すわけないだろ」
 毬華がうん、と笑ってそれじゃあ、お風呂入ったら行くから勝手にめしすんなーと千尋を置いて一人駆け出した。
 踏切の自動遮断機はとっくに上がっており、千尋の横を車や学生や自転車やらが通り過ぎてゆく。
「ニューヨークの地下鉄でもそんな話あったよなたしか」
 千尋は盛り土にもう一度目を向けた。なにも異常なものなどありはしなかった。
 
 *   

 夕飯はエビフライに大根おろし添えハンバーグ。ネギダク納豆にナメコのお味噌汁。
 それに河内ワインの赤。あたしらが十五歳だってことを長谷川パパママは気にもしていない。あたしはグラスに一杯だけ注いでもらい、火を扱うように慎重に飲み込んだ。マスカットベリーAの芳醇な香りが口いっぱい鼻いっぱいに広がり胸が熱くなる。辛い。千尋のおねーさん好みの味。
 千尋はといえば食後、そのおねーさんとケータイで話し込んでる。しぶしぶといった表情だが、遠慮なく軽口を叩いているから嫌じゃないんだろうな。あいつ、エビフライを約束どおりに一尾皿に放り込んでやったら、代わりに付け合せの人参甘煮をあたしの皿にぽいぽい投げ入れる。辛党なのは知ってるので黙って食ってやった。
「比奈子おねーさんなんだって?」
「ああ、今河内に行ってるらしい。ワイン館があって片端から試飲してやったって豪語してた。どんな肝臓してんだか。いかんぞう」
 一発どつく。
 千尋はニコニコしてる。ツッコミがあることに嬉しがってるのだ。ったくもう。
「さて、腹ごなしにいっちょ指南してやるか、ホレ」
 千尋は自分の部屋にあたしを引っ張り込み、ゲーム機のコントローラーを寄越し、ゲームロムをセットし、あたしがあ、も、う、もいわないうちに始めてしまった。
 『怪物狩猟者』は千尋がマイブームにしているアクションゲームだ。主人公は狩猟者となって出てくる怪物を得意の武器で退治しオンラインで全国ランクも出るという極めし者のためのゲームだといってる。全国でも上位ランカーに入っているらしく、要はあたしに自慢したいのだ。お子様め。
 
 *
 
 緑の藪深い獣道。視界が狭く、しかし獣の息遣いだけが聞こえる。
 走り回る地響き。砂煙。
 あたしは跳躍して岩陰に身を潜める。自分の息遣いも荒くなっている。
 苔色のいぼに鎧われた毛むくじゃらの鼻面が地面を蹄が蹴る音。
 大剣を横に薙ぐ。止まらない。一転して体勢を立て直し、視界を回転させる。
 奴は……目の前にいた……剣先を正眼に構え、突撃。
 
 *

「お前ぃ、セブンセンシズはないのか」
「そんなもんないわよっ」
 あたしのキャラ、マリカは地面に倒れ臥し、いぼいのししに踏まれまくっていた。
「ヴェルッカボアーは別名『猪神サマ』と呼称される序盤、いやある種このゲームで最凶を誇られるモンスターなんだ。その首の上に付いてるモンをうまく使え、アホ」
 千尋が深狭鬼と名付けた、黒髪長髪の女剣士を選択する。武器は同じく大剣。
「見てろ」ぺろりと舌を出し上唇を舐めた。
 先ほどのシチュエーションに遭遇する。細い獣道に三体のヴェルッカボアー。
「要するに、あれはお前だ。もしくはうちのねーちゃんだ」
 突進してくる三体をまともに相手せず、側面から動きの止まったところを狙い打ちに大剣を上段から打ち振るう。一撃では沈まない。すぐさま深狭鬼はヴェルッカボアーから離れ、突進を待ち、剣を構える。動きが止まる。打ち込む。それの繰り返し。
 ものの二分で三体のヴェルッカボアーは地に沈み、深狭鬼は悠悠とハンターナイフで皮革を剥いでいる。ファンファーレが鳴り響く。
「な、正面から猪突猛進してくる相手なんて簡た……ん」
 誰が猪突猛進だっ。鉄拳を千尋のテンプルにめり込ませる。あたしは最後まで台詞をいわせなかった。千尋はコントローラーを握り締めてあたしのひざに倒れ臥した。
 トクンと鼓動が跳ねる。ごろんとひざの上で転がり千尋が顔を上に向けた。あたしが先に帰ったのはシャンプーを買いに行くため。牛乳石鹸は卒業したんだ。
「ごめんな」
「え」
 収まれ、心臓。シャンプーを変えたのに気付いてくれたんだろうか。木津さんのブローチに目が行ったみたいに。千尋との距離が近過ぎる。鼓動がばれる……。
「猪なんてごめん。毬華きっとギガガントマギカディアボロスの化身だよ」
 ゴス。あたしのひじが鼻柱を直撃した。
「てんめー、そんなお前にはなー」
 鼻を押さえながらポケットに手をやり探っている。頭はあたしのひざの上のまま。
「これをやる」
 にゅっと突き出た拳。開いたてのひらの中には小さなピンバッヂがあった。
 窒息状態。いわゆるチアノーゼで紫になっている悪趣味に戯画化された顔が房になって連なっている。葡萄?
「さっき飲んだろ? ねーちゃんがワインと一緒に送ってきたんだ。さすが姉弟だけのことはある」
 豪放磊落というか、比奈子おねーさんは弟の趣味を許せるくらいに器が大きい。というか完全なブラコンで千尋は苦りきってる。そして体裁気にせず活発すぎるあたしの中におねーさんの姿が重なるらしい。つまり「おんな」を意識しないのだ。
「おんなじもん持ってるから毬華にってことだろ、きっと」
 もう一度手をポケットに突っ込み取り出したそこには表情は異なるものの同系統の悪趣味なバッヂがあった。
「はは……ははは」
 いつのまにか泣いていた。千尋の顔に涙が落ちる。ひと雫、ふた雫。
 千尋の気持ちは真っ直ぐで嬉しい。照れも無く猫のように平気でじゃれあってくる。でも、そんなこいつのあたしを見る瞳の中におんなはいない。悲しいがいつの頃からか分かってしまった。
 精いっぱい伸ばした手で千尋があたしの頭を抱える。てのひらが髪の毛をくしゃりとかき回す。困った表情であたしを見上げてる。
 十五年も一緒にいれば何でも見えてくる。見たくない。でも背けられない。
 例えば、木津さんのようにあたしが守ってやりたいくらい脆弱で清楚でおしとやかで愛らしい女性が好みなのだ。同族嫌悪といえば失礼だけど、比奈子おねーさんの性格に加えてとち狂ったほどの溢れんばかりの愛情に千尋は免疫を持ってしまった。
 フィールドワークで泥んこになっても気にしないような幼馴染は姉と一緒にしか見えないに決まってる。だからひざ枕にもシャンプーにも反応しやしない。
 確証が掴めたら、あたしはあたしを脱ぎ捨ててこいつの前に現れてやる。
 もう平気な澄ました瞳なんかであたしを凝視なんかさせてやらない。
 
 *
 
『成り変わり』
 「屍解鬼」と、欧米で風聞される「屍食鬼」には共通点が数多見受けられる。地下に群棲し、死食性であるのは周知のこと、最たる特筆すべき特徴が成り変わりであろう。
 対象物である屍骸が人間である場合、その者の大脳、小脳、脳幹を含むいわゆる脳と、心臓部を喰らうことにより、その者自体に化生するといわれる。外見はいわずもがな、その者の記憶の細部にいたるまで、特徴は異なる点を見出せない。しばしば文献で完全に死亡を確認された遺骸が納骨堂や土饅頭に隠された木桶の中から消失し、変わらぬ生前の姿をまとって戻ってくる事例の報告がある。日本での研究報告は皆無であるが、海外の研究資料により、民俗学的同意性を補完することにいささかも臆するべきではない。
    
 *
 
 あの晩、流した涙のわけを毬華は教えてくれなかった。
 あれから、独りの家に帰った後、次の日の朝にはもぬけの殻だったからだ。
 両親に似て、放浪癖というか、毬華は学校すらサボってふらりと旅行に行くことが以前にもあった。問題児極まりない。帰ってきたら土産話というか、下手すると一昼夜に飽き足らず延々と都市伝説やら云々喋ってる。つまり、根は僕と変わるところがない。立つ位置が違うだけで。
 数日前、毬華と図書館からの帰り道に通った踏切で事故があった。
 事故現場には式王子大学付属中学校の制服と鑑定された布切れが落ちていた。というよりも布切れがあったから事故、事件性が示唆されただけで。
 なぜって。毬華以外、一人も生徒が欠けていないからだ。
 その毬華からは相変わらずメールが届く。たわいもない内容のメールばかり。抹茶屋の牛飯で初めてネギダクに挑戦してみたとか。事件を秘匿するために毬華を装っているならよほど才知に長けた奴だろう。毬華の友人ということで警察署に呼ばれたが、こんなアホなメールを寄越すのは毬華本人以外百パーセントありえない。
 ありえないということは毬華の身に何かあったわけじゃない。
 変わったことが一つだけある。
 あの翌日から今日まで僕は毎日終業時間まで図書館に通っている。毬華がいつでも戻れる場所を用意しておくために。
 そんな僕の生活を狂わすひと。
「お隣、座ってもよろしいでしょうか。あたくし」
 紀伊國由芽。僕と同学年で隣のクラス。生徒会副会長を務めるお嬢様。
 ほっそりした面立ちに流麗な立ち居振る舞い。どこまでも柔らかな口調。腰まで届く艶やかな黒髪。
 僕は彼女を勿論知っている。遡れば入学式当時から一目惚れの女の子。しかし彼女との接点はこれまでない。この図書館で見かけたことすらない。
 打てば響く。彼女はどこまでも僕の話題について来た。数日の間にあたかも以前からの「半身」であったかのように寄り添って座っている。
 居心地悪い違和感の中に僕はいる。本来、隣の席には毬華が座ってふむふむと呆れるほどの本の虫になり古書籍に齧りついてたはずなのに。横を向くと紀伊國由芽がたおやかに微笑んでいる。半身をもぎ取られたかのような耐え難い喪失感。憧れや一目惚れよりも、繋ぎ慣れたてのひらを手放す辛さ。こんな気分、毬華の所為だ。
 そして僕は気付いた。彼女の通学鞄を飾っているものに。
 ありふれたバッヂかもしれない。毬華が「悪趣味ー」といいながらも握り締めていた葡萄のピンバッヂ。
 清潔感溢れるオーデコロンの中に墓場のような匂いが混じっている。
 僕は変な妄想に苛まれる。毬華が線路の盛り土に隠された穴から顔を出し、獲物を狙っている。毬華が少女を幻惑し罠にかける。少女が閉じられた遮断機をくぐる。
 列車に跳ね飛ばされ横たわる少女の胸を開き、温かい心臓を取り出す。
 乱れた黒髪に爪を突きいれ頭蓋を割り、脳に口唇をあてがう。
 そして成り変わる。
 由芽が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
 毬華にいわせれば不健全でインモラルな小説を読みすぎたツケなのだ。   
 隣の特等席に毬華が早く帰ってくるといい。僕は牛乳石鹸の香りを恋しく思った。              

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2007.03.04

奇想に親しむ

みなさま、明けましておめでとうございます!
本年も変わらぬご愛顧承れますよう宜しくお願いします!
……
……
いや、分かってますよ?
旧正月もひな祭りも過ぎちゃってるの。
でも、まずはここから、ということで。カウンターも着実に増えており、放置していたにも関わらず見捨てずに居てくださった方々には面目の施しようもありませんが、これにて再開です。

まず、《ココログで読める小説群》について。
余裕があれば更新していきたいと思いますが、ほぼ凍結状態であるとお考えください。
これは甲斐の趣味でココログ小説を蒐集していたのであって、趣味は趣味できばらずにのんびり行こうと思います。

現在、甲斐の活動領域はほぼ九割、mixiに移動しています。
日々の雑記なんかはmixiで書いてますし、ココログで甲斐が交流させていただいてる方々で、
「よっしゃ読んでやるけん。見せちみい!」と剛毅な方がおられるなら、
甲斐ミサキ」の名前で検索するとHITしますので、ぜひお越しください。
よろしければマイミクなんかもしてしまいましょう。
mixiでのみ甲斐が管理人を勤めている創作コミュニティもあります。
「クトゥルー神話創作小説同盟」と申します(身も蓋もないな……;)

閑話休題:
昨年夏に物書き交流同盟に参加したことをきっかけに大いに創作環境が変化しました。夏から年末にかけて、五本の短編を書き、今年に入ってからも未公開含め、三本の小説が書きあがっています。
ココログ間でないことが悔やまれるものの、世界観をシェアしあい小説をコラボレートする企画も立ち上がりました。シェアワールド小説も順次、公開していきたいと思います。

初めてのオフ会もしたし、昨年後半は創作活動において、間違いなく転機になったと思います。

閑話休題:
というか本題。
年末年始にかけて、大量に読み散らかしていました。未だ読みきれずに積み読になっているものも数多。
以下列挙。
火浦功:「スターライト☆パ~フェクト」「ファイナル・セーラー・クエスト完全版」
古橋秀之:「超妹大戦シスマゲドン1、2」
阿智太郎:「僕の血を吸わないで」
米村圭伍「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」「退屈姫君 海を渡る」「退屈姫君 恋に燃える」「おんみつ蜜姫」
R・A・ラファティ「子供たちの午後」
テリー・ビッスン「ふたりジャネット」
浅倉久志選「グラックの卵」
東雅夫編「クトゥルー神話事典第三版」

「グラックの卵」の後書きで引用されている伊藤典夫さんの言葉を引用する。

「(……)なぜこんなバカな小説に魅力を感じるのか、さっぱりわけがわからなかった。今でもわからない(わかったら身もふたもないような気がする)。しかし、その後いろいろなSFを読んでいくうち、はっきりしてきたことがいくつかある。SFというものは、どれほど科学考証をこらし、まことしやかに書かれていても、どこかにいくつかバカな要素があり、ぼくがSFに惹かれるのはまさにそういう要素があるのだということだった。俗にいう本格SFは、それらがすべて一定の飛躍のレベルのなかにあり、リアリスティックな理論づけによって違和感が隠微されているにすぎない。したがって、理論づけが希薄になり、飛躍のレベルの異なる要素が多くなればなるほど、その作品はナンセンスSFの様相をおびてくるわけである」

甲斐がラファティを今後の生涯も含めて愛してやまないのは、飛躍のレベルがずば抜けて高く、他の追随を許さないからに他ならない。ラファティは意図してコメディを書いていたのではないと思う。ご本人はトールテールだと仰っていたそうだが、それも単にバカを演じる話ではない。
火浦功は奇想という点でもしかしたら、という予感があった。だが、アイデアにおいて既存のもので満足している節がある。
阿智太郎にももしかしたらと思ったことがある。でもバカバカしい話をバカバカしいうちに終始するのは、単なるお祭りだ。一過性のものだ。
古橋秀之。彼は今のところ甲斐の模索する定義において日本人では良い位置にいるのではないか。
先日上梓された「超妹大戦シスマゲドン」が世界最強を決めるS-1グランプリというトンデモな発想から、あれよあれよという間にデタラメな、しかし性質は生真面目な視点で描かれている。
そしてテリー・ビッスン「ふたりジャネット」に収録されている作品。どれを手にしても懐かしい香りがする。
《万能中国人ウィルスン・ウー》シリーズはいうまでもなく、「冥界飛行士」「英国航行中」……
今のところ、彼がその位置にもっとも近い場所に存在している。
なんの位置かって?
ラファティの衣鉢を継ぐものの地位のこと。
飛躍的なナンセンスSFをコメディではなく、真面目におバカな、奇想天外なトールテールを書く者。

閑話休題:

甲斐がクトゥルー神話世界を好むのは、ありていに言えば、そんなバカな的ナンセンスの塊だからです。
バカな発想を科学的考証とするのか、ホラー的な要素で糊塗するのか、それだけの違いです。
上記にも書きましたが、今年に入って三本の小説を書き上げています。不真面目に適当に書いてはいませんが、なんともバカバカしい内容だと自分でも思います。でも元来、そういうバカバカしいお話が大好きなんです。
甲斐を本の虫へと誘ったのは、今は亡き、星新一大先生です。遠回りして、やっと原点にたどり着いたのかもしれません。全ての小説は奇想への道なのだと。

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2007.01.13

短編小説:おもち

 新年の明けた三が日最終日の朝、操木依子が取りとめのない、普段の自分とは微妙に異なる人生を幾通りか体験した夢から目覚めてみると、ベッドの中で自分の姿が一個の人間の形を模した、とてつもなく大きなお餅に変わってしまっていることに気がついた。ドットのように白いミッフィの顔が無数にあしらわれたクリーム色のパジャマを着こんだお餅。搗き立てのお餅ほどの可塑性はないものの、真っ白な皮膚は羽二重餅のようななめらかさ、柔らかさを保っている。これがほんとの餅膚だ、とぼんやり依子は思った。
 いったい、自分の身の上に何事が生じたのか、依子は考えてみた。夢にしては現実的過ぎた。視界(餅にそんなものがあるとするなら知覚と表現するのが一番分かりやすい)が捉えた光景は馴染みの深い、いつもの依子の部屋だった。以前に友人が大掃除という名の大改革を行って以来、片付けの「か」の字は無造作に散らばった物の中に埋もれ、依子の不精な性質が祟って女の子の一人住まいと言うには少々雑然としすぎた、けれど住み心地の良い部屋。ブラインドの隙間から射す新年の曙光は、透明感の中に冷気を伴って室内に侵入し、依子の表皮をなぶる。冷気が依子の身体から一時ごとに柔軟さを奪っていくようだった。困ったことに、今の有様を忘れ、まぶたを閉じて夢の世界へ逃避しようにもまぶたがないのだ。オーライ、依子。なぜこうなったのかじっくり検討しようじゃない。依子は心の中で腕まくり(餅はやはり餅でしかない)をして唸り始めた。
 操木家は式王子港市の中では旧家に属する。毎年、年末になると家長が近所の有志連を率いて正月に供える餅つきをするのが習わしだった。依子は帰省がてら、男連中が寒空の下で今時とは思えぬ杵と臼を用いての風流な、と言っても汗水を垂らしながらの力作業を眺めては、粉をまぶした机の上に運ばれてくる餅を時折丸める作業を手伝ったりして時間を潰していた。砂糖黄粉、あんこ、醤油。つまみ食い用に何種類かの小皿を用意して、年の瀬の穏やかな時間を大部分はこたつに潜り込んでぬくぬくと、それが依子の常だった。 餅は好きである。実家から昨日、牙城であるメゾン・ド・パピヨンの一室に帰還した折も、小さめのお重箱に綺麗にあしらったお節と共に、持ち運べる限りの餅を鞄に詰められ送り出されたものだった。それは今も玄関に置かれたままの鞄の中でひっそりと息をこらしているはずだ。正月はもちろん、当分の間を食いつなぐ大切な備蓄食料としての依子の一財産である。お雑煮。おぜんざい。焼餅。揚げ餅。餅のレトルトカレーかけ……。餅は好きである。でもそれは白米が好きなのと同等の好きさであって、特別餅が好きである訳ではなかった。行きつけの甘味処である『安寿』のお萩にしたって、洋菓子屋の『苺庵』が誇るショートケーキとどちらが好きかと問われたらきっと返答に窮するだろう。
 足もとから冷気が這い登ってくる。眠っている間に布団を蹴っ飛ばしてしまったのか、爪先がむき出しになっている。知覚という名の眼で見つめる。五指に分かれた指先はもはや形を成さず、のっぺりと平板な餅の塊がただパジャマの裾から伸びている。人間である時には意識の片隅にもなかったが、こんな姿に身をやつしてみた途端、幾千万もの大軍団で部屋のあちこちに城塞を築く、様々な種族の菌類のぬるりとした吐息、這い寄る混沌のごとき存在がひたひたと近づいてくるのが依子には感じられた。舌なめずりをし、両手を互いに繋ぎあわせて依子を囲い込もうとするもの共。彼らからしてみれば、依子など単なる丸々とした動かぬ獲物にしかすぎないのだ。そしてまた何者かの足音を聴き、逸話を思い出した。依子の住まうメゾン・ド・パピヨンはペット禁止である。というのも数年前に事を発する事件があってのこと。それまでは犬や猫は何らかのちゃんとした説明があれば、大家さんの承認ありきとはいえ、飼うことは出来た。むしろそういった『家族』は他の部屋に住まう住人達にも歓迎され可愛がられていたものだった。ところがある時、大家さんに内緒で部屋にケージを持ち込んで数匹のハムスターを飼う住人がいた。ケージの中にさえいれば愛すべき小さきもの達だったが、その住人が数日部屋を留守にしたことから災いが訪れてしまう。血気盛んにケージ内で遊びまわっていたハムスターのうちの一匹が組み立て式ケージの枠に緩んだ隙間が生じているのを発見したのだ。爪をつき立て、額を捻じ込み、横腹をぶち当て、力任せに尾をくねらせる。自分だけでは無理と悟ったのか、仲間にも呼びかけ、主のいない束の間の時間を思うがままにふるまった。そして、事、ここに成就せり。部屋の主が帰宅した頃、ハムスター達は自由を謳歌せんと、新天地に旅立った後だったのである。それからのこと、メゾン・ド・パピヨンの住居のあちこちで「鼠が出る」と噂され始めたのは。大家さんは事情を知った上でクマテトラリル、フマリン、ワルファリンと言った殺鼠剤を用いたが、人間の考えている以上に、棲息環境に順応する早さは驚異的であり、開戦時には一定の戦果を得たものの、その後はさしたる効果を得ないまま時が経ち、遂に大家さんも共存する道を選んだ。いつ裏切るとも知れぬ危うい同盟関係ではあるといえど。その脅威が間違いなく、依子の変化を察知し、一族郎党を引き連れて襲撃を始めるのは時間の問題だった。これから二股に開いた選択肢は、埃に埋もれカビに腐食されるか、ハムスターに齧られるかの違いでしかない。
 餅。餅といえば、祖母の供で聞きにいった寄席を思い出す。落語の題目は『蛇含草』と言う夏の暑い盛りの話だ。餅好きの男が遊びに立ち寄った友人の家にお邪魔し、火鉢で炙られている餅をみて、友人の断りなしにつまみ食いをする。食ってもいいが、礼儀を弁えなさいとたしなめられるも、食ってもいいのなら餅箱ごと焼いて食ってみせようと曲芸食いを披露するが、数個の餅を残してとうとう頭のてっぺんまで餅が詰まってしまう。そこで友人。風流で飾っていた壁の草を指しては、これは蛇含草といい、山で迷った人間を丸呑みして苦しくなった大蛇が人間を消化して腹の具合をおさめる腹薬だと指南。重たい腹を抱えつつ、それを長屋に持ち帰って食しころりと横になってしまう。友人の食いすぎにどうしたものかと様子が気になり訪れてみると、餅を大食いした本人の姿はなく、ただそこには甚平を着た餅が座っていた……たとえ、餅を消化する蛇含草のごとき仙草があったとして、餅の身体が溶けきった後、いったい何が残るんだろう。この身は餅と一つであるのか、それとも幾許かの何かしら依子であるものがあるんだろうか。
 眠る前のことを思い出す。実家から帰還して早々に依子が熱中し始めたのは『クトゥルフオンライン』と言うオンラインゲームである。新年の限定イベントで、通常は隠された座標に海底都市ルルイエが浮上すると知り、オンラインの友人達と新年の挨拶を交わしながら、忌まわしき深きものどもの狩りに出向いたのだった。高レベル帯パーティ推奨だったので、依子とっておきのトレジャーハンターで、ペア狩りのお供にミシェルという海産物の撃退に特化した友人が操る猫と出撃。画面のこちらに臭ってきそうな凄まじい臭気までも描画するモニターに眼を爛々と輝かせながら、お餅のように無限の如き柔軟性、可塑性を帯びた腐敗した粘着質の凝縮された触手の狂気めいた群を掻い潜り、時に通りすがりの顔なじみに回復してもらったりと、骨髄に氷水を循環させるがごときスリリングな中にも楽しいひとときを存分に過ごし、疲れきったまなこを擦りながら夜と言うには遅すぎる床についたのだった。
 玄関でチャイムの音がする。三が日の最終日、御囃子宮へと初詣に繰り出そうと年末からの約束を思い出した。相も変らぬいつものゼミ仲間だとしても、会えば改まった気持ちになるに違いない。もし会えたらの話だけど。どう説明したらよいものやら、話の糸口すら掴めぬし、口を開こうにも言葉はあ、とも、んとも出てこない。今の依子はミッフィのパジャマを着込んだ餅でしかないのだ。もう一回、チャイムが鳴る。チャイムのテンポは回を追うごとに早くなっている。ひなったらせっかちなんだから。依子は何とか玄関の方に身体を向けようと物憂げな身体に活を入れ、全力で捩った……。
 
 身体がうねる。
 驚いたことに依子の身体は持ち主の言う通りに向きたい方向を捩れた。
 身体に纏わりつく冷気が心地好い。まぶたに宿す光が急激に弱く昏くなったのを感じ、眼を凝らした。古さびて朽ち果てた、とはいえ建造物としての基礎を保っている石柱が幾本も建ち、同じ背丈ほどの長大な海草に身を巻かせている。畸形に歪んだ魚達が依子の寝そべっている寝所を回遊している。まもなく悟った。深海の果ての水底。死せるほど、夢見るままに待ちいたり。二十有余年の人生をまどろみの内に観ていたのだった。人間であった時の移ろいなど、ほんの僅かな揺らぎにすぎない。人の世は夢幻。依子であったものは軟泥に灰緑にぬめり光る巨大な身を横たわらせ、また眠りの門の戸をくぐった。 
 

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2006.12.25

短編小説:夜空より来たるもの

 北緯六十六、六度、三十三分より以北。
 真冬に太陽の昇ることのない氷に閉ざされた世界。それが北極圏だ。
 千尋は北米航空宇宙防衛司令部、俗に言うノーラッドから送られてくるレーダーサイトの情報が、刻々とリアルタイムで変化しているのをモニター越しに見守っていた。北警告システムと呼ばれる強力無比なレーダーシステムは、北アメリカの北境界線にそって四十七ケ所に設置されている。ノーラッドは、クリスマスイヴに北極を出発しようとしているサンタクロースの動きに、レーダーの照準を絞っており、一般に向けても「サンタクロース追跡プログラム」として公開している。それを観察するのが千尋の恒例行事になっていた。緑のレーダーの網に映る点に未だ動きはない。千尋はあくびし、長期戦に備えるためのコーラのペットボトルと大袋のポテトチップスを取りに立ち上がった。
 
 二〇XX年。民の困窮に目を向けようともせずただひたすらの軍備拡張を唱え続けた独裁者が遂に暴発した。大陸間弾道ミサイルに核弾頭を搭載し、某国に向け射ち放ったのである。ミサイルは大気圏まで上昇し、世界に核の冬をもたらそうとしていた。
 ノーラッドの監視衛星がその様子を捕らえていたが、もはや迎撃ままならず。レーダーの誤作動を期待するもむなしく、ただただモニター越しに願うばかりであった。
 刹那。神の御業か、悪魔の気まぐれか、監視員が瞬き一つする間に、ミサイルの影は消え失せていた。ノーラッドの職員たちは歓声に沸き立ち、一足早いクリスマスを祝おうとシャンパンのコルクを飛ばしあった。
 ところが、喜ぶのは早計に過ぎた。
 核弾頭は確かに命中していた。相手が人外のものであるからには、その本来の効力を及ぼさぬまでであった。正確を記すれば、実に威力九Mトンもの爆熱、放射性物質の洗礼は確かに影響を与えていた。マッハ八の速度をもって航路を横切らんと通りかかりしに直撃を受けた聖ニコラウスと、橇を牽引する九頭からなる忠実な従者において。
 眼にも見よ。いかなる力によってか、放射性物質の全てを総身に吸収したるニコラウスは三百メートルを越す巨魁となっていた。否や、悠然と貫禄を帯びて夜空にたなびきたる白髭も含めれば全長五百メートルにはなろうか。二十万トンを軽々と超える重量を、これもまた総身に放射性物質を吸収して巨獣と化したる赤っ鼻のルドルフを筆頭にダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、ダンダー、ブリクセム、キューピッド、コメット。九頭のトナカイが筋肉の隆起しみなぎりたる膂力でもって支えていた。 
「ホゥホゥホゥ」
 ニコラウスとトナカイたちの一団はマッハ八の速度をもって、一夜にして世界中を巡る。レーダーサイトからミサイルが消えたのではない。直撃を受け、名状しがたい膂力をその手にしたトナカイたちが監視衛星も捕捉しえないほどの加速度をもって瞬く間に過ぎ去っただけなのだ。もはや影としても認識するのは難しいまでに。
 そして、始まった。
 十二月の雪空に漏れる吐息は白く煙らずに青白い燐光を放っている。核反応の際に見られるチェレンコフ光であろう。ニコラウスは橇に素材の判然とせぬ巨大な布袋を積んでいるが、実際にその中に贈り物が入っているわけではない。言うなれば、ニコラウスが夢を具現化する為に用いる媒介物であるのだ。夢であればいかようなものでも取り出せる。それが良きにつれ悪しきにつれ。それがニコラウスの奇跡であり、夢を得ることでまたニコラウスも存在を許される。
 その夜の出来事について、地球で過ごした大部分の人間にとっては、誠に気の毒である、としか言いようがない(ささやかな例外として、ニコラウスの力も宇宙ステーションまでは及ばなかったことを挙げる)。あえて、悪者を名指しするとすれば核戦争を引き起こそうとした独裁者であろうか。しかし彼もすぐに報いを受けることとなる。
 独裁者は権力を欲し、そして地球上における戦力の悉くを欲した。そしてその夢は叶えられた。頭上に降り注ぐ、戦車、戦闘機、原子力潜水艦、軍艦。弾道ミサイル。そして核。そのどれもが巨人の扱いたるが如くの大きさであった。夢に殉じたのであれば、或は本望であろう。同じように戦力を夢に抱く者は、悉くその夢の大きさに滅んだ。
 繰り返し告げるが、誠に気の毒であったとしか言い表しようがない。無垢な愛らしいふわふわとした、とはいえ百メートルもの高さのテディベアが頭上に突如、落下してきた時、常人はどんな反応が返せるというのか。同様の例を挙げよう。ビルほどの巨魁をもって合金製のロボットが庭先に突き立ったとして、ただ見上げるしかあるまい。
 類いまれなる美貌を追求した者は見事その願いを叶えられた。誰もが羨む微笑はもはや思うが儘である。ただ引き換えに、身体のサイズが家屋の耐久度を軽々と超越するほどに桁外れに大きくなったことなど些細なことに過ぎなかろう。その夜、同じ境遇に身を晒した者など数え切れぬほど居るのだから、新たなる出会いに祝杯を挙げることにしよう。一杯の熱いスープを求めた者は、五十メートルのプールですら溢れかえらんほどの具沢山の湯気の立ち上るスープの波に押し流され、ある者は香ばしい匂いを放つ、肉汁滴り落ちる七面鳥の丸焼きに全身で抱擁を受けた。聖夜の前夜に浮き立つ家家に降り注ぐのは、賑やかな飾り付けをしたデコレーションケーキの山。素足をかかえて凍える夜を過ごす者はスニーカーのゴム底で踏み潰され、巨万の富を夢見し者は無数に降りたる隕石の如き金貨に撃たれ、夢に埋もれた。誰しも幸せの絶頂の中旅立ったことを祈るばかりである。
 そしてまた、何よりも特筆すべきは、空想の中に生きるものどもすら、その恐るべきまでに溢れかえらんとするニコラウスの奇跡によって、血肉を宿したことであろうか。
 熱線を吐く大怪獣のはらからども、それを迎え撃つ光の巨人。ゴシックな洋装をまとい自在に動き回る球体関節人形。吸血鬼伯爵に食屍鬼姫。夜空を埋め尽くさんとするエイリアンシップ。住居を覆いつくさんと不気味な緑色に沸き立つポリプ状の生物。終末を迎える光景には相応しいとも言える。太平洋に浮上するルルイエの支配者……。
 夢をもつのは何も人間ばかりではない。旱魃化の激しい砂漠には轟轟たる雨雲を呼び、飢えたる小動物には木の実を与え、絶滅に瀕する生物にはつがいをあてがい。
 一夜にして世界中を駆け巡る。最後の最後までニコラウスとその従者たちは自分たちの変化に気付くことはなかった。夜明けと共に我が家に帰り着き、トナカイに飼い葉を与えてベッドに潜りこもうとしたとき、その名状しがたい窮屈さに首を傾げただけだった。
 規模の違いはあれど、奇跡が起こったことに間違いはない。誰が悪意なき夢幻の具現者たるニコラウスを責めようものか。こんにち、我々はペローやグリムに教わるまでもなく、メルヒェンがときに残酷なものであるということを身をもって知った。おそらく幾たりかの人間は、この夜を大過なく過ごし、新しい朝に目覚めることだろう。ささやかなる大きな贈り物に戸惑いながらも。メリークリスマス。
 
 千尋は空になったポテトチップスの袋を斜めに傾けて、最後の一欠けらまで口に放り込んだ。今観ていたのは、長い夜を過ごすために行きつけのレンタルビデオ屋であるクルウルウの店長がお奨めしてくれた一本で「悪魔の爪Ⅱ・夢幻の具現者ニコラウス」という仰々しいタイトルのホラァSF映画である。わざとフィルムにスクラッチを入れるほどの徹底したチープさにこだわった特殊撮影技術、往年の怪奇映画を支え続けた名老優であるクリスファット・リィをニコラウスに配して、これまで築き上げたキャラクターを大胆にぶち壊しもした。かと思えば名前も知らないような女優が無意味にシャワーシーンでグラマラスな裸身を晒したりして、微笑ましいほどに観ていて作り手のB級魂を感じさせるベタベタの通好みな作品で、千尋としては概ね及第な内容だった。
 PCのモニターに眼を向ける。レーダーサイトの点はカナダの森林上空を通過の真っ最中だった。今頃、カナダのノーラッド戦闘パイロットがニューファンランドを飛び立ちサンタクロースのお出迎えをしているはずだ。
 もし自分だったら、何を望むだろう。地平線の果てまでを埋め尽くした巨大な縫いぐるみの群れが朝日を荘厳に浴びていたエンドロールを思いかえす。望むなら、レイフェル・アロイシャス・ラファティの絶版本か、アヴラム・デイヴィッドスンの未訳本だろうか。それが五十メートルものトールサイズで屋根を突き破って降ってくるのを想像して千尋はうなだれた。勘弁こうむりたい。外気とエアコンの温度差で結露した窓をパジャマの袖でこすり、夜空を見上げる。明け方まで待ったところで白髭を乗せた橇が音速を突破するときに発するソニックブームに鼓膜を震わせることはないだろう。
 叶うなら靴下に入りきる夢でいいなぁ。千尋は姉から貰った特製手編みクリスマス用特大靴下を部屋の扉のノブに吊り下げた。 

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2006.12.24

短編小説:夢幻城の探求

 臥したりし静謐たる褥より這い起きたる余の記憶は曖昧糢糊として不条理なまでに無定形であり、自らの存在が何者かであるかすら明確なものはなに一つとして吾が身内にて定まってはおらぬことだけが吾が身を知る唯一のことなり。
 古古しき石造りの部屋に於いて、大きく口を開いた天蓋より覗きたるは、慄然たる帯状を成す極光の揺らめきであり、また無数に鏤められたる幾星霜もの月日を想起させる星星の瞬きが星座となりては、隠秘学者や魔術を志たる者によって密やかに暗示される神話や夢幻世界に垣間見える生物の存在を仄めかしている。恐怖に歪められたる貌にも酷似した染みの滲み出ている壁に取り付けられた格子越しの窓から見えるのは水平に何処までも見晴るかす黄昏の色であり、またその夕映えを反射させる可塑状の粘菌類を思わせる雪に覆われたる尖塔の連なりであった。
 幾許ほどの眠りを貪ったのであろう。或は無窮の時の流れに身を委ねていたようにも思えるし、或は数瞬ほどの微睡みですらないのかも知れぬ。余の褥の周りには拳ほどの丸丸とした肉を湛えた名も知れぬ鮮やかな斑紋を纏った蜘蛛が、古式ゆかしい部屋の主を気取りでもするかの如く、放射状に夥しい巣を張り巡らせていた。踵を返し見渡すと、ぎちと詰めたる所為で半ば崩壊しかかった書棚が壁の大部分を占領し、或る種の者達にとっては芳しく感じ取れる歳月を経た書籍だけが持つ名状しがたい気配を放っていた。青銅や鉄らしき金属板や鞣した獣皮で装丁の施されたものの他、明らかに獣の皮ではない滑りを帯びた生物の皮革で装われた禍禍しい書も何冊か見受けられたが、余にとって感銘を受けるもの、余自身に言明していると思われるものはなに一つとしてありもせぬ。常人なれば屍体を噛むかの如き煩悶たる狂気に総毛立つ図版やおぞましき仄めかしなど、なんの意味を成そうものか。
 建て付けのものこそ頑丈であると申せば然るであろう涜神めいた浅浮き彫りの施された青銅の扉が緑青を噴かせつつ、余を吸引するなにか耐え難いまでに蠱惑的な印象を与えた。むしろ推し量るに、重重しき扉の向こうから強かに耳朶を打つ、堕落しきった太鼓の打突音と異界から吹き零れるかのような音階の狂乱めいたフルートの音色が要因かも知れぬ。思えば余が生き永らえているのも、この忌忌しい気配に満ち満ちた居城に余以外の者が棲まいしなによりの証拠となろう。余は腰を擡げて重重しく沈黙を秘す扉を満とした力で押しやった。吾が両の掌によって憐れなる骸を晒す頭蓋骨の顎が軋むかの悲鳴を蝶番が放ち、その重苦しき口は開かれん。二人の吹き手と思しきフルート奏者による単調なる細細とした旋律と、穏やかならざる心奥を掻き乱さんとす旋律とがより大きく余の身内を震わせ、扉越しから比べれば遥かに下卑た太鼓の響きが余を導く道標となりて、吾が行く手を誘わんと大気を震わせ轟き渡りしを、満足を持って余は心地好く迎え入れた。
 余自身の記憶が定かではないのと同じく、吾が棲まいし居城の全容を知るすべを余は持ってはおらぬ。なだらかな傾斜を有する廊下は曲がりくねりながらもその終焉を計ることは困難な有様であった。降り注ぐ月光の雫を押し固めたるかの如き御影石で築かれた堅牢な城壁の向こうに横たわりし景観は、何処までも外宇宙のか黯さと夕映えを溶かし込んだ次元を超越した色彩に満ち溢れ、この古古しき居城と天空を刺し貫かんと聳える尖塔の連なりだけが確固たる存在感を示すのみであった。
 白痴を思わせる音色に誘われつつ、余が閲したる部屋は無数にありて枚挙に暇がないと申せようか。幾つかは例えるなら虚無の函である。唯、あるのみ。また或る部屋には棺桶じみた瑠璃の容器が均整に並んでおり、余の出自を知るよすがにならぬものかと中身を暴きたい誘惑に余は耐えねばならなかった。或る部屋には病的にまで神経質な画家の手によると思しき狂気に冒された筆致の細密画や、爛熟し退廃した文化背景が垣間見える慄然たる抽象画などが飾られていた。いずれにせよ、同一の惑星系のものとは明らかに異なる様式のおぞましき絵画ばかりであったが、余の眼からすれば、その中に崇拝され中傷され暗示され象徴され戯画化されているものは差異こそあれど、総じて等しく同じ神話を仄めかしているように窺えるのだ。
 蒐集家たりし嗜好の誉れは様々なりて、或は許容を得るやも知れぬが、次に立ち入った部屋の様相は異常なまでの慄然たるおぞましき気配に満ち満ちていた。或る種の年代記とでも申せようか。人をはじめ、大きな円錐状の体に四本の長い触肢が伸びているもの、樽状の胴体に膜状の翼が生え、五芒星形の海星を想起させる頭部を持つもの、汚穢なるいやらしい笑みを貼り付けたる矮人。触腕と長い鼻、蛸の眼を持ち、鱗と皺に覆われた無定形たる巨体。恐るべき狂猛さを窺わせる外骨格を有する甲虫族。人間を思わせる貌を持つ奇怪な四足獣。象よりも巨魁で馬のような頭部を頂き羽毛の代わりに鱗の生えた鳥。知性の輝きを瞳に湛えた直立爬虫類。直立歩行する菌類を思わせる甲殻生物。これらの如き外宇宙の奈辺にのみ棲息を仄めかされるような、慈悲なき眠りの神の与えしもっとも奔放なる夢の内ですら棲み潜むことの叶わぬ性質の悪い悪夢の住人どもが、類まれなる腕前を持った名工により縞瑪瑙から切り出されグロテスクな彫刻と化していた。或は逆に歪なる初源の混沌が無限なる食欲で喰らい込んでは狂気を孕みて、この場に産み落としたのやも知れぬ。大理石の床には一面に汚穢なる染みが広がっていたが、それが文様であるものか、生存していた折からの彫像から滴たり落ちた血液の仕業なるものか神のみぞ知るや。
 遂には果てぞあるかな。黒大理石の幾何学模様に敷き詰められたる廊下はうねりながらも居城の中心に向かい下降の一途を辿る。曰く、余に懐かしき郷愁じみた感慨を懐かせる部屋もありき。壁一面に様様な形容の容器が並び、酒精や硫黄、乳香、没薬など馴染みのある香りの他、腐食し饐えた臭気、金属が灼熱の炎に熔かされるが如くを湛えている。機具工具があちらこちらに散見し、なんらかの設計図と思しき複雑な角度からなる図面が貼り付けられている。部屋の中心には形容しがたい光沢を放つ金属からなる生物学的な特徴を併せ持つ機械が据置かれていた。如何なる理由かは分からねど、研鑽を積み、開発を成し実験を行うにこれほど相応しい部屋は存在しえぬと余なれば断じることが出来よう。
 余の眼前に広がりしはもはや地上ではあらず、昏い窖だった。鼠や蝙蝠らしき白骨体が所所に散見するのをいとおしく愛でながら、歳月を閲したる数千数万もの石段が無限を想起するがままに深深と伸びゆくのを余は唯、踏みしめてゆくのみ。壁面に燭台が据え付けられていたがいずれのものも蝋燭が燃え尽き或は風化し果てていた。か黯い混沌に満ちたる闇は余が恐るるべき敵ではあらず、親しき友人の如くにあれば、伴いて道をゆかん。凍てつき肌を串刺す冷気すら余にはさしたる感銘を与わず。いまや最高潮を窮めたるフルートと太鼓の音調だけが余の深奥を責め、駆り立てる唯一のものであった。
 最下層に辿りつき、余の寝所の扉に刻まれておりしと同様の涜神めいた浅浮き彫りの施された性質の判然とせぬ扉を潜り抜けた時、余のゆく手に広がりたるは夜空。
 否、深遠たる無窮の如き外宇宙の混沌であった。瓦斯状の星雲が雲霞の如くに群れ戯れる中、超新星爆発がいたるところで起こってはガンマ線を放出し死の箭となって近隣惑星の生命体の魂魄を刈っていく。赤赤と燃え盛る太陽の周りを九の惑星が時の異なる公転運動を為す。箱庭に閉じ込めたる銀河ではない。星星のそれぞれを余の手が伸びるが儘に容易に掴み取ることの叶いしそのものなのだ。彼方に時空を超越したる窮極の混沌に横たわりし、余に郷愁を感じさせたる御姿が、外なる神神の踊り回る環の中に垣間見えた。
 フルートの禍禍しき旋律が、太鼓の下卑たる打突音が、次元の入り混じり、時の狂った部屋の中心から沸き起こる。同じゅうして這い出した無定形なる踊り子が余を取り囲み、余の手を伴いて、据置かれし一本の象牙から削り出されたりし玉座へと誘い、虹色の光沢に波打つローブを余に着せ掛けた。踊り子どもは恭しい仕草で取り出したる鏡を掲げては余に向けかしずいたれば、余は余たるを遂にその各各に見出したり。
 神神よ照覧あれ。余の眷属よ、とくとそのまなこを開き余を見るがいい。
 余は黄金の海、なにものをも映し出し如何なる姿もこの身に宿そう。余は夢の國の守護者たりせば、夢の門を閉じたる銀の鍵を秘匿したりし者をとくと見定めん。未曾有の破壊を望む者あれば、如何様にも世界の終末を招かんとする世紀を先んずる殺戮兵器の製造法を授けたもう。人智を超えし暗黯の知識を欲するものあれば、ささやかな灯火を。
 ひじりなる夜を歌い踊れ。永きに亘る眠りより余が目覚めしからには。余のはらからたるものたちを旧神の牢獄より解き放たん。夢見る儘に待ちいたるはらからよ。星辰のこと如くを揺り動かしその位置を動かしたるからには大いなる歓喜を持って、余と共に高らかと吼え叫ぶのだ。余は強壮なる使者。ユゴスに奇異なる喜びをもたらすもの。月に吼ゆるもの。盲目にして無貌なるもの。這い寄る混沌。
 こころあるものよ。棲み潜みし窮極の混沌を覗きたくば余の名を口にするがいい。
 汝、ナイアルラトホテップと。 
  

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2006.10.04

短編小説:月光の雫滴る

※ 一部グロテスクな表現が有りますが、グロテスクそのものを描いた作品ではありません

 驟雨。
 アスファルトがじっとりと濡れている。
 否。赤黒く染まる其れは、雨の所為ではなく。
 血だった。夥しい血液。
 雨に晒され、白く色の抜けたものが横たわっている。
 布切れからはみ出した二本の棒状の力無きものは、かつて腕と呼ばれたものだ。
 雨上がりの雲を散らした空に冴え冴えとした光を放つ月が浮かぶ。
 明るい黄金色の雫を地上に滴らせている。
 月光を浴びて立ち尽くす少年が真っ赤に染まった両掌を凝視する。二つの球体が神経の糸を引きながら転がっていた。其れを見つめる瞳には意思の色は見えずに、鈍く濁りを帯びている。足元に横たわるものからはもはや躍動していた頃の生命のぬくもりは感じられはしない。
 血溜まりに雨の粒が撥ね、幾重もの波紋を呼ぶ。
 いつの間にか少年の回りを数多の猫たちが環を描き。
 なぁーお、と鳴いたそれらの表情は確かに名状しがたい嗤いで歪んでいた。

 式王子港署の一室。
 川瀬は咥えている煙草の灰が机に垂れるのにも気付かないほど、熱心にテレビ画面を見つめては唸っていた。
 またもや殺人事件である。
 ここ数日で、全国規模で凶悪殺人の件数が一気に急上昇していた。怨恨や痴情のもつれでは説明出来ないような……夜半の公園や廃工場といった場所で死体が発見され目撃情報も少ない、そんな通り魔的な犯行である。被害者は住所不定のホームレスや家出中の少年少女。失踪しても分からないような人間に集中していた。また、川瀬の眼を惹くのはそれだけでは無かった。報道規制が敷かれているので世間一般には知られていないが、幾つかの事件には共通項があり、有り体に言えば、遺体の一部が欠損しているのだ。
 同僚の古賀刑事が集めた資料の一例によれば、
 眼球。十指の爪。もぎ取られた顎部。毛髪付きの頭皮。大脳。肋骨周りの肉片。耳。大腿部。胃臓。乳房……そして残留するには少なすぎる血液。
 事件同士の繋がりがあるとの確証たる根拠は無い。だが、通り魔的な犯行だけでは済まされない猟奇的な殺人に何か、儀式的、カルト的な気配を川瀬は感じていた。憤懣をぶつけるかのように、フィルターだけになったゴールデンバットを灰皿に捻じ込む。
 警察庁統計では、年間の行方不明者、実際に警察に届けられた家出人捜索願数は十万三千人。捜索願なしの場合を合わせると推定二十万人。約、九・五万人は発見保護されているが、残り半分は未解決のままだ。十代の反抗期による家出が殆どだが、折りしも川瀬は式王子港署に届けられた家出人捜索願の資料を読んでいたところだった。今回も捜索願者の自宅を訪問し、繁華街を中心に聞き込みをすれば見つかる、そう踏んでいた。
 
 名前:ルナティック [sage]  ID:???
 こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。
 月見の季節となりました。これにちなんで、各地において、
「月に吼ゆるもの」の召喚儀式を開催します。座標の公開はいたしません。
 狂信者となり儀式に参加するもよし、もしくは邪神を狩るものとして、儀式の阻止に徹するもよし。
 普段から培われた皆様の腕を競い合う良い機会です。どうぞ振るってご参加ください。  それでは、今後とも『クトゥルフオンライン』をよろしくお願いいたします。
 
 名前:ルナティック [sage]  ID:???
 こんにちは、私の主催するギルド『ハイヨル☆コントン』は儀式参加側に加担いたします。ギルメンの方々にはメールで連絡を取り合うこととします。
 よいハイヨル☆コントンを期待します。
 
 名前:空鬼 [sage] ID:???
 時空連続体ヨリ早速参戦。爪ヲ奉ゲル。紅き血潮ト供ニ。
 
 名前:クラネス [sage] ID:???
 いあいあ! ルナティック殿、わしも参加してみようと思うのじゃ。うむむむ、狙うは眼球じゃな(嗜好でまくりじゃろうか)。腕がなるわい。
 それではよいハイヨル☆コントンなのじゃ。
 
 名前:星の精 [sage]  ID:???
 クスクスクス。面白そうですねぃ。ハイヨルー。うっかり召喚されたよっ! 
 クスクスクス。吸入口ぶっ刺してたっぷりと吸引するぜ(何
 
 名前:ルナティック [sage]  ID:???
 空鬼さん、クラネスさん、星の精さん、
 儀式参加、確認しました。各地盛り上がっているようですね。
 私も微力ながら参加していますよ。今回は肝臓狙いで行きました。タッパーがぎっちりで重かったw
 そろそろ祭りの日を考えないといけませんかね。
 それではよいハイヨル☆コントンを。
 
 名前:アーミティッジ [sage] ID:???
 儀式の場所は見つけたが、妨害し損ねてボロボロになりながら逃げ帰ってきた。

 名前:カーウィン [sage] ID:???
 ルナティックさん、ハィヨルー
 胃って、にゅるんとして酸っぱぃよぅな饐ぇた臭ぃがして選択誤ったかも。
 まぁぃぃけどさ。ちなみに中身は搾って棄てました。げろんちょだぉー。
 タッパーに即ぶち込み。百均ってこんなとき便利だって思ぅナリィ。
 
 比良野琴音は、内向的ではあるが礼儀正しい。
 ごく普通の大学生。川瀬が古賀と聞き込みを行った上での印象がこれである。読書好きで、大学ではよく図書館でその姿を目撃されており、講義への出席率も良好。男女関係も乱れているわけではなく、当たり障りのない付き合いをしていたようだった。
 両親の許可を得て彼女のPCを調べ分かったこと。熱狂と言ってよいほど琴音が凝っていたのが、インターネットの大型掲示板[無名都市]への書き込み、閲覧だった。
 [ムメイナビ]という掲示板書き込み専用のブラウザに残っていたログが上述のものである。ネットゲームサロンというカテゴリ内にある「クトゥルフオンライン」というゲームについてのやりとりに琴音は没頭していたようだった。
「川瀬さん、検索してみましたが、「クトゥルフオンライン」というゲーム。ソフトとしても発売されていないし、ダウンロードタイプのゲームでもないみたいですね」
 古賀がPCのモニターを見つめ、顔を上げずに報告する。
「ふむ?」川瀬にはゲームのことは良く分からない。PCやゲームに詳しい古賀に一任して琴音の本棚を調べていた。ポー、ダンセイニ、ホジスン、ラヴクラフト。
「つまり、架空のやりとりと言うことです。検索数こそ一万近く出ますが、彼女らはありもしないゲームについて、ネットで語り合っていたってことです」
 胸まで伸びた長髪で眼鏡をかけたその顔は理知的で、冷酷な感じもするが、綺麗な面立ちをしていた。川瀬は資料に添付された顔写真に目をやる。
「架空のゲーム内で、ギルドという集まりを設けて、その集まりに参加していた、と言えば分かりやすいでしょうか」
 ゴールデンバットのフィルターをしがみながら川瀬はスレッドのログを苦虫を噛み潰した表情で眺めやる。匿名掲示板でこんなにもあけすけにグロテスクな会話を書き込む連中の思考回路がまるで掴めなかった。ただただ虫唾が走る。それに単語が引っかかるのだ。爪、血、肝臓、胃臓……無意識に先日までの猟奇殺人との共通性を探していた。
「ルナティック、こいつが比良野琴音のハンドルか?」
「それはまだ、なんともですね。掲示板運営会社に情報開示請求して、通れば分かるでしょうが。ただ、確かにこのルナティックと名乗る人物を中心にコミュニティが形成されているのは事実でしょう。或は扇動役とでも言うのか」
 古賀が琴音のメッセンジャーを立ち上げる。これはリアルタイムに登録したメンバーと会話が出来るコミュニケーションサービスである。
 そこに登録してある名前はクラネス、エイボン、ギルマンなど、十人近い名前の羅列だった。空鬼、アーミティッジ、カーウィン……。オンラインのものは一人もいない。
 厭な予感がした。   
 
 私の居る場所。自由に振舞える場所。
 月光が雫となって滴り落ちる、この昏い夜に棲み潜む。
 屍者の口唇の如き、青褪めた月の明るさが私を狂わす。
 私は眷属。夜の眷属。昼の陽光はマヤカシに過ぎない。
 私は眷属。這い寄る混沌。不定形に漣をたたせフルートを奏でる。
 私は眷属。血を啜るもの。飲み干しても飲み干してもまだ足りぬ。
 月夜も闇夜も私の棲家。祝祭だ。快哉を叫ぼう。
 祝祭だ。月に吼ゆるもの。月光を浴びるもの。私は召喚する。
 
 川瀬と古賀は、琴音の持つ携帯電話の発信電波を辿った。学生であり、持ち出した財布の中身はそう無いと読んだ。銀行や郵便局からの出金も無い。家出人捜索願が届けられて三日のあいだ、二人は隈なく市内を聞き込みして歩いていた。確実に絞り込んでいる、そんな手応えはあったし、交通課の婦警たちに古賀が声をかけてもいた。
 そして四日目の夜。
 完全に陽は暮れ、十六夜、と形容するのだろうか、完全な円形に浮かび上がる月が地上を照らし、街灯の明かりさえ凌駕するほどである。夜の虫が啼いている。
 二人は屋敷森公園のベンチでぼんやりと座っている琴音を見つけた。周りの様子などいっかな気にかけることもなく熱心に携帯電話のボタンを操っている。
「おい、君。比良野琴音さんなのかい?」
 古賀が声をかけると同時に川瀬は琴音の背後に回っている。事件の被疑者ではないから、手荒なことをするわけではない。ただの用心である。
「琴音さん?」
 びくんと身体を震わせた琴音が携帯電話を落とす。
「怪しい者じゃないから。式王子港警察の者ですよ。君のご両親が心配されて届出を出されたんだ」古賀が困った表情を浮かべ襟元をぽりぽりと掻く。優男風の古賀が声をかけてこんな調子では、川瀬が声をかけていては確実に不審者扱いされていただろう。古賀が琴音の携帯電話を拾い、何気に画面に眼を向けた。

 名前:ルナティック [sage]  ID:???
 こんにちは。「月に吼ゆるもの」の召喚祭りについて。
 祭りはキングスポートで行いましょう。港の近くにマンション建設予定地があります。 月齢十五・三の日が最も相応しいと思われます。
 期日までにそれぞれ貢物を用意してくださいね。部位は問いません(笑)
 それではハイヨル☆コントン
 
 古賀がカーソルを下げる。その後には、賛同者の名前が連なっていた。
 空鬼、クラネス、星の精、エイボン、ギルマン、土星猫、カーウィン……。
「川瀬さん、これって」
 古賀の言葉よりも先に、険しい表情で川瀬が琴音の右手首を掴み、ベンチに置いてあるトートバッグを睨みつけている。月光が凹凸の影を浮かばせるそれは、何か湿り気を帯びて赤黒く染まっていた。川瀬が顎でしゃくる。
「琴音さん開けるよ。いいね」
 トートバッグの中には赤い液体の詰まった二リットル入りペットボトルが一本入っていた。キャップを開けて確認するまでもない。血液である。それも出所不明の。古賀は息を飲んだが、ゆっくりと吐き出した。「川瀬さん、血液です」
「キングスポートって言うのはもしかして、式王子港市の略称じゃないのか。比良野」
 古賀に頷いた川瀬の声が低く、問い詰め口調となっている。
「そういえば今夜は満月。こんな晩は月見でもするのか。どうだ、比良野」
 琴音は俯いたまま口唇を固く結んでいる。
「質問を変えよう。この血液はどうした、比良野」
 どんどん川瀬の声が低くトーンを落とす。乱暴な口調ではない分、川瀬が義憤を発しているのを古賀は良く知っていた。
 月光が琴音を青く照らす。月は狂気を呼ぶ、古賀はそう聞いたことがあった。
 唐突に琴音が顔を上げた。両眼に地球の衛星の姿が映える。口唇が奇妙に歪んだ。理知的で端正な面影はそこにはもはやなく形骸と化していた。自由な左手を天に突き刺す。
「……祝祭よ」
「何だと」
「祝祭よ! 月夜も闇夜も私の棲家。祝祭だ。快哉を叫ぼう」
 とめどなく、嗤い叫ぶ琴音の双眸に、妖しげな色が浮かびあがる。
 祝祭だ。私は眷属。昼の陽光はマヤカシに過ぎない。私は眷属。這い寄る混沌。不定形に漣をたたせフルートを奏でる。祝祭だ。月に吼ゆるもの。月光を浴びるもの。私は召喚する。ユゴスに奇異なるよろこびをもたらすもの。いあいあないあるらとほてっぷ!
 「古賀、この娘を署に連れて行け。俺はマンション建設予定地に行く」
 正気を失い、ひたすら叫び声を上げ続ける琴音を古賀に委ね、川瀬は駆け出した。
 
 影が躍る。
 陽の落ちた作業現場に人の気配などするはずが無かった。本来であれば。
 港から吹きつける潮風の生臭い魚の腐ったかのような腐敗臭に混じり、殺人や事故現場で嗅ぎ慣れたことのある不快な臭いが川瀬の鼻腔を刺す。
 鉄骨がまだ完全には組み立てられていない棟の中心に、彼らはいた。
 八人の男女が円を描くように立ち、更にその周りを夥しい数の猫が群がっている。観察してみれば、幼さ、あどけなさを残した十代から二十代の一見何処にでもいそうな若者たちだった。月光に浮かび上がる相貌はどれも白痴めいた熱情に駆られている。
 空鬼、クラネス、星の精、エイボン、ギルマン、カーウィン、アーミティッジ、土星猫。彼らがギルメンとやらなのか。彼らの環の中心には窪みがあり、並々とした何かが湛えられていた。
 月光に揺らめくそれは赤く照り映えたゆたう。
 湿気でもない、じんわりと魂魄から冷えるような名状しがたい気配が立ち込め、川瀬は飛び出す機会を逸した。地獄めいた血の池に若者たちが手に持つタッパーから何かを取り出し、次々と放り込んでいく。あれは、細くうねったチューブのような桃色の……川瀬は隣の県で大腸と小腸が欠損した遺体が先日発見されたことを思い出していた。
 削ぎ取られた耳や視神経が繋がったままの眼球、大腿部、歯の剥き出した下顎。
 無数の人体を司る部位が、切り取られ、抉り取られ、噛み千切られ、毟り取られ、捻じ切られ、元の形を思い出せぬ冒涜的な有様で血溜まりに沈んでは浮かび上がる。
 若者がペットボトルから其処に注ぎ込んだ。血液か、尿か、脳汁か。
 呪縛されたかのように川瀬はまるで動けなかった。長年の刑事生活でこんな場面に出くわすことなど一度たりとて無かったのだ。
「祝祭だ」一人が声を上げる。おぞましき儀式の司祭めく無貌の仮面をかぶった、十二、三歳だろうか。八人の中で最も若いと思われる少年とも少女とも判別のつかない、仮面でくぐもった声が口火を切ったと同時に皆が快哉を上げ始める。
「祝祭だ」猫たちが唱和する。空気が胎動する。地球外とでもしか表現仕様の無い在りえざる気配がざわりと場に降臨する。下卑た太鼓を打ち鳴らすかの振動が足元を這う。
「強壮なる使者にして這い寄る混沌よ、我らは汝を召喚するものなり」
「祝祭だ。月に吼ゆるもの。月光を浴びるもの、我らは汝を召喚するものなり」
「いあ、しゅぶ=にぐらす。我らは千匹の仔を孕みし森の黒山羊の名を呼ぶ」
「いあ、ないあるらとほてっぷ。盲目にして無貌なるものよ」
「祝祭だ」
「祝祭だ」
 不意に川瀬は気付いた。血溜まりに誰か横たわり蠢いている。おぞましく血腥いが目の前で行われているのは馬鹿馬鹿しいカルト結社的な儀式に過ぎない。生きた人間が囚われているなら、救い出さねば。応援を頼む間など無い。
「お前たちそこで何を、して……」
 天空に擁く月光の雫を滴らせそれはゆらりと立ち上がった。夜闇を凝縮したよりもなお昏い暗黒を、地下神の住まいし冥界の彫刻家が夜毎観る冒涜的な悪夢を彫り込んで擬人化したかのような黒い肉体を月明かりが透過する。その双眸からは在りえざる角度を持つ無窮な外宇宙の果て無い星々の瞬く光が溢れ出し。
 無貌の如き面妖に裂け目が一筋走り、赤赤としたものが覗く。
 それは夜を劈き月を飲み込まんとする慄然たる咆哮を轟かせた。





  

物書き交流同盟悪の結社祭りへの投稿作品


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Evidence3

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2006.09.25

グロテスクの注意書き

某所に投稿した小説が、「グロ表現に引っかかる」として、注意書きを記載されてしまいました。
映画やコミック、小説等において、グロテスクなものを好む傾向にはあると自覚はあるので、今回のことは、自分の作風を見つめるよいキッカケにはなりました。

うーん、甲斐が一番傾倒しているラヴクラフトはホラァ小説家ではあるけど、グロテスクを追求する作家ではないんだよなぁ。
誰の影響か、おそらく、竹河聖や、和田はつ子、朝松健や、菊池秀行あたりにあるのかな。あとは海外物のB級ホラァ映画(向こうのはスプラッタァが中心で、日本のような精神的ではなく即物的な恐怖が多い)。

今回、「悪の秘密結社」と聞いて、思い浮かぶ悪を書いてください、というお題だったので、
カルト的な個が集まることで、世間からみれば悪そのものの顕現になるという、筋書きでした。
グロテスクな部分は確かに含んでいることを否定しませんが、そればかりを取り上げられるのも、ちょっともにょる。というか、書き手が本来描こうとしているのは、ストーリー全体であって、グロテスクそのものを描こうとしているわけでは決してないので。
そもそも、普段書いてるのって日常小説で時折、向こう側にブレるんですよね。書く志向性が真逆へと。

これまでに書いてきた小説の中にはもしかしたら、グロテスクな描写を含んでいるかもしれない。
でも、それが本筋ではないので、これまで、前書きとして「この小説にはグロテスクな表現が含まれている」とは記しませんでした。その一言によって、読者の幅を狭めたくないからです。
なるべく、偏見無しに読んで欲しいし、小説そのものの内容はニュートラルな立ち位置で受け取って欲しいので。
グロテスクな場面はあったが、気にせずに読んだら物語は楽しめたと思って頂けるのが一番なのです。

……
というのは書き手の思い上がりかもしれません。今回、身に沁みました。 

世間にはグロテスクな描写が例え血の一滴であろうとも駄目な人は駄目だろうし、死体の描写が駄目な人もいるだろうし、逆に、精神的に追い詰められる狂気にグロテスクさを感じる人だっているでしょう。
でも、無理やり、グロさえ乗り越えればあとは面白いから読みなさいと押し付けることがあってはいけない。
そもそも書き手は主観なので、どこまで書いたらグロテスクになるのかという客観的な目を失いがちです。言うまでもなく、甲斐にもその判断はつきません。

とりあえず、次回に掲載する小説「月光の雫滴る」は、前文に注意書きを記載することにします。

それでは次の記事までハイヨル☆コントン。


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2006.09.21

悪の秘密結社祭りに浮気中

物書き交流同盟に投稿用の小説のお話。

秋祭り用小説を投稿し終わったあと、すぐにでも神話祭り用の小説に取り組むつもりだったのだけど、
……。
無理でした。
甲斐にとって「神話」といえば、クトゥルー神話でしか在りえないわけですが、プロットもかたまりキャラクターの設定もある。でもなんだろ、好きすぎて憧れのままにしておきたい、みたいなそんな感じ(何を今更)
なので、脳みそのチューンナップも兼ねて、悪の秘密結社祭りに手を出すことに相成りました。
そもそも、日常小説から、いきなり神話小説を書こうだなんて、ギャップのありすぎる展開だったんだと。
リハビリを兼ねて物書き中です。
といって、もはやこれを神話に提出したらええやん、てくらい、クトゥルー神話に侵蝕されちゃってるけど。

秘密結社といったら、ショッカーか、もしくはX-FILESに出てきたような政府の秘密組織みたいなものしか浮かばず、悪役と聞いてもグランディス一味か、ジブリ作品に出てくるムスカしか出てこず。
一番馴染みがあるのが、クトゥルー神話に出てくる「星の智慧派」や「ダゴン秘密教団」といったカルト教団なんですよね。そこから発展させていったプロットなので、一般に定義される悪役ものとは異なった小説になるかもですが、そこは堪忍してくだせえ、お代官様。

グロさ控えめ(なはず)ですが、何分、まだ途中なのでうっかりどうなるかワカリマセン☆
客観的にはまだ(グロは)問題ないといってくれる盟友がいてるので、その言葉信じます。
ピカレスクなんだから、血とか内臓とか平気だよ、だよね(変なスイッチ入った)

それでは次の記事までハイヨル☆コントン。

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2006.09.08

秋祭り小説書き終わりました

物書き交流同盟において開催される秋祭りに提出するための小説を、暫定ながら書き上げました。
神話小説で参戦の予定だったのですが、祭り皆勤賞目当てに秋祭り小説に比重を移していました。
今回の秋祭りは、同盟加盟者が各自提出したお題目の中から一つを選び(無論、自分が提出したお題を除く)、
それを秋仕立てにするというもの。
読書の秋、芸術の秋、食欲の秋と種々あるなか、甲斐は食欲の秋テーマでお題に取り組んでます。
夏祭りではスプラッタァホラァを全面に宣伝した所為か、グロ耐性の無い方には敬遠されたみたいで、
ショッキング!!!(某ジョンソン風味)
今回は例えグロくてもグロい場面があるなんて一言も宣伝はしない。そう堅く心に決めたのでした(というかグロくないから)
キャラクター小説というジャンルに当てはまるかは別として、登場人物は毎度の連作短編から、依子、比奈子、倫太郎のトリオを選択して書きました。使い慣れたキャラクターだからなんだか書きやすかった。そうか、これがキャラクター小説といふものか!(と一人驚愕……するほどでもないけど 笑)
というわけで、よし、秋祭り小説読んでやるぞ!とKIAIの入った方は、ミナソコノ住人の《日常小説編》で予習されるのもいいかと思われます(宣伝か! 全くそのとおり)
ホラァ小説を書いた後に日常小説を書くとなんだか一息つけますねぃ。
祭り小説は第一に同盟での公開が先なので、ココログでの公開は10月27日以降になると思います。
うーん、〆切まで推敲しようっと。

さて、今度こそ《神話》小説に取り掛かろう。
もちろんクトゥルーを題材に。江國香織脳からラヴクラフト脳へとシフトチェーンジ!

それでは次の記事までハイヨル☆コントン。


《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張らせていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。一次、二次創作は問いません。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

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2006.09.02

ChatChatChat

久しぶりにココログ小説群更新しました~。
幾ら追加したところで記事が新着に上がるわけではないので、モチベーションが夏場などは上がらないのですが、こやつ、サボっておるなと思ったら、遠慮なくツッコミいれてやってください。
さっそく、秋月キョウさま、喝アリガトウゴザイマス<(_ _)>
ココログ小説は色々チェックしてます。なにやらカテゴリー的には恋愛小説というか私小説が多いですねぃ。
もっとこう、背筋がぞくぞくするスプラッタホラァやクトゥルー神話が読んでみたい年頃なんですが、まぁこれはいずれ甲斐が自分で書くということで……。てことで新作サイトさんはぼちぼち巡回しておりますb

近況。
日々、物書き交流同盟のチャットに出没して明け方まで喋ってます(一時期のネトゲ廃人だった頃を思い出してしまうくらいに)。一部ではチャット皆勤賞という噂も(笑)
物書きの仲間が欲しいと思っている方、オススメの同盟ですよb
(ちなみに昨夜は同盟繋がりで8時間耐久グロテスキューメッセンジャーしておりました☆)
物書き同士のやり取りであるので、純粋にプラスになる話題ばかりで、しかも毎日と言って良いほど話題が異なるので飽きがこないです。それになんだか居心地がイイナリィー(自堕落)
悩み所は、交流はしたいが、そうしてると創作時間が削られてしまうという罠。
管理人さんはチャットの片手間にサイトページを更新されてしまう才媛なのだけど、そんな真似デキマセン。

今は同盟小説のお題目として「秋祭り」「悪の結社」「神話祭り」とあるのですが、甲斐はクトゥルー神話で神話祭りに参戦予定です。皆勤賞できるかなぁ。
とりあえずは、読書はラヴクラフト全集オンリィ。脳みそをクトゥルーに染め上げるのだっ、ちうわけや。

それでは次の記事までハイヨル☆コントン。


《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張っていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。一次、二次創作は問いません。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

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2006.08.30

大阪弁プロキシ

同盟チャットでお国言葉遊びをしてたら、某Yさんが「こんなの知ってる?」と大阪弁プロキシなるものを紹介してくださいました。
プロキシサーバーに導入すると、サイトが大阪弁に強制変換するというもの。
なので、同盟の方のサイトを大阪弁に変換してひとしきり、腹筋および横隔膜が変な具合によじれてました。
結論:恋愛小説は大阪弁にすることで切なさが増してはんなりするが、ホラー小説はただギャグになる。
(ああ、ちなみに昨夜のチャットは朝の7時を回っておりました。Tさん、楽しゅう御座いました。)
というわけで皆さんにもおすそ分け。夏祭りに提出した小説の大阪弁版、ちうわけや。

番外編:短編小説「這い寄る足」


 ミシェルがいなくなってしもた。
 台風と張り出した高気圧の所為でなかいなか降り止まぬ長雨ちゃんを鬱陶しく思いながら、三日ばっかり窓の外に見える御囃子宮の森をわいは眺めるばっかりやった。
 ミシェルちうんは御囃子宮をねぐらにしてん猫の名前でわいが名づけ親や。どなたはんかがホッたのやろうか、茶と白と焦茶の典型的な三毛で、三毛のミ、L型に白く浮き出とる毛並みから白エル。略してミシェル。わいのネーミングセンスやなんてこないなもん。いっぺん連れ帰ろう思ったんやけど、猫アレルギーの家族がいて諦めざるを得なく。それに気まんまな猫でやったられつき甘えてくるもんの、確固とした独立心の持ち主で家に居ついてくれるとも思わへんかった。典型的な放浪猫なんや。くるくると形を変える瞳、小まめな毛づくろいのおかげでふわりとしたひなたの匂いを感じさせる背中。ちびっと曲がり気味の尾っぽ。ミシェルと呼ぶとナォーと返事をしわいの膝元に額を擦り付けてくる無邪気な人懐っこさ。猫好きなわいはたちまち彼女(三毛猫は圧倒的にメスが多数派なんや)の虜となり、ささやかいな友情の証として赤い首輪を贈ったちうわけや。ほんで毎日のように御囃子宮に通ったもんやった。
 それが今夜は見かけへん。
 長雨ちゃんに閉じ込められとるあいだに夏休みのレポート課題はあらかた終えてしもて、久しぶりに雨ちゃん上がりの澄んや夕暮れの下、ミシェルのテリトリーである御囃子宮界隈を散歩がてらぶらぶらと散策するちうわけや。顔なじみの猫たちがそこの路地、あそこの公園といった風に普段は見かけるのやけど、長く降った雨ちゃんの所為やろか、どこぞに避難してしもたんか、一匹もなじみの顔を見ることが出来のうて、わいは少々気分を持て余してまう。
 人酔いするほど御囃子宮は活況の賑わいをみせており、それもそんはず今日は葉月夜市の日。月にいっぺん、瀬戸物市や朝顔市が催される境内で今夜は多種様々な夜店が立つ日なんやったちうわけや。
 白地に紺で「葉月夜市」と染め抜かれた幟が境内の脇に竿立ち、アセチレンライトの白熱した光が夕闇を明るく照り焦がす。
 射的、水風船釣り、くじ引きに艶やかいな浴衣茶店、アニメのヒーローやヒロインの顔を模したお面屋。色とりどりの輪投げ。似顔絵描きの見本が並び、涼しげな音色を奏でる風鈴屋、金魚すくいちうわけや。男の子たちが輪を作る甲虫屋。わいは一軒一軒を冷やかしながらミシェルがおらんかあちこちに視線をやるちうわけや。
 御囃子宮におる猫たちは参詣客に可愛がられ随分と人馴れしてんねんさかい、多少の人込みにも物怖じしやせん。夕暮れのこの時間、境内を悠然とうろついていそうなもん。特に今夜は何というても食べ物の夜店が豊富に出店してん。万年欠食の野良たちが見逃すわけがなかった。やのに気配すら毛ほどに感じられへん。
 綿菓子の甘い香り、ポップコーンのバターが溶ける匂いちうわけや。シシカバブや焼き鳥が香ばしく焦げ、焼きそばの安っぽいソースの香りが漂うわ。フランクフルト、大判焼きにかき氷、林檎飴、杏子飴、お好み焼きに鮎の塩焼き。どの店も、向かい、隣の店に負けじと威勢のよい陽気な呼び声で客を招いとる。どこにもおらへん。ミシェルどころか他の猫さえも。 
 いつの間にか人の流れから外れとった。とはいえ、どこまでも夜店はあるもんで、奥まった敷地に設けられはった屋台から食欲の沸く匂いが漂ってくるちうわけや。ミシェルを探し回っとった間に随分と時間が経っとったようで、猛然と胃が食物を要求し始めたちうわけや。
 看板には「新鮮獲り立ての蛸焼き」とあるんや。わいが店を窺っとることに気付いた店主は猫背の、どこぞ慄然たる両生類を思わせる相貌で「今獲り立て出来立て焼き立ての蛸焼きを一つどやい」と言い、ワイが思うにはは笑顔思しき表情を浮かべたちうわけや。出来立てはともかく、獲り立ては言い過ぎやろとわいはおもたが、店主の手元を覗き込んでみれば、なるほど、俎板の上で灰緑色をした触腕がうねうねと蠢いとる。生きた蛸の足を見ることやらなんやらへんかったわいは鉄板から吹き付ける香ばしい匂いに負け、一船注文したちうわけや。
 こらわしが食うさかいと取り置きの蛸焼きやのうて、店主は目の前で蝕腕を刻み始めたちうわけや。手馴れた手つきで粉を溶いた素を鉄板に流し込み、天カスやキャベツ、紅生姜と共に大振りに刻んや蛸を放り込んでゆく。たちまちのうちに、わいの手元には船に盛られはった六つの蛸焼きがあったちうわけや。早速の出来立てを口に押し込む。噛みしだいた感触はカリッとして、すぐにとろりと溶けたちうわけや。蛸の食感がむちむちとして心地よい歯ごたえを感じさせるちうわけや。
 こないに美味い蛸焼きを食べたんは生まれて初めてやった。出来立て獲り立てを名乗るんは伊達やないんやなと思て、店主を見やるちうわけや。薄闇に名状しがたい表情を浮かべとったが、ワイが思うにはわいの反応に満足してんやろ。わいは満腹感の気安さから店主に声を投げかけたちうわけや。「こらどこで獲れた蛸なんやろかこれがホンマに」
 生け簀で飼育してん、良かったら見るかいちうわけや。
 店の裏には大きな水槽が置かれとった。容器一杯に蛸がのたうっとる。
 否。厳密にそら蛸とちゃうかった。ほんで水槽の中身は蛸状のモノだけとちゃうかった。
 ああ、珍しいかい? 
 こら蛸蟲とぬかして、マサチューセッツ州のインスマス沖合いの岩礁に棲息する蝕腕類や。極めて蛸に近い、いや、蛸よりも美味いちうわけや。ただ唯一の問題は死んや途端に急速に腐敗が始まること。それを防ぐんは生きたまんま調理するっちうことや。この街はどエライええ。
 わいはもはやなあんも耳に入らへんし、嘔吐が止まらへんかった。食べたみなを吐き戻す。
 蛸蟲は屍体に寄生するんや。ほら。
 水槽の中には溢れんばっかりに烏や鳩、犬、ほんで猫の屍体に埋め尽くされとった。その地獄めいた陸地の上を蛸蟲と呼ばれた蝕腕類の灰緑が這いずり回るちうわけや。糞尿や血液、濡れた墓場の土の如き匂いが鼻腔を容赦なく襲うわ。見慣れた赤い首輪……。
 わいは意識を失ったちうわけや。

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2006.08.21

短編小説:這い寄る足

 ミシェルがいなくなってしまった。
 台風と張り出した高気圧の所為でなかなか降り止まぬ長雨を鬱陶しく思いながら、三日ばかり窓の外に見える御囃子宮の森を僕は眺めるばかりだった。
 ミシェルというのは御囃子宮をねぐらにしている猫の名前で僕が名づけ親だ。誰かが捨てたのだろうか、茶と白と焦茶の典型的な三毛で、三毛のミ、L型に白く浮き出ている毛並みから白エル。略してミシェル。僕のネーミングセンスなんてこんなもの。一度連れ帰ろうと思ったのだけど、猫アレルギーの家族がいて諦めざるを得なく。それに気ままな猫でじゃれつき甘えてくるものの、確固とした独立心の持ち主で家に居ついてくれるとも思わなかった。典型的な放浪猫である。くるくると形を変える瞳、小まめな毛づくろいのおかげでふわりとしたひなたの匂いを感じさせる背中。少し曲がり気味の尾っぽ。ミシェルと呼ぶとナォーと返事をし僕の膝元に額を擦り付けてくる無邪気な人懐っこさ。猫好きな僕はたちまち彼女(三毛猫は圧倒的にメスが多数派なのだ)の虜となり、ささやかな友情の証として赤い首輪を贈った。そして毎日のように御囃子宮に通ったものだった。
 それが今夜は見かけない。
 長雨に閉じ込められているあいだに夏休みのレポート課題はあらかた終えてしまい、久しぶりに雨上がりの澄んだ夕暮れの下、ミシェルのテリトリーである御囃子宮界隈を散歩がてらぶらぶらと散策する。顔なじみの猫たちがそこの路地、あそこの公園といった風に普段は見かけるのだけど、長く降った雨の所為だろうか、どこかに避難してしまったのか、一匹もなじみの顔を見ることが出来なくて、僕は少々気分を持て余してしまう。
 人酔いするほど御囃子宮は活況の賑わいをみせており、それもそのはず今日は葉月夜市の日。月に一度、瀬戸物市や朝顔市が催される境内で今夜は多種様々な夜店が立つ日なのだった。
 白地に紺で「葉月夜市」と染め抜かれた幟が境内の脇に竿立ち、アセチレンライトの白熱した光が夕闇を明るく照り焦がす。
 射的、水風船釣り、くじ引きに艶やかな浴衣茶店、アニメのヒーローやヒロインの顔を模したお面屋。色とりどりの輪投げ。似顔絵描きの見本が並び、涼しげな音色を奏でる風鈴屋、金魚すくい。男の子たちが輪を作る甲虫屋。僕は一軒一軒を冷やかしながらミシェルがいないかあちこちに視線をやる。
 御囃子宮にいる猫たちは参詣客に可愛がられ随分と人馴れしているので、多少の人込みにも物怖じしやしない。夕暮れのこの時間、境内を悠然とうろついていそうなもの。特に今夜は何といっても食べ物の夜店が豊富に出店している。万年欠食の野良たちが見逃すわけがなかった。なのに気配すら毛ほどに感じられない。
 綿菓子の甘い香り、ポップコーンのバターが溶ける匂い。シシカバブや焼き鳥が香ばしく焦げ、焼きそばの安っぽいソースの香りが漂う。フランクフルト、大判焼きにかき氷、林檎飴、杏子飴、お好み焼きに鮎の塩焼き。どの店も、向かい、隣の店に負けじと威勢のよい陽気な呼び声で客を招いている。どこにもいない。ミシェルどころか他の猫さえも。 
 いつの間にか人の流れから外れていた。とはいえ、どこまでも夜店はあるもので、奥まった敷地に設けられた屋台から食欲の沸く匂いが漂ってくる。ミシェルを探し回っていた間に随分と時間が経っていたようで、猛然と胃が食物を要求し始めた。
 看板には「新鮮獲り立ての蛸焼き」とある。僕が店を窺っていることに気付いた店主は猫背の、どこか慄然たる両生類を思わせる相貌で「今獲り立て出来立て焼き立ての蛸焼きを一つどうだい」と言い、恐らくは笑顔と思しき表情を浮かべた。出来立てはともかく、獲り立ては言い過ぎだろうと僕は思ったが、店主の手元を覗き込んでみれば、なるほど、俎板の上で灰緑色をした触腕がうねうねと蠢いている。生きた蛸の足を見ることなどなかった僕は鉄板から吹き付ける香ばしい匂いに負け、一船注文した。
 これは俺が食うからと取り置きの蛸焼きではなく、店主は目の前で蝕腕を刻み始めた。手馴れた手つきで粉を溶いた素を鉄板に流し込み、天カスやキャベツ、紅生姜と共に大振りに刻んだ蛸を放り込んでゆく。たちまちのうちに、僕の手元には船に盛られた六つの蛸焼きがあった。早速の出来立てを口に押し込む。噛みしだいた感触はカリッとして、すぐにとろりと溶けた。蛸の食感がむちむちとして心地よい歯ごたえを感じさせる。
 こんなに美味い蛸焼きを食べたのは生まれて初めてだった。出来立て獲り立てを名乗るのは伊達じゃないんだなと思い、店主を見やる。薄闇に名状しがたい表情を浮かべていたが、おそらく僕の反応に満足しているのだろう。僕は満腹感の気安さから店主に声を投げかけた。「これはどこで獲れた蛸なんですか」
 生け簀で飼育している、良かったら見るかい。
 店の裏には大きな水槽が置かれていた。容器一杯に蛸がのたうっている。
 否。厳密にそれは蛸ではなかった。そして水槽の中身は蛸状のモノだけではなかった。
 ああ、珍しいかい? 
 これは蛸蟲と言って、マサチューセッツ州のインスマス沖合いの岩礁に棲息する蝕腕類だよ。極めて蛸に近い、いや、蛸よりも美味い。ただ唯一の問題は死んだ途端に急速に腐敗が始まること。それを防ぐのは生きたまま調理することだ。この街はとてもいい。
 僕はもはや何も耳に入らず、嘔吐が止まらなかった。食べた全てを吐き戻す。
 蛸蟲は屍体に寄生するんだ。ほら。
 水槽の中には溢れんばかりに烏や鳩、犬、そして猫の屍体に埋め尽くされていた。その地獄めいた陸地の上を蛸蟲と呼ばれた蝕腕類の灰緑が這いずり回る。糞尿や血液、濡れた墓場の土の如き匂いが鼻腔を容赦なく襲う。見慣れた赤い首輪……。
 僕は意識を失った。




物書き交流同盟夏祭り「怪談」への投稿作品
Evidence

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2006.08.20

夏祭りですよ~

この度、物書き交流同盟さんに加盟させていただきました。
物書きを志す方々が集まって、小説の感想だけに留まらず、創作に関することをやり取りしあう同盟で、色々と突っ込んだお話が聞けるのではないかと思った次第。
(思いもかけず、色んな体験談が聞けて収穫でした)
甲斐にとり、はじめましての方ばかりだったのですが、昨日は六時間を越えるチャットの盛況ぶりに久々の創作意欲が刺激され、同盟での初めての夏祭り企画に対して記念にと思い、無謀(無貌ヂャナイヨ)にも明日(既に今日)が締め切りだというのに、チャットでの勢いをそのままに短編小説を書いてました。もちろんビバ徹夜!
うーん寝不足のテンションで突っ走った所為か、素の甲斐がもろに出てる。推敲もしていない。そんな状態の小説を管理人さんに送り届けて力尽きたの巻。
夏祭りが舞台の「怪談」がテーマだったんですが、書きあがったのは案の定と言うかいつもよりSAN値減少度は高めです。ほら、言うじゃないですか。怪奇(ホラー)小説と恐怖(テラー)小説ではジャンルが異なると。なんか色々アレな気がしますが、気にしない気にしない、だって気にしたら泣くから、泣けるから……(;つД`)
……
やっぱ一晩寝てから読み直すべきだったろうか……。
……
……
同盟の企画に投稿した小説は、同盟規約に則って、後日公開いたします。
まぁ、少しばかり遅すぎる暑中見舞いということで、読んで涼しくなって貰えると幸いです<(_ _)>


《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張っていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。一次、二次創作は問いません。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

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2006.08.18

タイトル名のない小説

今日も今日とて小説蒐集な、甲斐ミサキです。自身の小説は放ったらかし……(書かなきゃ)

「無名祭祀書」「表題の無い小説」という風に聞くとなにやら、お話が一本くらい(しかもホラー系で)書けそうな気もしますが、そんな話ではなく、ココログ小説蒐集の検索中に時折、「タイトルのない小説」を見かけます。
文字通り、「無題」とか「第一話」とか「タイトル未定」とかいうものです。
PN(ペンネーム)、HN(ハンドルネーム)は特に無いから「管理人」で済まされる方もありますが、これはこれで納得がいくのです。ご本人ではなく、小説自体を前面に押し出そうとしている姿勢が好ましくも思えるし。
甲斐自身、凝ったタイトルを付けようとかおこがましいことは考えてはいませんが、タイトルは「小説の顔」であると認識しているので、理由がない限り(ちゃんとした理由があってタイトルを伏せられている方もいます)、小説はタイトルありきと考えています。長編連載小説であるなら、永らく付き合うタイトルでもあるし愛着も沸くだろう、短編小説、ショートショートにしたって読者さんを惹きつけるタイトルを名付けるんじゃないか、そう思うんです。実際、ミナソコノ住人にリンクを張らせて頂いている小説は様々な名前を持ち、その存在を示しています。
というわけで、そういった「名無し」の小説サイトさんにリンクをお願いしても良いものか考え中だったりします。
断っておきますが、タイトルがないから、その小説には信念が無いとか言っているのではありません。

ここをご覧になってくださってる方々にお聞きしますが、小説を書く際、タイトル名は特に気にされたり、こだわったりされますか?
お答え願えると幸いです<(_ _)>
……
……
……
……
参考リンク: ココログで読める小説群
《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張っていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。一次、二次創作は問いません。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

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2006.08.07

ココログ小説掲載数が400件

このたび、《ココログで読める小説群》の小説リンクがめでたくも400件を突破しました<(_ _)>

2006年8月7日現在 ▽サイト数:48件 ▽小説件数:401件
前回の300件記事から11ヶ月での到達です(マターリ蒐集なので)。 新たに100件増えるまでの間、閉鎖してしまったサイトも多くあり、実際のところ、随分とサイトさんの顔ぶれが変わってしまったなという感があって、血の入れ替えは必然なのかもしれませんが、寂しい気もします。

小説蒐集の指針について。
RSSを導入しているので、リンクさせて頂いているサイトさんは小説の更新を知り次第追加していくのですが、新規のサイトさんについては完全に甲斐の取捨選択によっているところがあります。例えば、どれだけ人気がある(アクセス数の多い)小説サイトであっても、過剰な性愛表現を主としたサイトさんは除外しています。恋愛小説の表現の上で性愛表現は必然であることは理解していますが、程というものがあると思うので……。それも小説だろ、と言ってしまえばそれまでなんだけども、ココログ小説群は飽くまで甲斐の趣味的な小説INDEXのつもりですので、そのあたり、ご容赦願いたいと思います。
……グロテスクな意味合いでの18禁的小説があるとして、それを紹介しているとするならそれは、完全に甲斐の趣味です(笑)むしろ読んでみたいです(な、なんだってー)。
あと、ココログから飛ぶリンク先に小説を公開されている方も涙を飲んで諦めています。飽くまでココログ内でコメントやトラックバック等が完結出来る状態であるのが望ましいと考えているからで、一応ココログ小説と銘打っていますし。

紹介する小説数が400件に達することが出来たのは、ひとえに小説リンクに対して快諾してくださったココログ作家の皆さんがいてこそだし、また皆さんの創作に傾ける情熱が結晶化した賜物であります。
自分でも小説を書き、また蒐集している身としてひたすら頭が下がる思いです。ありがとう。
……
…………
400件目は華麗に自分の小説で決めようと思ってたのだけど駄目だったの巻。・゚・(ノд`)・゚・。
この流れって前にも見たような^_^;
私事ですが、今書き進めている小説は推敲の段階に入っています。そこそこの量なので所々で区切り連載小説の形式で公開したいと思います。適宜更新で小説を連載されてる方ってホント凄い。


《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張っていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。一次、二次創作は問いません。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

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2006.07.08

クトゥルフオンラインの歩き方

この記事はオンラインネットワークゲーム『クトゥルフオンラインβ』について2ちゃんねるに寄せられた情報のまとめを扱っています。
既にプレイされている、または興味を持ってこれから参入を考えられている方たちの参考になれば幸いです。
公式サイトへのリンクは諸事情により張っておりません(お察しください)
ゲームクライアントのダウンロードは各自の自己責任で行ってください。
※正式サービスではなく、β版での稼動なので不具合等の報告は公式サポートに寄せてください。

現行スレッド:クトゥルフオンラインβ5

公式より

04/01/31 ver.0.98
○ダニッチ・キングスポート・インスマスを実装
○NPCとしてシュリュズベリィ博士を試験的に実装
04/02/03 ver.0.99
○NPCとしてエーリッヒ・ツァンを試験的に実装
04/02/132月13日 ver.0.99a
○砂漠・アマゾン及び各国主要地域を正式実装しました。
○ルルイエを試験的に実装しました(座標の発表は致しません)
○新サーバーを公開しました。

【不具合と臨時メンテナンスのお知らせ】
現在各地に発生しております「マスタークトゥルー」「ナイト(Knight)ゴーント」「ショゴスロード」「白のニャルラトホテップ」「ディープワン・ザ・ゼネラル」「ジャイアントグール」等のモンスターは当ゲームには存在しないものであり、何者かによる悪質な『クトゥルフオンライン』の改竄によって発生しております。これらの不具合を解消するために2月21日午前3時より臨時メンテナンスを行い、2月19日午前0時の時点までサーバーデータを遡ります。

ただいまデータ改竄についての調査を行っており、プレイヤーの皆様に深くお詫び申し上げますと同時に、今後は今回のような不便をおかけしませぬようセキュリティの強化等をおこなっていくよう努力いたします。
プレイヤーの皆様にはご理解とご了承をいただけますようにお願いいたします。

なお一部プレイヤーの方々からの御要望によります、モンスターの擬人化、魔道書の擬人化、『クトゥルフオンライン』のパワープレイ化等は、『クトゥルフオンライン』に相応しいものと開発チームは考えておらず、いかなる状況におきましても実装はいたしませんことを明言いたします。

今後とも『クトゥルフオンライン』をよろしくお願いいたします。

                                       『クトゥルフオンライン』 開発チーム      

04/03/21 ver.0.99b
○外なる神々および旧支配者(それらの化身含む)の一部に生じていた不具合を解消いたしました。
○一部のモンスターのステータスが下方修正されました。
○一部のモンスターのアイテムのドロップ率が上方修正されました。

04/03/23 ver.1.00
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

3月23日(火)に「ガードナーの農場」がリニューアルされます。
リニューアルによって変更される事項は、下記のとおりとなります。
○ガードナーの農場の地形が変わります。
 既存の焼野付近のマップはダムとダム湖に変わります。
○出現モンスターが新たに加えられます。
 湖底の謎めいた原因により畸形となった水棲動物たちは
 付近を調査する探索者たちにとって、嫌悪すべき存在となるでしょう。
 以前からガードナーの農場に出現していたモンスターは、
 異次元の色彩を除き、ダム湖周辺にのみ出現するようになります。
なお、リニューアル時にガードナーの農場にいるプレイヤーは
自動的にアーカムに移動されます。
また、これまで出現後に井戸付近から移動しなかった異次元の色彩は、
ダム湖を湖岸付近まで活発に移動するようになります。

それでは、リニューアルされたマップをお楽しみ下さい。

04/05/16 ver.1.00
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。
最近、クトゥルフオンラインサービスチームの名前を使い、架空のイベントの申込みを促すメールが出回っています。
これらのメールは、アカウントやパスワード等の返信を求めてくるもので、アカウントの盗用につながる恐れがあります。
クトゥルフオンラインサービスチームとこれらのメールは全く関係のないものですので、決して返信しないようにしてください。
●メールアドレスについて
クトゥルフオンラインサービスチームからのメールは、メールアドレスのドメイン部分(@から後ろの部分)が『@cthulhuonline.jp』だけとなっています。
これら以外のドメインによるメールアドレスは、クトゥルフオンライン及びクトゥルフオンラインサービスチームの名前を無断使用したメールである可能性が非常に高いのでご注意ください。
●アカウントとパスワードについて
クトゥルフオンラインサービスチームからユーザー様に送信するメールによっては、ユーザー様にアカウントをお聞きする場合があります。
ただし、その場合であってもユーザー様にパスワードをお聞きする事はありませんので、パスワードの返信を求める内容のメールがきた場合も、決してパスワードを記載しないようにして下さい。
●その他のクトゥルフオンラインサービスチームの名前を使ったメールについてアカウントやパスワードの返信を求める内容のメール以外にも、「意味を成さない文章が羅列されたメールが届いた」「宗教団体に入信するよう勧めるメールが届いた」等の報告をユーザー様から頂いております。
クトゥルフオンラインサービスチームでは、ユーザー様に対して特殊な形態の文章でご連絡させて頂くことはありません。
また、クトゥルフオンラインサービスチームは日本および諸外国のあらゆる宗教団体とも関係を持ちません。
なお、意味不明な文章であっても、メールアドレスのドメインがクトゥルフオンラインサービスチームであったならば、文字化けしている可能性がございますので、その場合は公式ホームページからご確認ください。

04/06/12 ver.1.01
○太平洋上にポナペを実装しました。太平洋沿岸の港湾都市から船のみにてアクセス可能です。
○一部の呪文の効果を調整しました。

04/08/13
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

8月20日はクトゥルフ神話の生みの親、ハワード・フィリップ・ラヴクラフトの誕生日です。
そこで、全サーバーにおいてHPL誕生日イベントを行います。
8月20日午前11時の臨時アップデートにより、全プレイヤーの皆様のアイテムに
バースデーケーキとバースデーカードが追加されます。皆様で彼の誕生日を祝ってあげましょう!

○バースデーケーキ:正気度を若干回復させる。消耗品。
○バースデーカード:グラフィックは異なるが通常の便箋と同様の効果。

04/08/30 ver.1.05
〇魔導書制作NPCが実装されました。
〇新種族が追加されました。
〇海底都市探索イベントが正式開始されました。高レベルキャラクター推奨イベントです。
05/03/21 ver.1.06
〇プレイヤー数の増加に伴い、新たなサーバーを設置しました。
〇職業間のバランスに関して、いくつかの調整を加えました。
〇全てのサーバーにおいて、キーパーを増員しました。
05/06/07 ver.1.07
○規約違反に関する罰則を強化しました。
○種族:人間(混血含む)に限り、プレイヤーキャラクターの血筋に関する情報を増加させました。
○異種族間でパーティを組む際の規制を若干緩和しました。
06/08/14
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

8月14日はコモリオム神話の生みの親、クラーク・アシュトン・スミスの命日です。
そこで、全サーバーにおいて特別イベントを行います。
8月14日午後1時の臨時アップデートにより、各サーバー内の街中にNPC「クラーカシュ=トン」が現れます。
彼に話かけることによって、ヒューペルボリアへと転送されます。

峻険ヴーアミタドレス山には毒をもつダイノサウルス、巨頭獣、剣歯虎、凶鳥ラフトンティスなど、
普段では目にすることのない凶悪なモンスターが冒険者たちを待ち構えています。
なお、15日午前0時付けを持ってヒューペルボリアに滞在しているプレイヤーは
自動的に転送を行ったNPCのいる街に移動されます。
(通常イベントによりヒューペルボリアへ辿り着いたプレイヤーはその限りではありません)

この機会にぜひ、スリリングに富んだ冒険行をお楽しみください。

06/08/19
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

連日の夏休み企画に参加くださりありがとうございます。
8月20日はクトゥルフ神話の生みの親、ハワード・フィリップ・ラヴクラフトの誕生日です。
そこで、全サーバーにおいてHPL誕生日イベントを行います。
8月20日午前0時の臨時アップデートにより、全プレイヤーの皆様のアイテムに
バースデーケーキとバースデーカードが追加されます。皆様で彼の誕生日を祝ってあげましょう!

○バースデーケーキ:正気度を若干回復させる。消耗品。
○バースデーカード:グラフィックは異なるが通常の便箋と同様の効果。
○当日のみ、モンスター全てのアイテムのドロップ率が上方修正されます。

06/08/25
こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

プラハで開催された、国際天文学連合(IAU)総会における「惑星の新しい定義案」により、
冥王星が太陽系惑星の地位から外れましたが、
ラヴクラフトサークルにおいて、ユゴスの存在は欠かせない要素となっており、
協議した結果、サービスチームといたしましても、これを排除するには至らないという結論に達しました。
これにより、『ユゴス』フィールドでの活動および、選択種族『ミ=ゴ』は引き続きお楽しみいただけます。

今後とも『クトゥルフオンライン』をよろしくお願いいたします。

2006年8月29日 ver.1.08
○正式に「カダス」を実装しました(高レベル推奨です)
○不正アクセス問題における第一回諮問委員会を実施しました。

こんにちは、クトゥルフオンラインサービスチームです。

月見の季節となりました。これにちなんで、各サーバー内において、
「月に吼ゆるもの」の召喚儀式を開催します。座標の公開はいたしません。

狂信者となり儀式に参加するもよし、もしくは邪神を狩るもののとして、儀式の阻止に徹するもよし。
普段から培われた皆様の腕を競い合う良い機会です。どうぞ振るってご参加ください。

※状況によっては、サービスチームのパーティが討伐に介入する場合もあります。

それでは、今後とも『クトゥルフオンライン』をよろしくお願いいたします。

公開サーバー:

『Lovecraftサーバー(御大鯖)』 『Derlethサーバー(誰鯖)』 『Nitoroサーバー(デモベ鯖+沙耶鯖)』 『Lumleyサーバー』 『Smithサーバー』 『KIKUCHIサーバー(18禁)』 『pink鯖(18禁)』 『Yousukeサーバー』

※各サーバーにより仕様は異なります。

実装されているフィールド:

『ダニッチ』 『アーカム』 『キングスポート』 『インスマス』 『セイレム』 『プロヴィデンス』 『悪魔の暗礁』 『ニューヨークシティ』 『ロンドン』 『ミスカトニック大学』 『ロードアイランド』 『シャッガイ』 『ドリームランド』 『メキシコ』 『南米の神殿ダンジョン』 『ヴーアミタドレスダンジョン』 『無名都市』 『新宿』 『泉ヶ丘』 『中央アジア』 『南極』 『ウルタール』 『ルルイエ』 『砂漠』 『アマゾン』 『ヒューペルボリア』 『コモリオム』 『イレク=ヴァド』 『セラエノ』 『ン・カイ』 『ツァン高原』 『ポナペ諸島』 『ユゴス』 『クン・ヤン』 『カルコサ』 『サルナス』 『ゾティーク』 『アヴェロワーニュ』 『サイクラノーシュ』 『ヤディス』 『ザイクロトル』 『キタミール』 『カダス』

 

プレイヤーキャラクター(種族・職業):

『音楽家』 『詩人』 『大学教授』 『貴族の末裔』 『魔術師教師』 『科学者』 『医者』 『医大生』 『警察官』 『軍人』 『小説家』 『芸術家』 『俳優』 『翻訳家』 『宗教家』 『司祭』 『神父』 『狩猟家』 『漁師』 『獣使い(テイマー)』 『オカルト研究家』 『魔道士』 『執事』 『メイド』 『商人』 『会計監査役』 『弁護士』 『宇宙飛行士』 『テレポーター』 『ディレッタント』 『バーバリアン』 『ローマ人』 『法律家』 『新聞記者』 『考古学者』 『探偵』 『墓守』 『マッドサイエンティスト』 『魔道探偵』 『トレジャーハンター』 『魔界医師』 『鍼灸師』 『イカモノ料理人』 『死体蘇生者』 『リアニメーター』 『スーパーメイド/執事』 『司書』 『拳闘師』
『脳髄缶詰』 『猫』 『白ペンギン』 『妖刀憑き』 『ナイトゴーント』 『アブホースの落とし仔』 『トゥチョ=トゥチョ人』 『ショゴス(の一部)』 『食屍鬼』 『深き者(血統がインスマスの者含む)』 『NPCの体の一部』 『ミ=ゴ』 『大いなる種族』 『古きもの』 『蛇人間』 『強壮な甲虫類』

※一次・二次職は順不同。種族によりステータスは大幅に変化します。

プレイヤースキル

『水泳』 『料理』 『調合』 『神話知識』 『夢見』 『窃盗』 『召喚』 『魔道書解読』 『退散呪文』 『美術』 『食屍鬼化』 『射撃』 『重火器取り扱い』 『格闘』 『功夫』 『翻訳』 『英語』 『フランス語』 『ドイツ語』 『ギリシャ語』 『ラテン語』 『ヘブライ語』 『アラビア語』 『古代日本文字』 『ルルイエ語』 『猫語』 『屍食鬼語』 『門の創造』 『隠秘学』 『暗号解読』 『神秘学』 『神学』 『会計』 『歴史』 『経済学』 『クリエイト』 『隠密』 『文通』 『医療』 『サバイバル』 『精神交換』 『鍼灸』 『釣り』 『大型車両運転免許』 『因縁の血脈』 『バイオロジー』 『写本作成』 『絵画』 『魔術』 『錬金術』 『登攀』 『逃げ足』 『超能力』 『図像解釈』 『水中呼吸』 『人肉嗜食』 『数秘術』 『化学』
追記:獣使い『調教』スキルにより手懐けられるペット
《仔山羊》《バイアクヘー》《シャンタク》《グヤア=ヨトン》《ランプイモリ》《ウィップァーウィル》《猫》《犬》《ミスカトニック図書館の番犬》《星の精》

確認されているイベント

『家の購入』 『婚姻』 『クトゥルー夢』 『時間旅行』 『叔父の遺産』 『七つの呪い(狩猟家の二次職試験)』 『忌まわしき狩人ハントツアー』 『ショゴス狩りツアー』 『教会の地下にて』 『暗黒教団の陰謀』 『霧の中の不思議な館』 『ダオロス』 『それは世界を侵す恋』 『ドイツ海軍の潜水艦搭乗』 『魔犬』 『古のものたちのお墓参り』 『インスマスを覆う影』 『異次元からの色彩』 『名状しがたいマーケット(略してメジョマ)』 『時間回帰』 『御大死去日(一時帰還記念パーティー)』 『古城からの脱出』 『南極行きの観測船』 『鉱夫たちの教え』 『ミスカトニック大学図書館での研修』 『黄昏の天使』 『州警察による討伐隊募集』 『ルルイエ浮上/沈没』 『星辰の促進/遅延』 『ニトクリスの饗宴』 『魔道師の陰謀』 『遺体安置所のバイト』 『赤の扉』 『クトゥルフの寝返り』 『魂の射出』 『ツァトゥグアへの供物運び』 『マーシュ精錬所の探索』 『ナイ神父の集会』 『ユゴスからの侵略』 『イースの尋問夢』 『ピックマンのモデル』 『ナンタケット号の航海』 『吹雪の中、何者かに導かれて』 『カバラ神拳の使い手』 『深きものどもとの同盟』 『内原主催天下一厨師会』 『存在の位階上昇』 『ミ=ゴの同盟者』 『アカシックノート接続』 『ユールの日』 『透明怪獣大決戦』 『レンのガラスを覗き見て』 『猫の日(期間限定)』 『ウルタールの猫』 『ヒュプノス狩り』 『ミ=ゴの祭り(期間限定)』 『魔女の家』 『深き者ども駆逐作戦』 『一族の系譜』 『ヨグ=ソトースの召喚儀式』 『大逆転! 南極大戦略』 『ダゴン秘密教団の初心者クエスト』 『月に吼えるものの召喚』 『墓場でのジャムセッション』 『サバト』 『ウェスト博士による蘇生実験』 『地下鉄特別区域警邏隊』 『壁の中の鼠』『女将を呼べ!!』『古書整理クエスト』『納涼花火大会《原子の混沌アザトース》の可視化』『お盆補正(狂人や屍者が正気に戻る)』

※開発チームの提供するイベントだけに留まらず、『ザイクロトル観光ツアー』や『神性の召喚儀式』『ギルド間の戦争』『数十人からなるキャラバン隊による狩り』『教団運営』『ミサジレクイエムペルシュジャイのプレイヤーによる上演』『ドリームランドオフ』『モンティパイソンのホーリーグレイルごっこ』など、プレイヤー主導のイベントも数多く企画され、どのサーバーも大いに賑わいを見せています。

確認されているモンスター

『大型昆虫』 『オオナマケモノ』 『ポーラベアー』 『マゴット』 『フライングポリープ』 『吸血蝙蝠』 『マガ鳥』 『ファイヤーワーム』 『小型恐竜』 『海百合状生物』 『ブループ』 『クトーニアン』 『アブホースの落とし仔』 『忌まわしき狩人』 『ショゴス』 『ショゴスロード』 『ダゴン』 『異次元の色彩』 『星の精』 『膨れ女』 『チクタクマン』 『イタカ』 『食屍鬼』 『アトラク=ナクア』 『ガグ』 『マスタークトゥルー』 『ナイト(Knight)ゴーント』 『白のニャルラトホテップ』 『ディープワン・ザ・ゼネラル』 『ディープワン』 『ジャイアントグール』 『無形の落とし仔』 『ツァトゥグアの落とし仔』 『星の戦士』 『盲目のもの』 『クトゥルフの落とし仔』 『古のもの』 『ミ=ゴ』 『ドール』 『ヴーアミ族』 『ルリム・シャイコース』 『大いなるC』 『ティンダロスの猟犬』 『てぃんだろすの猟犬』 『くとるたん』 『クァチル・ウタウス』 『ハイドラ』 『クラカーシュ豚』
 
※運悪く遭遇してしまったときは戦うことより逃げることが正しい選択です。命(精神)を第一に考えよう。
 高レベル帯のプレイヤー同士が集まってハントツアーを定期的に行っているのでそれに参加してみるのもいいでしょう。

確認されているアイテム(装備品):

『エルダーサイン』 『漆喰』 『家系図』 『黒い原形質』 『不透明な水晶』 『輝くトラペゾヘドロン』 『翡翠の魔よけ』 『塩化アンモニア』 『(自分の名前)の本質の塩』 『羊皮紙』 『黄金の蜂蜜酒』 『石笛』 『バルザイの偃月刀』 『ズカウバの薫香』 『没薬』 『霊猫香』 『柔毛』 『鉛の振り子の入った瓶』 『ネクロノーム』 『デモンベイン』 『(~の名前)の日記』 『銀の秘鑰』 『祖父の杖』 『黄の印』 『火炎放射器』 『クルックス管』 『火薬』 『灯油』 『輝く彫像』 『ピックマンのコスチューム』 『空鬼の着ぐるみ』 『ツァトゥグァ変身セット』 『鹿タイツ』 『衛星レーザー』 『ニトクリスの鏡』 『ショゴスの組織片』 『エルダーシングの胞子嚢』 『ひかき棒』 『チェーン・ソー』 『ウィスキー』 『古いオルゴール』 『銀色の鍵』 『ミスカトニック大学Tシャツ』 『トレンチコート』 『逞しい水』 『ガグ肉』 『脳髄缶詰』 『液体窒素』 『オーパーツ』 『せんべい』 『針金細工』 『軟体動物の触手』 『モルヒネ』 『レンのガラス』 『サンタ帽』 『深きもののエラ』 『ショゴス・プティング』 『ビターキー(ビヤーキーの丸焼き)』 『ダゴン教の冠』 『解析機関』 『歯車計算機』 『マナウス神像』 『クトゥルフ神像』 『ツァトゥグア神像』 『チャウグナー・フォーン神像』 『チュールーの古い木像』 『銀色の鍵』 『ケフネスの聖油』 『イブン・ガズイの粉』 『麝香』 『シャンタク鳥の羽』 『ダイナマイト』 『合成ミイラ』 『ミイラの粉末』 『トランペット』 『バイオリン』 『フルート』 『骨哨』 『太鼓』 『石膏』 『石灰』 『(~の名前)の屍体』 『遼丹』 『アスピリン』 『正露丸』 『阿修羅』 『風林火山』 『青龍刀』 『日本刀』 『木刀』 『妖刀』 『眉間尺の青剣』 『M60』 『冷凍光線が出るらしい筒』 『防具とおぼしきミミズ状生物の塊』 『魔弾』 『タロットカード』 『黒山羊の角』 『長持ち』 『マキシム機関銃』 『ロケットランチャー』 『バールのようなもの』 『古いスペイン金貨』 『ツクダの黒ダイス』 『時空の器』 『深き者のお面』 『ピックマン画集』 『エーリッヒ=ツァン ソロ演奏CD』 『戯曲 黄衣の王 DVD』『トップブリーダーが推奨する蟹印のぺでぐれーちゃむ』 『無貌のお面』 『カラフルな原住民のお面』 『シカゴタイプライター』 『サブマシンガン』 『リボルバー』 『100円ライター』 『チャッカマン』 『ニッパー』 『ミ=ゴのおひたし』 『味噌汁(シャッド=メルだし)』 『Gの塩焼き』 『ショゴス大福』 『ショゴス丼』

※様々な用途不明のアイテム類。それらは貴方を死の淵から掬い上げ、また狂気へと突き落とすことでしょう。

確認されている書籍

『アンスピーカブルオース』 『ネクロノミコン秘呪法』 『ときめきネクロノミコン』 『ネクロノミコン ラテン語版/英語版/ギリシャ語版』 『アル・アジフ』 『ネクロコミクロン』 『ネクロノミコン・機械語写本』 『手記:魔道書ネクロノミコン』 『金枝篇』 『ナコト写本』 『無名祭祀書 ドイツ語原書/ゴールデン・ゴブリン・プレス版/ブライドウェル版』 『エイボンの書 ラテン語版/フランス語版/英語版』 『ルルイエ異本』 『エルトダウン・シャーズ』 『ガールン断章』 『クタート・アクアディンゲン』 『ポナペ写本』 『マリオノール・ゴーレム』 『星界祭祀書』 『サセックス草稿』 『黄衣のキング』 『グラーキ黙示録』 『妖蛆の秘密』 『旧神秘言書』 『サンの七秘聖典』 『屍食教典儀』 『セラエノ断章』 『ドジアンの書』 『ネクロノミコンにおけるクトゥルフ』 『ひでぼんの書』 『メルトダウン・シャーズ』 『幼女の秘密』 『サセックス装甲』 『試食教典儀』 『セラエの男娼』 『プーさんの謎の七書』 『雌励秘法-荒稼ぎできるネカマ白書-(俗称:ネカマノミコン)』 『芸術論』 『漫画わくわくアル・アジフ』 『ヴォイニッチ写本』

※プレイヤースキルによる偽典も数多く存在します。

入信出来る教団(団体):

『イホウンデー神教団(通称:鹿タイツ)』 『ツァトゥグア神教団(通称:毛むくじゃらムック)』 『ダゴン秘密教団』 『星の智慧派』 『クトゥルフ教団』 『バステト神教団(猫神様)』 『セベック神教団』 『イグ神教団』 『グラーキ教団』 『対邪神組織』 『長老派教会』 『モルディギアン』 『アザトース崇拝教団』 『ハスター教団』

※旧支配者パッチの適用により、信者(ギルドとは異なる)になって神性を召還したり妨害したりできる様になりました。

主なNPC

『ラバン・シュリュズベリィ博士』 『ハーバート・ウェスト』 『ヘンリー・アーミテッジ』 『エーリッヒ・ツァン』 『ザドック老人』 『ズカウバ』 『バルザイ師匠』 『ジャスティン・ジョフリー』 『彷徨えるアラビア人の亡霊』 『ムニョス博士』 『タイタス=クロウ』 『コナン』 『エイボン』 『アタマウス将軍』 『クラネス王』 『ニャルラトテップ』 『沙耶』 『丹保涼子』 『ミゾロギ』 『内原富手夫』 『玩具修理者』 『御大』

 

困ったときのQ&A

Q:このゲームやってみたいんですが何処で入手できます?
A:プレイするべき時がきたらいつのまにかインストールされてるから大丈夫。

Q:インストールしたらファイルの拡張子が。.ctrとか.nyaとか.aztとかに。ウイルス?
A:拡張子なんて飾りです。 正気な人にはそれがわからんのです

Q:サーバー間の移動手続きってどうすればいい?
A:管理のメアドに件名「いあ! いあ!」で必要用件書いたら1時間くらいで対応してくれるよ?

Q:何か見たこと無いフォントでチャットしてる人いるんですけど、どうやってああいう文字だすんですか?
A:強いて言うなら時間が解決してくれると思うよ。
A:手っ取り早いのがキボンだったらミゴ族の升パチ当てるとか。

Q:チャットで外神の名前を発言しようとしたら、延々と正体不明の文字が羅列されつづけるようになっちゃったんだけど。SAN値もどんどん減ってくし何コレ…バグ?
A:バグだと思うんだけど、公式の発表では仕様ということになってる。

Q:鯖鰓で巻き戻るのはまあ100歩譲って仕方ないにしてもだ。運営の都合で巻き戻してんのにティンダロスの猟犬放つなってんだ。
A:鯖再起動でMobがSpawnは、よくあることだ。 他の狩りするMMOならレアMob狩るチャンスだけど、
クトゥルフオンラインみたいなのだとツライっすね。

Q:このゲームってボスとかいるの?
A:ボスって言うか……すごいのはいる。 でもすごくない奴でも準備無しで会ったら即死するし準備しててもわりと死ぬ。「死ぬ」ってのは精神的に再起不能ってのも含むから。というかこのゲームはそっちの方が多い。

Q:ステータスのどの数値を重視すればいいんでしょうか?
A:どんなに頑張って上げても死ぬ時はあっさり死ぬ。死を回避しようと思えば発狂。それがCOクオリティ。
A:ステなぞどうでもよい。重要なのは、死に様。

Q:最近始めたんだが、初心者向けの必須アイテムってある?
A:拳銃。手記を残せるような手帳と、ペン。インク切れの為にナイフと鉛筆。カセットテープレコーダー。

Q:初心者なんですけど初めはどのあたりでレベル上げるといいんですか?
A:とりあえず魔術書に触れられる環境を見つけるのがお勧め。 戦闘技術がいくらあっても見えない怪物に食われて消えるのがオチだから。

Q:俺のキャラはLvが上がる度に能力が下がっていくわけだが 。
A:一定レベルに達すると変異して、鬼のように強くなるから心配するな。

Q:出身地で初期装備変わるけどさ。なんで揃って青酸カリだけは共通で持ってるんだろう?
A:デベロッパー側のPLへの心づくしの贈り物と思われ。

Q:最近知ったんだけど、正気度低い時に拳銃装備してると自殺するのは仕様?
A:オート逃避機能は切っておいた方がいい。最後まで足掻けないし。

Q:皆さんが口々に言ってる「いあいあよぐそとおす」って何?
A:家内安全ぐらいの意味だよ。英訳するなら「God bress You!」かな? 「いあ」は嘆願を意味する。

Q:キャラの出身をインスマスにすると成長した時まれにディープワンになるって本当?
A:本当。

Q:最強の職業って何ですか?教えてクンですみません!
A:マジレスすると、人間であることに拘泥しているうちは最強とか別次元。

Q:ディープワンで始める利点はなんですか?
A:鼻毛の手入れが必要ないので、煩わしさから開放されます。

Q:パワープレイしたいんだけど。どの種族がいい?
A:猫が一番だと思う。ムーンビーストや土星猫と同盟組めるし。

Q:アブホースの落とし仔、パラメーターにバラつきありすぎ。
A:パラメータ低めだとゲーム開始の瞬間に喰われたりするしな、親に。

Q:キングスポートの雑貨店に売っているGちゃんと泉ヶ丘駅キオスクのGちゃんはスペック違うよね。
A:ペットシステムは実装されてるが、とはいえGちゃんはペットでは……あれ?
A:キャラメイク時に稀にGちゃん選べるよ。

Q:知識度(INT)の上げ方って?
A:墓場で読書するとパラメータが上がりやすいみたい。

Q:今更で悪いがSAN値って高いほうがいいんだっけ?
A:SANはsanityの略で意味は. 気の確かなこと; 分別。SAN値が高いほど正気で、低いほど狂気。

Q:このゲーム、どうやってPKするの?
A:モンスター相手となんも変わらんよ。場所わきまえないと捕まる。
A:物凄い良くて銃弾一発で倒せるようなモンスに出会ったら
自分のSAN値を疑え。白沼にPKしているかも試練

Q:ふざけてNPC殺してたらSAN値が0になってしまった。
A:NPC殺しはPKと同量のSAN値を喪失する。

Q:SAN値が低くて人間と人外の区別がつきません>< 今また一人殺しました><
A:猫でやってるとGとかディープワンとかに自動的に攻撃しちまうんだよなぁ……
A:事実上PK御免だ。ぶっちゃけPC・NPC含めて正気じゃねぇ奴なんざ腐るほどいるから、いちいち考えてたらその間にこっちが殺される。「疑わしきは撃て」

Q:PK回数が一定数超えるとSAN値減少しにくくなるってマジですか?
A:マジです。減少しにくくなるけど、人間の死体に限ってだよ?

Q:SAN値って自然回復すんの?
A:ある程度以上なら自然回復するけど、ある程度以下になると自然減少していく。

Q:敵と戦うとSAN値が減ってすぐ発狂するんだが、発狂したらアポン確定だし、敵と戦うのが制限されるなんてマジクソゲーだなwwwwwwwww
A:戦うゲームじゃないだろ、追い詰められる様を思いっきり楽しむゲームだと思うんだがどうよ?

Q:ハリーポッターはいいよな。
A:そうだな。チョコ食ってSAN値回復できるし。

Q:SAN値の低いプレイヤーを検索する方法は?
A:アーカム警察署前に張り出してある顔写真

Q:お前らどんな神を信仰してる?俺は無信仰なんだけど、やっぱり信仰したほうがいいのかな。
A:シュブ=ニグラスかツァトゥグァ辺りがお勧め。後の神様は、崇拝してもあんまり見返りが…
A:神様の加護はないけど崇拝者の協力がもらえる。

Q:スミス鯖の魔女はエロエロって本当ですか?ラヴ鯖じゃ魔女は糞ババァばっかりで嫌になります。
A:本当。ゾティークなら美女・美少女・美少年がよりどりみどりです。

Q:露天商と思って話しかけたら死体だったってことあるよな。 何時間もずーっと道端に座り込んでいるから区別つかないよ。
A:いやいや。屍も返事するから。ここでは。
A:夏場は屍の中の人も大変だよな。この時期は半日で何でも腐る。
最近、モルディギアンギルドの活動が活発なんで腐る前に食われる可能性もあるけどさ。

Q:最近、自宅壁の向こうから鼠が走り回ったり引っ掻いたりするような音が聞こえてくるようになった。
A:『家計図』所持時のイベントフラグだろうが多すぎて特定は出来ない。

Q:イルーニュの巨人の材料にされてしまったんですがどうすればいいですか?
A:1ヶ月に30パーセントの確率で反乱起こすから気をつけろよ。

Q:『輝くトラペゾヘドロン』の使い道は?
A:「底知れぬ海溝へ投棄」にすればいい。後日獣使いスキルが上昇してるはず。

Q:『翡翠の魔よけ』ってアイテム入手したんだけど。
A:墓荒らし対処用の有名なトラップ。犬の遠吠えが聞こえてきたら諦めろ。

Q:やっとこ魔導書入手したが保存状態が悪くて読めねぇ。 どうしたもんか。
A:保存状態がよかった頃まで時間逆行すればいいじゃない?
A:書物ごと取り込んでしまうというのはどうだろうか。

Q:(魔導書で)血がべったりでページが読めないどころか張り付いちゃっててなあ。 これきれいにするのってどんなスキルだ?
A:食人かな。血が人間のものだった場合のみだけど。

Q:ところで最近、旧神の印が大量に出回ってるんだけど升ですか?
A:黒い人が贋作流してるんでね?
A:海で拾ったタコノマクラを、旧神の印と偽って大もうけですよ。

Q:ミ=ゴの使ってた怪しい光線が出る銃を手に入れたんですけど、手の数がが足りなくて使えません。
A:天津飯に師事。
A:きをつけろ。 それは天津飯じゃない、ラーン・テゴスさまだ。

Q:このゲームって不自然に猫が多くないか?
A:仕様です。

Q:何で猫のグラフィックはこんなに力はいってんだ。異常するぎ。
A:猫だけはしっかり可愛がっとけよ、とくに幻夢境ではな。

Q:ぬこでいっぱいと噂に名高いウルタールにきたんだが、なんか虎とかライオンとか猛獣しかいないんだが。もしかしてぬこってあの猛獣のことなのか?(((;゚Д゚≡゚Д゚;)))
A: どんなに猛獣っぽくても耳がとんがってるとぬこで、どんなに小さくかわいいなりでも耳が丸いと猛獣。

Q:ぬこでプレイしたら,御大に可愛がってもらえる?
A:NPCのラヴェ=ケラフにはあったことが。猫可愛がりされますた。

Q:スライムって何であんなに強いんですか? 雑魚だと思って突っ込んでいったら瞬殺されちゃった。
A:多分それニョグタ。
A:多分それショゴス。
A:多分それツァトゥグァの無形の落とし子。
A:多分それウボ=サスラ。
A:多分それアブホース。

Q:黒Gが強すぎる。火炎噴射機ものともしない。勝てない(;つД`)
A:火炎放射器はミスリード。フォマルハウトビームキタコレ
A:御大鯖ではGは直接見ることは出来ないだろ。かろうじてイスの人のキャラチェンイベントで
図書館かどこかを探せば文献が出てくるかもしれないってくらいで。

Q:『ズカウバの薫香』ってズカウバ倒せば手に入るんですよね? 何度倒しても落としてくれません。
A:ズカウバはモンスじゃなくてNPC。『没薬』とか『霊猫香』とか渡せば作ってくれる。

Q:『黄金の蜂蜜酒』の入手方法って?
A:料理と調合と神話知識を上げる。イス、異次元の色彩がドロップ。
A:シュリュズベリィ博士イベントフラグで貰えるのを確認。

Q:やっと準備整ってこれから初の宇宙旅行なんだけど、注意する事ってある? 蜂蜜酒ってどれぐらい用意しとけばいいのかなあ。
A:持てるだけ。装備重量の全てを使い切れ。 てーかむしろ体の肉を全て削り落としてでも重量確保して持っとけ。

Q:『夢見』スキルってどうやったら獲得できるんだ?
A:確実なのは各家の変な角度の部屋をしらみつぶしに探して寝泊りすること。

Q:『料理』スキルって上げるとどういうことができるようになるんですか?
A:『ショゴス・プディング』が確認されてる。正気度を少し回復させる効果があるんだが、材料にショゴスの組織片とエルダーシングの胞子嚢が必要なんでレベルが高くならないと生かせないスキル。
A:『黄金の蜂蜜酒』『ディープワンの三枚おろし』『ビターキー』確認済み。

Q:海軍に入れた奴居る?本当に潜水艦まで実装されてんのか?
A:潜水艦に乗せられると必ず海底まで連れて行かれて都市ハケーンしてSAN値激減でキャラあぼーんだぞ。その代わり艦内はDOOM型3D部下殺しアクションシューティングのおまけモードになってるが。

Q:アーカムのどこかに死んだキャラを復活させてくれる医者がいるって噂は本当ですか?
A:キャラロスト確定の罠。 正確にはキャラロストじゃないんだけど、良くて精神病院行き、悪くてNPC化。

Q:グールの住処が突破できないんだけど。
A:手段としては美術技能フラグ・夢見人技能フラグ・食屍鬼化。芸術家とのコネで通った奴もいる。

Q:狂気山脈東2地区のぷりちーな古の物と仲良くなりたいのですが、彼女(彼?)は何をプレゼントすれば喜んでくれるでしょうか?
A:つ ショゴス。

Q:魔道師の陰謀イベントって?
A:ヒューペルボリアに行くためのイベントフラグ。魔術儀式がポイント。

Q:ヒューペルボリアから帰れません。帰りたいよー。
A:コモリオムの街でポタ屋さん探して、『門の創造』してもらえばいいんじゃないか?

Q:今やってる古本の整理イベント、雇い主がやたらワイン進めてくるんだがどうしたもんかね?
A:コーヒーと交互にがぶ飲みするんじゃなかったっけ?
A:「飲まないのだよ…ワインは」 とでも思わせぶりにいっとけば良いと思うんだ。
A:友人が欲しがったから高値で売っちゃったよ、そのワイン。

Q:古書整理イベント蛆虫多すぎね?
クタアト・アクアディンゲンを読むにはそれくらいしかないからしょうがないけど。
A:比較的EXP稼ぎやすいとこじゃない? 魔道書読みながらプチプチと蛆虫潰してたよ。
スキルで「数秘術」持ってると生存率なおUP。

Q:インスマスのある崖ではディープワンを銃でハメ狩りできるらしいよ。
A:1927年限定。

Q:俺、インスマスの住人でプレイしてる女キャラと仲良くなって、ゲーム内結婚も考えてるんだ。でも、トラブルになったカップルの話もよく耳にするし、正直不安だ・・・
A:中の人にはマジで気をつけろ。

Q:ミ=ゴにとっつかまって脳髄を缶詰にされてしまったんだが……これからどうしろと(泣)
A:サイモン教授と名乗って仲間の知識的バックアップにまわれ。ジェイムスン教授を目指すのもいい。

Q:ミ=ゴの同盟者になりたいんだけど。
A:犬は厳禁。

Q:高レベルのミ=ゴは直接宇宙空間を移動できるってマジですか?
A:マジです。

Q:ツァトゥグァに供物捧げて恩恵賜ろうかと思ってんだけどさ。質と量どっちが大事なの?
A:量。満腹にさせることが出来ないと自分がデザートになる可能性大。
A:質。狂信的な信奉者たちの捧げものを食べて舌の肥えた毛様は究極の捧げものか至高の捧げものじゃないと怒り出す可能性大。

Q:貯水池に出現する異次元の色彩の出没パターンって?
A:出現直後から数えて170時間後。

Q:ふと思ったけど、猟犬って前歯の隙間の角度とかからはPOPしないの?
A:指と指の間とからも出てこれそうだよな。 まあ、その、なんだ……もうあきらめろ。
A:逆に考えるんだ。猟犬を角度のないところに閉じ込めればよいと。

Q:なんかさ、最近死線を感じるんだがこれ何?
A:線と点が見えるようになったら、ナイフで突いてみよう。

Q:ン・カイの洞窟で門の創造すると壁の中にハマることがある。
A:門の創造ができなければGMさんに頼む必要ありそう。

Q:ヨグ様と契った人います?
A:)ノ リアルで女性です父ちちの勧めでやっていましえたが止めたいのですがドウスレバイイのでしょうかお腹から声がきこえるんです。
A:めげずに頑張っていれば、怪異なる永劫の内にはシュブ・ニグラス様みたいになれるかも。

Q:ビヤーキーが出たままダメージをうけなくなりダゴン秘密教団の入団式が受けられない。
A:ビヤーキーは一匹じゃないので他のを探す。

Q:CTRL-Sからでも門の創造の魔法が使えない。
A:ショートカットの再設定、リスタートで回避できるかも?

Q:インスマスに動かないダゴンが出るんだけど。
A:観光名物になってるだけで実害はなさそう?

Q:星の戦士って殺しちゃまずいですか?
A:全然無問題。むしろ推奨。

Q:クン・ヤンの洞窟3Fに敵が出ないことがある。
A:NPCサーバを再起動するまでそのまま。

Q:このゲーム最大の欠点はアレだ。最も重要な要素の一つ。臭気が再現されていないことだ。
A:…ぇ? 嘘 だって。
A: 臭いするよな? 今だってこう・・腐臭のようn

Q:うぉれは正気だなあああああああああ!うほほほほおhさshjgdv!ぬああっぬあああっぬるぽぁああ
A:↑と見せかけておいて実はキーボードを前足でぺしぺしやってる愛猫の発言。

Q:キャ、キャラデリの項目が消えてる…なんでだ!?
A:位階が上がると消えるらしいな。

Q:感動的だよなこのゲーム。夜にはやりたくないがな
A:こっちは昼でも、向こう側は夜だったりするから安心できない。
A:何時行っても夜だか昼だかわかんないよ。時計は役に立たないし。
A:お前らまだ昼と夜の区別があるのか、羨ましい
俺が今いるとこいっつも薄暗いんだけど
空は一度見上げたがなんかよくわからないものが一面にうねっていて
もう二度と見る気が起きない

Q:どこまでがゲームでどこまでが現実なのか・・・
A:マジレスすると、 貴方のキャラがPCだの携帯だので2chしてるのがゲーム。
環状列石で呪文を唱えたり、
何処が果てだかもよくわからんような巨大図書館で、
人皮装丁の魔道書を閲覧したりしているのが現実だよ。

おまけ:牛丼コピペ改変Ver

914 名前: ネトゲ廃人@名無し 2005/06/07(火) 03:32:02 ID:ySWQQwGx

そんなことより、ちょいと聞いてくれよ。ダーレスとはあんま関係ないけどさ。
昨日、近所のスン高原行ったんです。スン高原。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで通れないんです。
で、よく見たらなんか装備品背負ってて、ホークス探検隊、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、ビルマ探検如きで普段来てないスン高原に来てんじゃねーよ、ボケが。
スン高原だよ、スン高原。
なんか話のオチがダーレスしてるし。兄弟揃って焼却処分か。ダーレスだな。
よーし旧神に頼んじゃうぞー、とか言ってるの。フォ=ラン博士が。
お前らな、旧き印やるから旧神の武器で旧支配者に罰を与えろと。
スン高原ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
チョー=チョー人の一団といつ戦闘が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。つーか、探検隊は刺される一方だったんだが。
で、やっとアラオザルに着いたと思ったら、エ=ポオの奴が、ツァールは未だ我にすら話しかけてはおらんのに、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、ツァールなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、ツァールが、だ。
地下には本当にツァールが居るのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
地下に居るのはロイガーだけちゃうんかと。
フォ=ラン博士通の俺から言わせてもらえば今、博士の中での最新流行はやっぱり、
だまし討ち、これだね。
エ=ポオを巧く丸め込んでだまし討ち。これが通の手口。
星の戦士ってのは旧神の武器を多めに持ってる。そん代わり出番が少なめ。これ。
で、それで都市を攻撃。これ最強。
しかしこれをやると次からチョー=チョー人にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、飛行機でロイガーの屍体でも目撃してなさいってこった。


おまけ:牛丼コピペ改変Ver

478 名前:ネトゲ廃人@名無し投稿日:04/08/18 20:54 ID:???
そんな事より>>476よ、少しばかり聞いてはくれまいか。スレとさほど関係ないのだが
昨日、先祖のイグザム修道院跡へ行ったのだ。デ・ラ・ポーア邸。
そしたらなんか鼠の足音がいっぱいで眠れないのだよ。
で、よく見たらなんと壁掛けが動いてて、基礎の漆喰がのぞいておるのだ。
もうな、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、数百年ぶりに血筋の者が帰還したからといって大騒ぎするな、ボケが。
数百年ぶりだよ、数百年ぶり。
なんかノリス大尉とかも来る始末。息子の親友だけが生き残ったのか。おめでたい話だな。
よーしロンドンから高名な学者呼んじゃうぞー、とか言っとるのよ。もう見てられん。
お前らな、黒すけやるから地下室空けろと。
デ・ラ・ポーア邸ってのはな、もっと殺伐としとるべきなのだよ。
地下への階段降りた先に下等な類人猿の骨が散らばっててもおかしくない、
叫ぶか気絶するか、そんな雰囲気が良いのであろうが。学者風情は、すっこんどれ。
で、やっと落ち着いたかと思う間もなく、闇のなかであの肥えたノリスしか見えないのだ。
そこでまたぶち切れであろうが。
あのな、悪魔のような豚飼いなんてきょうび流行るわけないのだ。ボケが。
得意げな夢見て何が、呪われた家系、だ。
私は本当に人を食いたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
マグナ・マータ!マグナ・マータ!言いたいだけちゃうんかと。
家系ネタ通の私から言わせてもらえば今、家系ネタ通の間での最新流行はやはり、
壁の中の鼠、これであろう。
脳内に響く無数の足音。これが通の狂い方。
壁の中には鼠が多めに入っている。その代わり神話が少なめ。これだ。
で、それにノリス大尉をむさぼり食う。これ最強。
しかしこれをすると学者どもに座敷牢に閉じ込められるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前たちド素人は、深刻な顔して囁き合えということだな。


おまけ:牛丼コピペ改変

そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。
このあいだ、旧支配者喚ぼうとしたんです。旧支配者。
そしたらなんか魔方陣とかがめちゃくちゃいっぱいで新しいのが描けないんです。
で、よく見たらなんか古文書があって、百年に一度、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、百年に一度如きで普段喚んでない旧支配者喚んでんじゃねーよ、ボケが。
百年に一度だよ、百年に一度。
なんか原住民とかもいるし。部族総出で旧支配者召喚か。おめでてーな。
よーしラビ、クトゥルー喚んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、エイボンの書(写本)やるからその場所空けろと。
邪神召喚ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
秘密を知った奴がいつ深き者に殺されてもおかしくない、
(日記を)書くか殺られるか、そんな危機感がいいんじゃねーか。原住部族は、すっこんでろ。
で、やっと描けたかと思ったら、隣の奴が、「いあ!くとぅぐあ!」、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、クトゥグアなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、「いあ!くとぅぐあ!」だ。
お前は本当にクトゥグアを喚びたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、クトゥグアって言いたいだけちゃうんかと。
旧支配者通の俺から言わせてもらえば今、旧支配者通の間での最新流行はやっぱり、
這い寄る混沌ナイアーラトテップ、これだね。
這い寄る混沌→魔王アザト-ス。これが通の喚び方。
アザトースってのは封印が少しキツめになってる。
そん代わり這い寄る混沌を喚べれば予言成就。これ。
で、見事に地球消滅。これ最強。
しかしこれをすると次から旧神にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前、1はバイアクヘーでも喚んでなさいってこった。


キャラ生態ヲチ

出会い系で知り合った500歳以上年上の古のものの家へ。
そしたら「テケリ・リ」と言われて、パラボラ銃というか、
ショゴス退治につかうような分子攪乱兵器をもたせられ、旧き印を持たせられた。
向こうは全裸。
まあこんなのもたまにはいいか、と愛撫してたら、古のものが喘ぎ声の中、喋りだした。
「イアアアアア!クトゥルフ・フタグン!」
…オレは突然の、しかも想定の範囲を超えたセリフにポカーンとしてしまった。
古のものは素に戻って、「……テケリ・リ」と恥ずかしそうにオレに言った。
プレー再開。
翼とかをなめつつ体中をさわさわと触る
「メネ・メネ・テケル・ウプハルシン」
「テケリ・リ」
「テケリ・リ!テケリ・リ!、、フユウ……フユウ、、ヨォォグソトォォォトオオオ!」
ウミユリのような無数の触手をやさしく絡ませあいながらオレは答えた
「…テケリ・リ、、、テケリ……イア!イア!ハスター!」
セリフを聞き、古のものはびくんびくんと身体をひきつらせた
「'EH-Y-YA-YA-YAHAAH-E'YAYAYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa!」
海星状の頭部をなでる 「テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!」
「Nyarlathotep! Nyarlathotep! Nyarlathotep! AI!! AI!!」

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2006.07.04

小説の電子書籍化っていうお話

7月になりました。暑いです。
今年まだ2回目の記事だっていうのに七夕がすぐそこ(´∀`*)ウフフ
精神的体調(言葉おかしい?)が思わしくなかったりして、それでも掲示板の管理については、ちょこちょこと宣伝の抹消など行っていたのですがカキコミの返事がまだだったりします<(_ _)>
<ココログで読める小説群>の更新も滞って……まとめて更新するのもオツだなぁ(遠い目でヴァルハラを想起)

閑話休題

さて、本題の電子書籍化についてのお話。
ずいぶん前になりますが、とある会社から『ミナソコノ住人』で公開している小説について、携帯電話を媒体とするコンテンツとして電子書籍化してみないかというお話を頂きました。
こういうお話自体、ネット小説の世界ではありふれたことなのかどうかは知りませんが、友人からは
『詐欺キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!』
って突っ込まれる始末。
詐欺かどうかは別として、売り上げの15%を二次使用料としてもらえ、電子書籍化の後でもサイトで作品の公開を続けてもよく、また、他社との販売契約を規制しないという一見作者側に有利な内容に思えたので一度は契約を考えました。
ところが!
契約条項の中に作者に極めて不利な内容が含まれていることを知り、電子書籍化の話は無かったことにしました。

1.第三者から作品の掲載についてクレームがあった場合は、作者が対処する。
2.上記クレーム等により、○○○社に支払いが発生した場合、作者がそれを補償する。

当然ながら、商業目的サイトではないため、ミナソコノ住人で公開しているコンテンツは全て無料です。
ですが、電子書籍化して小説が有料になり、それを買った読者が、
「携帯電話用に小説買ったけど、ネットなら無料でみれるじゃないか。お金返してください」
と言ってきた場合、甲斐自身が対応し代金の返却義務を履行することになります。甲斐が受ける二次使用料よりも代金の返還における額のほうが大きく、それについて○○○社は利益だけを得て、まるで被害を被らない。

実際にクレーマーの存在があるかないかは別として、本来ならば非営利で行っているネットでの小説発表の場が思わぬ告訴の事態を引き起こしかねないことになるのは想定外。
もっとのんびりまたーりやっていきたいんです(え……これ以上?!)
自分からわざわざ爆弾を抱えることもないなーって思います。
というか、ちゃんとした契約内容のご依頼ならば喜んで引き受けるのですけど。

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2005.12.24

クリスマスリレー完結しました

12月の初旬から企画し始めた、クリスマスをテーマにしたリレー小説が無事終了しました。
トラックバック機能を生かして、先に来るお話にトラバすることで、次に繋げていく実験的なもので、参加サイトは「るるが株式会社」さん「ささやかに言葉連ねた物語」さん「ミナソコノ住人」と小規模ながら、その分、濃い内容に仕上がっていると思います。文体に各人の特色が如実に現れていて、書くにしろ読むにしろ楽しい試みでした。
メッセンジャーで資料のやりとりをしたり設定画があったり、とずいぶん恵まれた環境での全6話。


お話はクリスマスを挟んだ12月23日から25日までを、ココログ作家の3人がそれぞれに生み出した登場人物たちの3日間を描いています。

 第一話 「12月23日 夕方 園山千沙登の物思い」   ミナソコノ住人
 第二話 「12月23日 夕方 高原皐月の悩み事」    るるが株式会社
 第三話 「12月23日 夜 大木大輔の試練」       ささやかに言葉連ねた物語
 第四話 「12月24日 朝 高原皐月の喜び」       るるが株式会社
 第五話 「12月25日 昼 それぞれの決意」       ささやかに言葉連ねた物語
 最終話 「12月25日 夕方 クリスマスの過ごし方」  ミナソコノ住人


よろしければ、各サイトにコメント等残していただけると、次回のリレーへと繋がるパワーになりますのでぜひとも宜しくお願いします<(_ _)>

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2005.12.23

クリスマスリレー小説(6)

「12月25日 夕方 クリスマスの過ごし方」

 
 ウィンドウ越しにみえる表通りは白く照り映えている。
 昨晩から本格的に降りだした雪は、千沙登が普段から見慣れている景色をすっかり銀色の刷毛で一色に塗り替えてしまっていた。なんでも数年に一度あるかないかの大雪らしく、交通が麻痺したと昼のFMニュースが告げていたのをぼんやりと思い出す。子供たちはどこ吹く風、さながら絵本に出てくる北欧の森の妖精、ユールニッセンのように顔を冷気に赤く染めながら大喜びで寒さを吹き飛ばす勢いで外を跳ね回っていたが、大人たちは突然の白い世界に渋い顔を浮かべては、ゆく道を急いでいるようにも見える。
 午前中にかけて大学の友人たちが冷やかしに、苺庵に千沙登の様子を覗きに来ていた。サンタコートに身を包んで店頭で立っている売り子姿を見て、クリスマスくらいゆっくりしたらいいのにと千沙登のがんばりに苦笑していたが、全くそのとおりだなぁと千沙登も思う。
 千沙登の両親は学生時代の一人住まいに条件付きで許可を出した。世間を独りで渡ってみるのもいい経験だし毎月の家賃も出してあげよう、その代わり、季節ごとに自分で旅費を稼いで顔を見せにきなさい。それが家族というものだからと。千沙登はそれを承諾して今に至っている。お正月やゴールデンウィーク、夏休みになるごとにいくばくかのバイトで稼いだお金で帰省し、数日を家族とともに過ごす。千沙登自身、浪費家ではけっしてないと思っていたが、講義後の昼休みをお気に入りの喫茶店で友人たちと過ごしたり、甘いものに目がない千沙登に誘惑は多く、気付けば財布は軽くなっている。帰省間近になると資金繰りをどうしようかと慌てることもしばしば。苺庵でのアルバイトもいわば、ケーキを筆頭にドーナツやプディングなどが積もり積もった甘味魔王の代償みたいなものだった。そんな千沙登にとって、休憩時間に甘いものが出される家庭教師は図らずも天職だった。けっしておやつ目当てではないけれど、密かに相好がにやけてしまうのも事実。その教え子たち二人は今頃なにしているだろう。昨夕自分に会いに来た皐月と大輔は、千沙登と一緒にイブを過ごそうと誘ってくれた。なんの打算もない二人を千沙登はいとおしく思う。高原さんはしっかりもので、大木君にあれこれ指示を出しては忙しくしているに違いない。わざわざ両親に会いに来いと乞われるまでもなく、家族と過ごす温もりや大切さを独り暮らしで思い知っている。こんな日に家族とともに過ごせない二人の間に自分が入ることで寂しさが少しでも紛れるなら、それは素敵なことだと千沙登は思った。
「園山さん、そろそろ時間だから」店長が事務所から顔を出す。 
「いいんですか?」千沙登はショウケースに余念ない視線を注いでいる客を気にしながら伺った。
 夕方五時を廻る頃になっても、駅前商店街は相変わらずの賑やかさだった。幾ら大雪だといってもクリスマスには違いなく、苺庵もいっときのピークは過ぎたものの、客の足が途切れることはなかった。
「いいよいいよ。残業はなし。朝から詰めっぱなしだったし。昨日のほら、あの子たちも待ってるだろ」これは常連さんへのクリスマスプレゼントだからと、店を出る千沙登にゲブランテ・マンデルンを店長が一袋包んでくれた。香ばしいキャラメルの薫りが鼻先をくすぐる。千沙登の大好きなドイツ菓子、アーモンドの糖蜜がけだ。
 それではお先に、と言いかけた千沙登の脳裏に閃いたことがあった。高原さんも大木君も喜ぶだろう、きっと。「あの、店長……午前中の」どう切り出そうか迷った千沙登に店長が片目をつぶってみせた。「大丈夫、貸してあげるから」千沙登は破顔一笑した。
  
 *
  
 寒空の下、肉屋が駅前の一等地に屋台を広げホットドッグの売り声をあげていた。
 皐月と大輔は呼吸の仕方を忘れたかのように息を潜めている。
 二人の目の前に、束の間の払暁を凝縮したかの様な幽い赤に切り抜かれた人影。
 ホットドッグ売りの立つ背後に路地裏の暗がりから現れ、刃に黒く艶消しの施されたブッチャーナイフを構え、音もなく歩み寄る。店主はその影に気付かず背を丸め、両手を白い息で暖めているばかりだ。「……お、おい」大輔が今にも泣きそうな表情で声を漏らした。それをはばかる様に皐月が低い声ですばやくたしなめる。「ダイ君、静かにして」
 痛いような静寂が雪に沁みこむ。
 瞬間、すっと鞭をしなうようにナイフが空を飛んだ。飛沫が路地の雪を紅く切裂き、
 通りに肉屋の裏返った叫び声がつんざいた。
『クックック、このオレ、《悪魔の爪》様に手抜かりなどあるものか。大の大人が裏声で泣きながら懇願するな。たかだか右手の肘から先をナイフでもぎ取ったぐらいで』紅いシルエットが嘲笑をその貌に浮かべ──。

 ──ピピピピッピピピピッ──

 ビープ音が突如背後から鳴り響く。
「うわぁぁぁぁっ」大輔はびくっと身体を震わせて思わず叫び声をあげ、そばの皐月に気付いては慌てふためいて口を両手で押さえこんだ。
「あれ、オーブンの音だってば、ダイ君」皐月が呆れた顔をして大輔の方を仰ぎ見る。
「……皐月、鉄の心臓だ」ぼそりと呟くと大輔はふてくされたように頭のてっぺんまでコタツの中に潜り込んでしまった。
 二人は昨日、園山千沙登と別れた後、クリスマス当日に向けて意見や小遣いを出し合って買い出しをしていた。先ほど鳴ったオーブンレンジの中には今日のメインディッシュである、若鶏の骨付きもも肉が丸のまま放り込んであった。小学校での調理実習以外、庖丁もろくに握ったことのない皐月と大輔の二人だったが、クリスマスケーキをプレゼントしてくれた千沙登へのお返しにと、昨晩から粗塩をこすり付けたり、にんじんやたまねぎでサンドして日本酒に浸して冷蔵庫に仕込んであったクリスマスチキンは、インターネットでレシピを調べ上げた二人の口喧嘩と手尽くしのたまものである。
「自業自得。ダイ君、意地張るんだもん《ナイトメア・ビフォア・クリスマス》にしようって私言ったのに」コタツをめくって皐月が大輔に出てくるように促す。
 今観ていたのは《悪魔の贈り物製造機》という邦題の付いたB級どころかC級のホラー洋画で、『コタツに入って恐怖映画を』とカップル用に陳列してあった棚から大輔が皐月を怖がらせてやろうと企んで選んだものだ。夕方まで園山先生が合流できないと、ケーキに添えてあった走り書きで知った二人は買い出しの後、レンタルビデオ屋に寄り、退屈しのぎのビデオを借りたのだった。如何にして《悪魔の爪》ことサタンリィ・クロウズが人々の夢を叶えているのかという物語だが、どうにも血なまぐさい筋書きで、怖がらせてやろうと仕組んだはずの大輔がさきにノックアウトされてしまっては皐月の言うとおり、ぐうの音も出なかった。
 
 串をもも肉に突き刺して、皐月が焼き具合を確かめている。表面には万遍なく焦げ目がつき、オーブンに入れる前に塗ったサラダオイルが上手い具合につややかな照りを出している。「ちゃんっと焼けたっ……かな……うん、大丈夫!」皐月は満足げに頷いた。
「ダイ君、そろそろ園山先生が来るよ。片して片して」 
「……人使い荒いよな、皐月ってさ」
 リビングは色とりどりに飾り付けられていた。赤と緑の折り紙をリング状に繋ぎ合わせたペーパーチェーンが部屋の端から端へと掛けられ、ツリーをはじめ、カーテンレールにはこれもまたネットからプリントアウトして組み立てたペーパーオーナメントが吊り下げられている。コタツの上には小皿がキャンドル立てに見立てられ、キャンドルとともに火が灯されるのを待っている。園山先生のためにと、大輔、皐月のお互いが二日がかりで描きあげた苦心の作であるクリスマスカードも靴下の中で準備万端だ。玄関戸には皐月が持参したリースの輪っか。
 五時を過ぎて、皐月がしきりに腕時計の針を気にしだす。そんな不安が伝わってきた。「ゆうしゃ」はこんな時、どんな言葉をかけるものなんだろう。大輔は思いつかずにただサッカーボールをもてあそぶ。楽しみを目の前に土壇場になって、二人とも落ち着かない。ケーキ屋さんから大木家まで何分くらいかかるだろう、慌てン坊の先生は雪で転んで怪我なんてしてないだろうか。やっぱり気が変わって来なかったとしたら……。
 一度、
 二度。
 時計の長針が六をちょうど指したとき、玄関で不意にチャイムが鳴った。
 インターホンには目もくれず、皐月が駆け出した。
 扉をおそるおそる開ける。
 ひょっこりと扉の隙間から顔を覗かせたのは、厚手の手袋を細工したパペットだった。ボール紙で角がこしらえてある。開口一番、「もヒもヒ、良ヒ子の大木君と良ヒ子の高原ヒゃんヒはこヒらでフか?」妙に鼻声のトナカイだ。大輔は思わず吹き出した。さっきまでの不安が暖炉の火にあぶったかのようにするするほぐれていく。
「園山先生ぇーっ!」皐月が遠慮無しに飛びつく。 
 サンタクロース姿の千沙登はどこかしら照れくさげに皐月の頭を抱え込んだ。


《終わり》


*****
この小説はクリスマス企画のリレー小説です。
トラックバックをたどることで、続きが読めるようになっています。
参考ココログ
るるが株式会社
ささやかに言葉連ねた物語

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2005.12.08

クリスマスリレー小説(1)

「12月23日 夕方 園山千沙登の物思い」

 
 苺庵がアルバイトを募集していると知ったのは大学の掲示板でだった。
 この時期、学生は帰省するか、遊びに行くかのどちらかなのだけど、時折、わたしみたいなひねくれものもいるのさ。貧乏暇なし。あははははと一人、天を仰いでみる。
 園山さん、あすは朝から来てくださいね、と言われお店を出た頃にはすっかり陽は落ちていたが、その分、浮かび上がる光の川。師走の押し迫った駅前商店街のアーケードを煌々とイルミネーションが連ね、道往く人を豪奢な気分に駆り立てていた。
 ところで、苺庵とはお気に入りのケーキ屋さんの名前だ。二十三日から二十五日の三日間にかけて一年で一番の書き入れ時を迎える。そこで、短期のアルバイト員を募集していたというわけで、店長さんは常連客であるわたしをあっさりとやとってくれた。実際、猫の手でも場合によれば足だって役に立つならなんでも良かったのかもしれない。わたしはさっきまで、レジ操作とケーキ箱の組み立て方を教わっていたところだった。
 きらびやかに飾り立てられた商店街を抜けると、夜気が急に冷気の手のひらでわたしを包み込んだ。今年は暖冬だってニュースで言ってたのは出鱈目なんじゃないかと思うくらい、空は厚い雲に覆われ、風が吹き抜けるたび、耳の奥がツンとしてくる。マフラーをかたく巻きなおして、大学へと続く道のりを急ぐ。屋敷森公園の外周に植樹されたプラタナスの黄色い落ち葉をサクサクと踏みしめて目的の白亜の建物を目指してもくもく、もくもくと。はぁーっと吐いた呼気が眼前で白く滲んで夜気に溶け込んでゆく。
 
 大学図書館は六時近くだというのに盛況だった。追試の準備に没頭しているものや、頭を抱えてレポートの下調べをする学生たちでこの時期はいつもこうなのだ。わたしは空いているコピー機の一つをなんとか占領すると「分かる算数・四年」「四年生ドリルキング・漢字の読み書き」「脳力アップペーパー算数・六年」「ローマ字ワークブック」などを鞄から取り出して、枚数分のプリントアウトに励んだ。そういえばあの子たち、大木君も高原さんもクリスマスは独りで過ごすって言ってたっけ。ご両親がお留守で寂しいって聞いたらサッカーボールをもてあそびつつ、向きになってしかめっ面を浮かべた大木君とは対照的に、別になんとも思わないって表情を浮かべていた高原さんと、二人の顔が脳裏に浮かぶ。なんとも思わない、というのは裏返せば諦観ずくなきもちに慣れっこだって意味だと気付いて、少し悲しくなった。実家へ帰省するための旅費稼ぎとはいえ、二十歳のわたしがクリスマスって存在をやっきになって振り払おうとしているのを尻目に、二人の教え子たちがそれぞれの憂鬱を隠して意地を張っている姿がけなげにみえ、どうしても自身の境遇と重ねてあわせてしまう自分が心のどこかにいて、ため息が自然ともれた。

クリスマスリレー小説(2) 


*****
この小説はクリスマス企画のリレー小説です。
トラックバックをたどることで、続きが読めるようになっています。
参考ココログ
るるが株式会社
ささやかに言葉連ねた物語

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2005.12.07

リレー小説について

お誘いあって、このたび、クリスマスが〆切のリレー小説企画が進行中です。
発起人はるるが株式会社るるがさんと、ささやかに言葉連ねた物語才源さんのお二人と、甲斐の三人で。

クリスマスをテーマにしたリレー小説で、一人一人の受け持ちが二話ずつの全六話の予定で、甲斐が第一話の先陣をきり、
甲斐→るるがさん→才源さん→るるがさん→才源さん→甲斐の順で進んでいくことになります。
こういった試みは初めてのことなので全てが手探り状態です。不安と期待で胸一杯(というか記事にしてしまって自分を追い込んでみるの巻;)。

今回、小説本体に先立ち、リレー小説の設定をやりとりしたBBSをミナソコノ住人で公開しています。
るるがさん、才源さんが描いてくださった設定イラストも載せていますので、ぜひ覗いてみてください。
リレー小説掲示板

今回は実験的に3人での小規模な進行となりますが、ココログリレー小説、あるいは将来的には、ブログ特有の性質を利用したトラックバックリレー小説についても検討してみたいと思います。

参考記事

puts("hello world!"); //さんの 物書きさん集まれ!

以前は具体的進行がないまま、そのままになっていたのですが、今回改めてココログ作家のみなさんに参加の募集をしてみたいと思います。
トラックバック小説とはその名のとおり、
最初の小説記事について、続きをトラックバックとして送ることで連綿と小説が続いていくというものです。

物語A→物語B→物語C┐
│     ├─→物語E┴物語F
└─ →物語D─┘  

決め事は物語の時系列が常に、前の小説の後ろにくることだけで、
物語AのあとにB,Cと続く場合もあるし、物語A,B,Dの内容を含んだEという話に続く場合もある。参加人数によって分岐が増えていくにしたがい、どんどんパラレル化していくわけです。

参加してみたいと思われた方や、興味をもたれた方はコメントくださると幸いです<(_ _)>

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2005.11.30

短編小説:ダーツを投げる

 
 カップアイスをすくう手が止まったのには理由がある。
 このときのわたしは、あるいはできることなら、聞き間違えだって思いたかったのだ。つかさどる言葉の何もかもを千分の一の狂いもたがわずに。あるいは気づけずに済ませられたのなら多少は救われたのかもしれない。けれどそんな風にうまくいくはずもなく、もはや鼓膜を突き抜けて脳裏に刻みこんでしまった自分が計らずも恨めしい。
 昼休みにオフィスを抜け出しハンズへ買い物に行っていたわたしのあずかり知らぬところで、まるっきり世界は大きくよそおいを変えてしまったみたいだった。狙ったかのように、世界中のありとあらゆる何もかもが結託してわたしに秘密を漏らさぬよう仕組み、突然に今日というこの瞬間を選んで息の根を止めてしまうつもりなのかと疑うほどに。
 なんてばかみたいに救いのない無邪気で無慈悲な残酷さなのだろう。
 かれこれ四年越しになる。はす向かいの席に座る遊瓦とは入社からの短くはない付き合いで年齢も同じ、同期の気安さも手伝って、会社帰りにはよく遊びに出かけたものだった。聞き間違えでなければ、その彼がどこかの誰かと婚約したのだと、頬を紅潮させて同僚たちの輪の中で告げている。ああ。
 言わずもがな。所詮、一方的に自身を充足する願望にしかすぎなかった。遊瓦に彼女がいないだなんて。おたがいプライベートには踏みこみすぎず、仕事を終えて帰る道すがら、一緒になって悪ふざけをする仲で満足していたのは自分自身なのに、急に突きつけられた切っ先は思いのほか鋭利で、わたしの胸を貫き、けして小さくはない穴を残していった。その痛みにいささか戸惑ってしまう。今でも本当に遊瓦のことを「好き」だったのか、自分の気持ちの天秤すら推し量れないくせに。
 青く晴れ渡ったそらに突然起こる雷のように、降って沸いた喪失感。気ままなモラトリウムの王国はまるで水際の砂城楼閣のようにあっけなく崩れてしまった。
 ばかみたい。
 遊瓦から視線をもどし、再びスプーンを差し入れたが聞き耳を立てているうちにアイスクリームはすっかり溶けてしまっていた。かろうじて一片だけすくいあがるヘイゼルナッツ。「柏木、俺結婚すんだぜ」そんなきらきらした瞳をこっちに向けて報告なんかしてほしくないっていうのに。遊瓦にとってはさもあらん。巧妙に隠していたそんなわたしの心情なんぞ察することなく、屈託のかけらも遠慮もない笑顔で容赦なく射貫いてくる。聞こえなかったふりをして残りのアイスを流しに給湯所のシンクへと席を立ち、つかの間目と耳をふさぐことで、はだかんぼうより羞ずかしげのないあまったれな世界からわたしのこころを遮断する。
 あるいは昼休みにオフィスを離れたりしなければこんな事態にはならなかったのかもしれない。わかってはいるのだ、そんなことまるで論理的じゃないお笑い種だとは。
 そもそもハンズへわたしをいざなったものは「ダーツセット」だった。デジタル採点式のソフトダーツ。一目見るなり気に入ってしまい、仕事帰りまで取り置きをお願いしていたものだ。西部劇のバーに出てくるような観音開きのフロントパネルで、両脇のポケットにはダーツが三本ずつ収納できる代物。それは、来たるべき遊瓦への誕生日プレゼントにするとっておきだった。
 ダーツは二人の間でちょっとしたブームになってい、ダーツバーへ通っては勝敗の行方にジントニックやカルーアミルクの一杯を賭けあったりする他愛のない駆け引き、そんな風に投げ合うのは愉快で、最終電車ぎりぎりまで遊んでいたものだった。堅実に、的の内側にさえ入ればと思いながら投げるわたしとは違い、トリプルポイントの二十に放りこむのが一番の高得点だというのに、ポイントを仕切る金具にダーツを撥ね返されながらも遊瓦はどこ吹く風で、的の中心であるブルスアイに狙いを絞っている。ようやっとの何投目かでみごとに命中したとき、遊瓦の「今のちゃんと見てた?」といった悪巧みが成功したときの無邪気で誇らしげな悪戯っ子のように、思わず笑い声をあげてしまうほどあどけない表情でわたしを仰ぎ見たその顔に、気付けば胸が甘く締め付けられていた。そんな彼をびっくりさせたくて購入したのに、異性を意識して遊瓦を誕生日プレゼントで祝ってあげられるのはもうわたしなんかの役目ではないことが心をぎゅうと詰まらせてしまう。
「ばかみたい」シンクに手をついて呟く。今度は声にだしながら。
 あるいは自分の気持ちをこころの奥底に深く沈め、何食わぬ顔で遊瓦にプレゼントすればいいんだ。わかってはいる。律儀な彼のこと、お礼を言っては、今までのように誕生日になればわざとセンスを外した「面白いけど素直に喜べないもの」をプレゼントをしてくれるなんてことくらい。でもあくまで貰えるのは恋人同士の甘い睦みごとなんかじゃなく、望めるのは友情の証に過ぎない。遊瓦の善意むきだしのにこにことした友愛に押しつぶされるのは火を見るより明らかで、それに耐えうる自信も覚悟も、爪先ほどすら持ち合わせてなどいなかった。
 どう終業時刻まで過ごしたのか記憶のあやふやなまま、婚約話を肴に呑みに行こうだなんて悪趣味な誘いを丁重に、けれど決然たる意思表示で断った帰り道、その足をハンズに向け、出てくるころにはダーツセットを抱えていた。そんなことをすればたちまち持て余してしまうなんてこともわかっていたはずなのだ。見た目以上に重く感じるのはまるごと歯痒さの足枷に思えて、その重さがひと足ひと足余計に家路を遠くしてしまう。
 アパートの鍵をあけ郵便受けを確認する。夕刊、新規開店したヘアーサロンの案内、選挙運動のビラチラシ。それに宅急便の不在通知が一枚。そういえばきのう電話で母親がそんなこと話していたっけ。きままな独り暮らしを自分で選んだこととはいえ、そんな娘をてのひらで囲いたがる。なんて深くのしかかる愛情なんだろう。見合い写真なんか何度送られたってざわざわと気持ちがささくれ立つだけなのに、愛すべきはわが両親たちよ。
 窓をあけ、むしむしする部屋の気配を開け放つ。きしきひききとヒグラシの声。この季節らしい、金柑の花のあまい香りとともに昼の名残を濃密に含んだ夜気が室内に流れこんでくる。胸いっぱい吸いこんで、昂ぶった気持ちを沈めようと努力してみる。それでも鉛のように重苦しくわだかまる虚無感は一ミリグラムも減ろうとはしてくれない。ちっともといった知らん顔でわたしの真ん中にどでんと居座っている。いっそ自分のこころにも窓を備え、自由に開閉できたとしたらどれだけ清々することか。
 水温をてのひらで確認しながら注意ぶかくバスタブにすこし熱いめのお湯を張る。触れた指先から疲労感が炭酸水の泡のようにしゅわしゅわ溶けていく。これでも虚無感は消えない。消えやしない。コンタクトレンズを外し洗浄液にひたす。目頭が熱くにじみ、俯いた鼻の奥がツンとする。われながらぼやけた鏡面に映るひどい顔。こつりと洗面所の鏡に額を当てたはずみで嗚咽が零れる。分かっていた。限界なんてとっくにきていたのだ。ぐずぐずと泣きながら、玄関に置いたままのハンズの手提げ袋に目をやる。自分から目を背けても仕方ない。考えなくちゃいけないのは、遊瓦を自身から遠ざけたちっぽけなわたしに巣くう傲岸不遜な不正直さなのだから。ちゅうぶらりんな気持ちをいつまでも放っぽりだしておくわけにいかなかった。
 喉をくくっと引きつらせ、何度も何度もしゃっくり上げながら物々しく武装した包装を解いてゆく。一度堰を切った涙の源泉は枯れることを知らないみたいで、蛇口が壊れたみたいに自分でも呆れるほど次から次へと溢れて出てくる。保証書に説明書、チープな赤と青のダーツが各色三本ずつ。単三電池が一本。そしてテンガロンハットが似合いそうな観音開きに封されたダーツボード。包装を解くたびに新しい水滴がそれらの表面で弾けた。 遊瓦から誕生日に貰った、海にくじらが泳ぐリトグラフを壁掛けから取り外す。遊瓦と過去の自分も一緒くたにして決別の一歩を心に刻みこむのだ。空いたフックにダーツボードを取り付け電源をいれると、ダイオードがにぎやかに点滅を開始した。
 すっかりと赤く腫れぼってしまった目でダーツボードを見据える。
 今晩は完膚なきまでだ。まずはFMのボリュームをあげる。バスタブで泣くだけ泣いたあとジャージーに着替え、よく冷えたスミノフアイスを飲む。漂泊する昼間のわたしをありふれた日常に引き戻してやる儀式。それからわたしはダーツを投げる。百投でも二百投でも気が済むまでダーツを投げ続けてやる。棲み潜む曖昧さを。気持ちを認めなかった強情さを、勝手にこころを隠して勝手に泣いて、そんなあやふやでばかげたわたし自身を射ちぬくために。
 そしてまた明日、なんてことのない笑顔で遊瓦と顔を合わせられるように。

NEWVEL:
 


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2005.09.09

ココログ小説掲載数が300件

このたび《ココログで読める小説群》の小説リンクがめでたくも300件を突破しました<(_ _)>

2005年9月9日現在 ▽サイト数:36件 ▽小説件数:301件

前回の200件記事から7ヶ月ちょっとでの到達です。
今回追加した100件の小説群は、ずいぶんと連載形式の小説を蒐集していた感もあるので、実際の小説記事件数に直せばすでに400件突破してそうな勢い。とはいえ、連載小説も表題で1カウントはお約束なので(´ヘ`;)

気軽に記事を書き込めるブログの存在は言うまでもなく、ネットノベルを蒐集した書籍が発売されるなど、読み手にとっても、また小説を公開する書き手側にとっても、インターネットにおける小説の間口が格段に広がったように感じるし、300件の到達は情報を発信する側の人間として、とても勇気付けられる数字でもあります。

さて、小説件数が300件にもなると大抵のジャンルはあるんではなかろうか。
今回、恋愛小説が大幅に増え、その他にもこれまでなかった推理小説にサスペンス小説、源氏物語のアレンジや空想歴史小説、童話やおとぎ話から果ては本格クトゥルー小説(これが個人的には集めてて嬉しい)まで、読み手に選択肢を強制しないバリエーションが並んだと思います。
中でも一番の収穫は、ココログ同士の小説がリンクしあった企画小説が生まれたことでしょうか。登場人物を創作し合い、互いに競作しトラックバックを交わす。こういった小説はブログ特有の産物なのでしょう。
甲斐自身も機会があれば企画小説に取り組んでみたいものです。

企画小説の参考リンク
ささやかに言葉連ねた物語さん:詞(過去)
るるが株式会社さん:花園の芥子

これだけの種類を揃えることが出来たのは、ひとえに小説リンクに対して快諾してくださったココログ作家の皆さんがいてこそだし、また皆さんの創作に傾ける情熱が結晶化した賜物であります。
自分でも小説を書き、また蒐集している身としてひたすら頭が下がる思いです。ありがとう。
……
…………
300件目は華麗に自分の小説で決めようと思ってたのだけど駄目だったの巻。・゚・(ノд`)・゚・。


《ミナソコノ住人》では随時、リンクを張っていただけるココログ小説サイトを募集しています。
今までサイトリンクを張らせてくださってる方々はもちろんのこと、自薦、他薦を問わずにコメントやトラバしていただければ、すぐさま登録作業に勤しみたいと思います。
なお、日々の更新履歴はミナソコノ住人BBSに記載してありますので、ご参照ください。

4899771045ネットノベル・パーフェクトガイド
三浦 一則 メディアスタジオオッドジョブ

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2005.08.27

小説文章レベルをチェック。

破天荒な文章もそれはそれで面白いけど、キチッとした決まりごとができている文章は読みやすいもの。
てことで、小説書き心得の段に引き続き、小説講座さんの夏休み企画を元に文章チェックしてみました。
記事元は→初心者向け、文章レベルのチェック方法

小説講座の芝崎さまいわく、「超初心者レベル」とのこと(どきどき)

1 まずは、一度、印刷してみよう(ワープロ(パソコン)の場合)

縦書きと横書きでは印象が違うこととか改行の効能は、以前にもミナソコで記事にしたけど、印刷してみると改めて漢字と改行のバランスがよく分かる。
改行が少ない文章を縦書き表示にすると押し寿司のような見ためになっちゃうし、目に凶悪。
漢字が多いのもけっこう大変。横書きで気にならない文であっても、縦に印字した途端、読み手がヒク文体に見えまくりなのです(経験済み)。
2 重なり言葉、同じ言葉の繰り返しがないか、をチェック!

何度も同じ言葉を使う……口癖を連発したり……じゃないか。危険が危ないとか? これは自覚症状ないです。
確かに違和感はあるだろうし、チェックチェック(重なり言葉)。
3 接続詞を多く使っていないか、をチェック!

とりあえず書きかけの小説でカウントしてみる。特に多いってわけじゃないんだけど、逆接がすきなのか、「けれど」をなぜか多用していた。意味は「しかし」と一緒なのに、こちらはあんまし見かけない気が。なんでやろか……。
接続詞の多用は文章を無駄に冗長させるし、削れるところはバシバシ削りませう。
4 形容詞を多用していないか、をチェック!

原稿用紙9枚相当の文章で形容詞が2つしかないというのは、褒められたことなんやろか。確かに形容詞は置き換えが聞く言葉だけに、修飾語の多用がかえってどう作用するのかは心配ではある。ぬぬ
5 「その」や「それらの」など、指示語(こそあど)をたくさん使ってないか、をチェック!

こそあど言葉。「連体詞」ではあんまりたくさん使っては。でも「形容動詞」の「そんな」「こんな」はよく見かけ……これって指示代名詞の一種?? 上記2の、「重ね言葉や同じ言葉を用いない」を実践したら自然と指示語の数は増えてしまうような気がしないでもない。要は兼ね合いなんだろうけど。
6 語尾が単調になってないか、をチェック!

過去形にこだわらず、現在形を混ぜてみては? とある。会話文の「……と言った」も省けると。
これは大いに納得するところです。「だった」「である」って語尾だけじゃ寂しすぎるし、やたらと硬い語感でもあるし。というより、語尾って色々工夫できるところですよね。腕の見せ所というか。
7 読点「、」もうまく使っているか、をチェック!

ホントは2,3行で区切っていったほうが読みやすいんだろうけど、1パラグラフで一つの行動や場面を織り込んでしまおうとする甲斐にとって「、」はとても重宝しまくりなのだ。でも1センテンスでせいぜい3こが限界かなぁ。「、」よりは「。」を区切りに短い文章を接いでいく形もうまく用いれば効果になる(と思っている)。
8 主語が何度も繰り返されてないか、をチェック!

主語。一人称で「わたし」しか登場しない話であるのになぜか何度も繰り返し「わたし」が出てきてしまうのなんでやねん……。
確かに気になってはいるのだけど、省いたって意味は通じると分かっていても、入れないとなんだか文章がしっくり来ないときってありません? てーか精進しますorz
9 慣用表現を使ってないか、をチェック!

小説講座では、慣用句の安易な使用より、自分なりの比喩表現を推奨。小説ってのは表現の発露なんだから、自分なりの表現で言葉をつむぐのが一番だって分かるのだけど、慣用句って、「言いえて妙」なところがあってつい使っちゃう。最近使った慣用句は「青天の霹靂」かな。置き換えられるか考えてみようっと。
10 文章の表記を統一しているか、をチェック!

これは「ctrl+f」キーで解消ー。どれを漢字に、どれをひらがなにするか。
パソコンで打ってるとついつい漢字変換してしまって、気付けば漢字だらけってことも。川上弘美さんや江國香織さんの影響で、通常漢字で表記する言葉をあえてひらがな表記にしたりして。これは小説の効果にもなると思う。「あまい」や「こころ」「よそおい」とかとか。変換ミスは十分に注意。同じ言葉でも前半がひらがな、後半が漢字だったりしたらチグハグになっちゃうしね。

おまけ。
小説講座にもありますが、ココログ小説を読んでいて結構気になってるのが「……」の使い方。
「・・・」と「・」を用いるのではなく、「……」と三点リードを2回重ねて使うのが本来。
あと、「?」「!」のあとに文章を続ける際には1マスあけませう。


この記事は小説講座さんの初心者向け、文章レベルのチェック方法にTBしています。

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2005.07.22

小説書き心得の段

ここ数日、フォースの暗黒面に堕ちてる甲斐です(;´ρ`) グッタリ

最近はようやっと、ほったらかしにしていた小説にボチボチ手をつけてるところ。
数ヶ月、数年のスパンで同じ小説を書きあぐねていると、最初は主観だった視線が、客観的に変わってきたりしてなかなか妙な気分(てかモロに内容忘れているだけとも言う)。
そんな今回は、小説を書いている人にとって、嬉しくも厳しい客観的な視線を送られている方の記事を引用しつつ、自分の小説スタイルを検証してみたいと思います。

まずは記事元。↓
楽しい小説講座さん
社会人向けの「小説講座」や「文章講座」を運営する「創作サポートセンター」のスタッフの方が運営しているココログで、引用記事は↓
私からあなたへ、小説提出のお願いっ
記事には、小説講座の修了課題について、生徒さんに対しての希望(読み手側のですね)と忠告(講師としての視線でしょうか)いったものが11か条に渡り記されてあります。
これは小説公募に応募する際にも有効であると思うし、ココログ小説を書かれている皆さん、11か条に自分のスタイルを照らし合わせてみるのも面白いんじゃないかと。
とりあえず甲斐が逝ってみませう(違っ)

1.ノンブル(ページ数)、作者名は、必ず書いてくれ〜
作者名。1条目はなんか学校の試験を思い出す感じですが、やっぱ投稿の際には基本にして最重要なんだと思います。ちなみに甲斐は最後にコピーライトつけるようにしてます。念のため。 ページ数……友人に「どれくらいの量書いたん?」と聞かれ「スペース含めて~字書いた」って字数で応える甲斐は間違ってんでしょうか;;
2.枚数オーバーしないで〜
枚数……。あ、そっか公募だと枚数制限あるんだ。オーバーじゃ入選はあかんのだろうなぁ。基本的に短篇書きなので枚数を気にするほど書いたことがないので実感としてない。ショートショートの公募に400字詰め10枚とかってのが駄目なのはなんとなく理解。
3.登場人物をやたら多くしないでくれ〜
一度、「必要以上に人数増やさないで~」と言われてみたいデス。人間の書き分けがメンドイのではなく、気がつけば2,3人の登場人物でプロットを組んでしまう(これをモノグサというのかしら)。バトルロワイヤルみたいな小説、甲斐には無理ぽ……。・゚・(ノд`)・゚・。
4.誰が誰か、わかるように書いてくれ〜 『最初に「姓」があって(たとえば「渡辺…」)、そのあといきなり「名」(真紀…)が出てきても、読んでいる人は、あいにく同一人物かどうかわからんのです。そりゃ、作者は、渡辺真紀、というフルネームを知っているかもしれませんが、こっちにはわからないので、「え、誰、これ?」ってことになる』
あはははは。でも笑い事じゃないですね;; 主観で見る限り、今までこういった事態に陥ったことってない(気がする)。作者は分かっていても、それが実際読み手に伝わらないと仕方がない。甲斐は説明臭くなるのを承知でフルネームを出す際には序盤で姓名を紹介してしまいます。
5.余計なシーン、エピソードをやたらと入れないで〜 『ストーリーにあまり関係のないエピソードをやたらとたくさん入れないで。ホンマ、何やってんだか、訳わからんようになる』
関係ないエピソード。短篇はプロット一発勝負なところがあるから、余計なエピソードって加える余地がない気もします。……うーん場面が思い浮かばないとです。プロットに直接触れないさりげのない日常場面などは話を膨らませる意味合いでもアリじゃないかって思うけれど。どうかな~
6.何を書きたいのか、自分でもわからない文章をいっぱい入れないで〜
確信的に、読みづらい文体や言い回しを用いることは多々あります。「雨と檸檬」読んでくださった方なら一杯辟易したかと思います。いえ、もちろん書いてる本人は理解してますよ。遠まわしに過ぎる隠喩とか(´∀`*)ウフフ あ、でも推敲は心がけてます。自分の文章は好きなのでちっとも苦にならへんしね~(水仙にでもなってろ!)
7.やっぱ、できるだけ、視点人物は一人にして〜
場面展開は多いけど、視点変換はそんなにしてません。てか、人数少なすぎて出来ません 。・゚・(ノ∀`)・゚・。
8.一つの主語に、動作や修飾語を何回もかぶせるのはやめて〜
これ自覚症状あり。駄目やな~。でもラヴクラフトの陰険なまでのクドイ形容詞回しにうっとりしている口なので、なんとも……ってラヴクラフト、悪文で有名やん(泣)
9.もう少し面白いアイデアを見つけてくれ〜
アイデアを出し惜しみすることはありません。アイデア枯渇の時ってそもそも書かないし。でも職業小説家の方達って、ここをどうにかして絞りだすんですよね。スゲー
10.推敲してくれ〜
だからナルシスの水仙に(ry) そういえば、ネットノベルパーフェクトガイドに掲載されているミナソコノ住人の紹介記事に誤字を見つけてエライ凹んだ記憶があります(引きずりちう)
11.ちゃんと読めるように印字してくれ〜
公募したり紙媒体で誰かに読ませることは最近ないので、印刷はしてません。たま~に自己満足で印字してニコニコしてるときはあるけれど。あと、モニタで読むのと紙で読むのとでは不思議と小説の印象が変わって色々勉強にはなります。

と駆け足で人柱になってみたわけですが、心当たりなにかあったでしょうか。
これを機に皆さんもチェックレッツトライv


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2005.07.11

「ココログで読める小説群」リニューアル

ココログには小説賞への投稿をされている方、雑誌デビューされた方、お題に沿って作品を書き続けられている方、私小説を公開されている方、自費出版を考えておられる方々など、種々多彩な方々が存在されており、
ミナソコノ住人では甲斐のやる気しだいに応じ、そういったサイトさんとリンクを通じることにより、ココログで読むことのできる創作小説を蒐集、紹介などしています。

さて、これまでは【短編】【長編】【その他】の分類別で紹介していたのですが、昨今では短編、長編にこだわらず、双方ともに掲載されるサイトさんが増えてきました。もちろん、ショート・ショートや、長編小説一本木な方々もおられますけど(ステキです)。
サイトさんの並べ順も、登録次第といった形でバラバラに無秩序にカオス的な様相を呈してきており、このままでは維持が困難になると判断し、このたびのリニューアルに踏み切った次第。

……とゆーか、甲斐が編集しづらくなってきただけだったりして。・゚・(ノд`)・゚・。

というわけで、これまでの形から、【あ~ら行】までの一行ずつを引用でまとめた序列形式に置き換えました。多少は小説データベースっぽく検索しやすくなると思います(気がするだけかも……)。
またこうすれば、いいのではと言ったご意見などありましたらコメントください。
それでは、どうぞこれからもご活用、ご利用くださいませ。

ココログで読める小説群


■追記: ココログ小説のデータベース化に協力してくださる方、大歓迎です。自薦・他薦OKなので、ココログで公開されている小説を紹介していただけると幸いです。創作、二次創作は問いません。
『こんなの見つけたよ!』『新作書いてみました!』とコメントやトラックバック、BBS等にて気軽に宜しくお願いしますm(__)m


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2005.07.06

短編小説:雨と檸檬

 ああ、もし自分自身の『ゼーレ(魂)』の存在を定義する事ができるのなら、或いは僕はその魂の右手を長く、それこそ長く伸ばし、死の顎(往々にしてそういう表現は場合によって適切であった)に囚われようとしていた彼女の襟首を掴みとって二三回彼女の頬をひっぱたき、元の、今ではすっかり人としてのぬくもりを失ってしまっている彼女の身体に無理やりにでも押し込んだことだろう。そして僕はこう彼女にいうのだ。『身体をおいて何処に行くんだ、君はどこにも行かなくて良いんだ』と。しかしいまの僕は医者でもなかったし、神学論者でも唯心論者でもなく、ただ一介の学生に過ぎなかった。語ったことはもちろん実現するはずもなく、そんなことは机上の空論にすらならなかった。
 実際の高奈津さんは柩に小さく収まっていた。いくら頬に朱を差そうとも指先に触れる死の冷たさまでは隠し様がない。棺の中の肉体は彼女の抜け殻にしか過ぎず、今では彼女の存在を構成していた部位の一つに過ぎなくなっていた。
 それまで僕は死の概念とは生の延長線上の最終点だと思っていた。いつかは人は死ぬものだと。しかし、今回のことで、死とは生の終わりではなく、生の中に内包されているものだということに気付いた。死とは唐突に訪れるものなのだ。それも寿命だとか運命だとかそんな言葉で説明されたくはない。そんなものは牛や羊にでも食わせておけばいい。死とは非日常性の問題であり、日常とは向こうが透けて見えそうなぐらい薄く、あまりにも脆いヴェール一枚で非日常と隔てられている、そんな危うい存在であるのだ。考えたことはあるか? 人が肺炎なんかで死ぬなんて。

 その電話が鳴ったとき、僕はドイツ語の動詞変化表を眺めながら暗記作業を行っていた。窓の外では大気が飽和の限界まで水分を含んでいたしそのことは僕にそう遠くない時期に雨が降ることを予感させていた。彼女流にいえば曰く『オゾンの匂いが地面から沸き立っている』ということになる。暗記作業をするとき、僕はいつも耳障りにならない程度に音楽をかけていた。ワーグナーであるとか、ドヴォルザークであるとか。そしてその時はカラヤンの指揮による『惑星』がCDプレイヤーのアンプから流れていた。ホルストは占星術を学んだ結果この組曲を着想したという。それにあやかるわけでは決してなかったがなんらかのインスピレーションを得ようと動詞を暗唱しながら僕はじっくりと耳を傾ける。
 薄暗い窓の外を地響きのような唸り声が響いた。あれは雷の音だ。春の終わりを告げる梅雨の尖兵はもうそこまで来ている。
 雷鳴と電話の呼び出し音が重なり合って部屋に満ちていく。
 正確に十回目のコールで僕は受話器をとった。
「高奈津さんが死んだよ」その電話に『もしもし』も『久しぶり』もなかった。既に相手が誰かを認識した上での切り出し方だった。そのことは電話の向こう側にいる中学の時の同級生の姿を思い浮かばせた。
 僕は黙り込んでしまっていた。向こうが怪訝そうに呼びかけてきていたが、彼の声はまるで現実性を帯びていない波打ち際のクラゲみたいにさ迷っていた。
 しばしの沈黙。
「……誰がどうしたって?」まだ僕は話の糸口が掴めていなかった。いや、分かっていたが理解したくなかっただけなのかもしれない。
 受話器の向こうで幼稚園児にひらがなを教える様にゆっくりと彼は事実を述べた。「死んだんだよ、高奈津詩帆が。肺炎で」
「そう」その時の僕の返答はごく呆気なかった。むこうでも何らかのリアクションが返ってくるものと思っていたのだろう。何故なら彼は僕が高奈津さんのことを好きだということを知っていたのだから。
 言葉とは裏腹に僕はそれこそ酷く混乱していた。結果として思考に能力を奪われ、結果として不用意な言葉が口を突いて出ただけだ。
「葬式出るだろう?」そんな僕の混乱を察したのか必要最小限の言葉しか彼は発しなかった。そう、慰めなんて陳腐なだけ。ただ、僕は考える時間が欲しかった。
「……出るよ」日にちと時間だけを確認し、返事も待たず僕は受話器を切った。
 後で思い出してみても、その知らせを聞いたとき僕の中にあったのは不思議と悲しみの感情ではなかった。それは深い喪失感だった。もう彼女に触れることが無いのだという、そしてそのことは僕の歩む今後の人生の中に決してこれから先、登場することが無いことを意味していた。彼女が死んだという事実はそのまま脳の記憶中枢にたどり着かなかった。あるいはこのとき胸の中の空漠……、必ずしも悲しみと喪失感とは同義とはいえないけど、もしイコールとするならば今ごろ喪失感に押しつぶされ、遥か彼方に僕の精神は流されていたことだろう。一片の涙さえ浮かぶ事は無かったのに。ただ、もう彼女は何処にもいないのだ。その存在は、胸の中の空漠は恐らくもう元には戻るまい。毀れた水が元には戻らないように。過ぎ去った時間を巻き戻す事は誰にも出来ない。
 この場合、『存在』と『死』は同義であった。すなわち柩の中の高奈津さんと、外の僕を隔てている硝子の小窓とはたった一枚の薄い板であり、鍵というものがなくてもその向こうには行ける。もっともそれはガラスを割る事を前提とした答えであり、そうするためには道具を使うなり、素手で叩き割るなりしなくてはならない。そうすれば僕に限らず誰だって、『死』というものには限りなく近づけるだろう。しかし、それは実際には困難であり難しい。もちろん自分だって傷つくし(この場合、この例えは正確な意味合いでのメタファーではない。なぜなら事象を単一的に考えたとしても、やはり人は自らを傷つけること以外に死に直接触れる手段がないと思われるから)例え、向こう側に飛び込んだとして生と死を隔てていた硝子板は復元される事はないからだ。
 硝子板を割り、飛び込むか。飛び込まないのか。それとも人はこういうだろう。『最初に硝子の小窓を覗かなければいい。ただそれだけのことだ』と。そうすれば悩まなくてもよいのだから。
 もう定義付けはやめよう。不正確なメタファーは得てしてその本質を見失いがちになる。そして、高奈津さんの『死』のリアリティーを失う事は僕にはおよそ考えつかないものだった。

 僕はカッターシャツの上に薄手のジャケット一枚を羽織ると大学に向けて歩き出した。一昨日の通夜、昨日の葬儀といまだ心の整理は固片付かず、混沌としたままでいた。僕はいつも何かしら考え事をするとき図書館へ行く。古今東西の書物に囲まれていると不思議に心が落ち着き物事に集中できるのだ。もしかすれば図書館自体よりも図書館へ行くという過程、スタンスのほうがより重要であったのかもしれない。
 神樂坂の旧い町並みを通りぬけ(土地の名の通り、この辺りは手厳しい坂も含め、なんと坂の多い事か)、屋敷森公園を横手に眺めながらどんどんと駅の反対側方向へ歩いていく。梅雨の時期に傘を持ち出すことを失念していたが、たまには雨に濡れるのもいいかもしれない。そうこうしているうち目的の白亜の校舎が目に入ってくる。二十分ほど歩いただろうか。遠雷が耳をかすめるが雨は未だ降っていない。代わりに空気中の水分が湿気となり、汗と混じりあってシャツを重くさせた。
 図書館を目に留めながらも取り止めの無い事が泡のように浮かんでは消えていく。歩く行為は僕を限りなく単一の思想へと向かわせてゆくのだ。
 今しがた家を出る前の事だ。ポストを覗くと夕刊と共に一通の返信葉書きが届いていた。それはクラス会の知らせであったが、僕は見ずにゴミ箱に放りこんだ。高奈津さんのいないクラス会にどんな意味があるというのだ? 彼女が死んですぐにクラス会をやろうとする幹事の感性が理解できなかった。いったい誰なのだ、僕は思いなおし葉書きを拾い上げた。そして送り主の名を見て全て分かった。
 送り主はいわゆる何処にも一人はいるだろうクラスの人気者で、一生友達に不自由する事のないような女の子だった。顔も奇麗で話題も豊富だったが、その中に僕にとって何一つ内容のあるものはなかった。それに比べ高奈津さんはいわゆる目立つ女の子ではなくて、顔もずば抜けて奇麗とは言えなかった。(それは成長期の過渡に当たる時期だったからかもしれない。女の子とは気付かないうちに奇麗になるものだから)。そして友達と呼べる子も少なかった。彼女はもくもくと休み時間に小説を書いているような女の子だったから。だから送り主である女の子は悪意はなく、しかし高奈津さんのことを歯牙にも掛けていなかったのだろう。そういえば葬儀にもその顔は見当たらなかった事を思い出した。
 発作的に僕は、その葉書きを縦に裂き、横に破り、細切れになるまでその行為を続けた。詮無いことなのだが、ただ僕はそうせずにはおられなかっただけだ。

 のんびりと歩きすぎただろうか。辿り着く頃には電話があった日と同じ、見上げた空の色はまったくの曇天で、それを受けて目的の白亜の建物は濃紺色に染まっている。
 カウンターを抜け迷うことなく文学の棚へと足を向ける。幾人かの見知った顔に会釈を交わしながら棚につくころにはかすかに効いている空調のおかげで汗は幾分ひいていた。
 気の向くまま本棚に手を伸ばす。芥川、幸田達に混じって江戸川乱歩全集が置いてあったりするのは非常に喜ばしい。昭和四十年頃には衰退の一途を辿りつつあったといえど、市井を語るには欠かせない。貸し文庫屋などによって大衆に広く読まれたということは、時代の証人が乱歩を正当な文学より文学たりえた存在であると評価していた証しであるのだ。その点で僕の友人の言葉を借りて言うならばここの管理責任者は『分かっている』ということになる。
「四之宮クンじゃない?」
 振り向くといつのまにか隣りに女の子が立っていた。僕は声を掛けられるまで存在に気付きすらしなかった。思考にはまると中々抜け出せないのは僕も高奈津さんと一緒だった。
「……えっと」
 君は誰だったか、そう続くはずだが声が出なかった。ある種の既視感がよぎったためだ。しかしそれも長くは続かない。なんのことはない。隣りの彼女が僕を忘我の淵から掬い上げただけだ。
「四之宮クンでしょ、国文の三列目」
 国文で三列目で僕が関係しているとすれば一つしか浮かばない。『日本近現代の国文学と思想』という長ったらしい名の講義だけだ。毎回小レポートを課す教授のおかげでいつも講堂はいっぱいかと思いきや、この時期で既に学生の大半が単位の放棄を決め込んでいる。そして僕は貴重な受講者の一人だった。
「いつか話してみようと思ってたんだけど、機会なくて」と彼女は続けた。
 彼女はデニムとシャツの上からモスグリーンのヨットパーカーを羽織り、肘まで袖を折って本棚に持たれかかるように立っていた。無造作に伸びているかの髪の毛はけしてボサボサというわけではなく肩越しから背中に流れている。
 わたしの事あまり気にしなくていいよ、と彼女は僕の心を先読みするかのように言った。
「惚れた?」よほど僕は彼女の顔を見つめるか何かしていたのだろう。慌てて首を振った。
「とんでもない、あまりに急に話し掛けてくるから正直混乱してた」
 ふふんと彼女は笑った。
「キミは初顔見せかもしれないけどわたしはそうじゃないんだよ」
「それでキミは?」ああ、まだ名前を聞いていなかったと思った。
「それって室生犀星の詩集だよね。詩も読むんだ」
 彼女は僕の手を指差しながら微笑んだ。何だか感じのいい笑顔だ。右頬にだけ笑窪が浮かぶ。手にしていたのは『或る少女の死まで』という短編小説であって彼女の問いかけは決して正しくはなかったが、無論のこと室生犀星が詩人として大成していた事は周知の事実であったからあえて訂正をするような野暮なことはしない。僕は話をはぐらかされた気がしたのだが、電話があってからずっと鬱屈していた心のたがが少しだけ緩まった気がし、こう思った。彼女が誰だっていいじゃないかと。そして気分が和らいでいる自分をみて僕が話し相手に飢えていた事に気付いた。
「あ、新世界」
 かすかなヴォリュームでドヴォルザークの『新世界より』が流れている。時計を見ると四時前を差していた。この曲はいつも脳裏に鮮やかな夕暮れを浮かべさせてくれる。
「三時は廻っちゃったけど珈琲でも飲もうか」彼女は僕のほうを向くでもなく言った。耳のほうは柔らかなメロディにすっかりと囚われているようだ。
 少し感傷気味になっていたのかもしれない。ただ人と話すれば楽になれるかと思っただけかもしれない。僕は黙ってうなずいた。

 誰にでもお気に入りのお店はあるもので、彼女を連れてきたこの店もそんな一つだった。
 時代を感じさせるランプシェードがひさしから突き出て、そこに連なる様に杉板に浮かびあがった焼き鏝の屋号は『RAMPO亭』とある。軒先にはポーの「アモンチリャドーの樽」にちなんでいるのだろう、ワイン樽に季節の花が生けられ、見るものの目を楽しませる。
 なんかいいお店、と呟く彼女を先に入らせる。一見さんにはちょっとした仕掛けがあるのだ。案の定、小さな悲鳴が彼女の口から漏れ出た。
 
――全裸の女性が荒縄で天井から吊り下げられ、男に刀で切り上げられている。女は凄惨な表情を浮かべ、首筋や乳房からは鮮血の雫が滴り地面に染みを作っていた――

「……これって」さすがに絶句している。
「『新田新助作「裸女つるし斬りの図」』それのシルクスクリーンだよと、それを補足する様に奥から声が聞こえる。
「こんにちわマスター」カウンター奥ではこの店のマスターが彼女を見てにやりとした。まるでいたずらが成功した子供みたいな表情をしている。
「やあ、いらっしゃい。彼女かい?」
 僕は曖昧な表情で返すと冷珈琲を二つ頼む。そして彼女を窓際の席へと案内する。目が慣れたのか彼女はゆっくりと店内を見回し、げんなりとした表情を浮かべた。壁のあちこちに先ほどと同じようなシルクスクリーンが掛かっている。が、全てが血塗れというわけではなく、注意深く観察すれば乱歩の作品に関したものである事がわかる。黄金仮面に怪人二十面相、黒蜥蜴に人間豹……。
「『ドグラ・マグラ』の表紙みたい」彼女はそう評した。

「人生が理不尽だって思ったことある?」
 口をついて出た言葉は自分でも意外だった。あまり初対面の人間とするような会話じゃないと思う。しかし彼女は笑いもせず僕のほうを見ている。仕方なく僕は続けた。「じゃあ、身近な人間が唐突に死んでしまったことは?」
「それは彼女?」その問いかけは彼女自身の回答ではなくて僕に肯定を与えるための断言であった。訊ねているわけではない、確認をとっているような。
「どうだろう。やっぱり年月というのは人を多からず少なからず侵食するものだってことが分かったってことぐらい。回答になってない?」
 彼女はフムと形の良いあごに手を当てた。「つまり長年の付き合いで『好き』という感情が磨耗したということかな」
「いや、そうじゃない。中学を卒業してから一度も再会してないんだ。僕等は。あの頃と今はもちろん違うし、もし彼女が生きていたら僕等二人にとってそういう選択、つまり恋人とかという選び様は在ったかもしれない。当然その逆もしかり。でも何を言っても今となっては空論だ。回答が彼女の口から聞ける機会は永久に失われたのだから」
 人生は有限だ。限定された可能性の中から取捨選択し、進んでいくものなのだ。そのことはまた、生得的なものや誰かに聞くようなことじゃなくて経験的に学び取っていくものなのだ。誰の所為でもない。どちらかが手を離したのではなく、僕は高奈津さんと違えた道をいき、今になってその結果と向き合っている。そうして初めて気付くこともある。
「幽霊出てくるかも」彼女の言い様はあまりに無邪気で僕は少しむっとした。
「何ならお目に掛かりたいね。生まれてこの方、金縛りも無いんだ」
「目の前にいるかもよ」彼女はコルク地のサボのかかとをカラカラと鳴らし、そして僕の表情を見てハッとしたように舌を出した。「冗談」
「気に障ったんなら謝る。ゴメン」申し訳無いように頭を掻いたが悪戯っぽい目の輝きは変わっていない。
「……何だか」
「……ん?」
 似ている? 僕はふるふると首を振った。いや、そんな事はない。回るように表情が変わる彼女と高奈津さんとに接点などないはずなのに。しかしその時僕の脳裏に浮かんだのは確かに柩の中の彼女の顔だった。
「……彼女のこと話してよ」そんな僕の心情を知っているかのように彼女は僕を促し、それに僕は黙って頷いた。
「高奈津さんは一人で出来る事が好きだったんだ。マラソンとか、水泳とかね。二人でするような、例えばテニスとかそういうのはあまりやらなかった。勝ち負けがあるのは苦手だって。そしてチームプレイのような複数ではなく一人でなにも気にすることなくもくもくと打ち込むのが好きだって言ってた」
「読書とか?」
「もちろん。もっとも中学の頃の高奈津さんは読むだけじゃなくて自分でノートに小説なんかも書いていた。見せてって言ってもなかなか首を縦に振ってくれなかったのを覚えている」
 似ている。似ている。僕は或ることに気付いた。時折見せる彼女の悪戯っぽい目と、高奈津さんが小説について何かを話すときの目がまるで一緒なのだ。覗き込むように心の奥まで全てを見透かす様な。時として物怖じさえ感じてしまうようなその瞳が僕は嫌いではなかった。
「じゃあ、セックスも嫌いなのかな。だって一人じゃ出来ないでしょ」
 不意打ちだ。僕はあやうくテーブルの上の珈琲を肘にぶつけて零すところだった。
「……あのねえ、少なくとも僕の知っている限りじゃ初対面の相手にそんな質問されるのは始めてだよ」
彼女は取り澄ました風もなく、「さっきも言ったけど初対面ってわけじゃないよ、キミが初対面だって言い張るなら別にそれでもいいけど」と言った。
「それに簡単よ、セックスの話することなんて。わけないわ」彼女は耳たぶを親指と人差し指でつまみながらこっちをみた。話を続けなさいといっているようだ。『セックスの話することなんて、わけないわ』僕は小さく息をついた。では高奈津さんに告白するという行為ですら困難であった僕はどうなるのだ。
「彼女がその行為を好きだったかということは知らない。中学生の彼女までしか知らないんだ。少なくとも僕とは寝てないよ。ああ、つまりベッドを共にしたことは」
「じゃあ、あなたは彼女と寝たかったの?」
「そんなこと考えた事無かった」まったくその通りだった。高校を挟んで大学生になって高奈津さんとああいう形で再開するなんて想像すらしていなかった。彼女は取り止めのない妄想の中の性の対象にはなっていなかった。中学のときは違ったけれども。僕に限らず男子中学生の考えることは大体において同じだろう。例えいたにせよ、少なくとも僕は、女の子のことではなく関数計算の数式でマスターベーションした人間の話を聞いたことがない。
「わからない。こういう答えを君が求めているかどうかはわからないけど、その時そういう状況になってみなければ」
「じゃあ考えなさい。わたしとでもあなたはそういう状況になってみて良かったらわたしと寝るの?」
 どうも彼女の質問は直接的で返答に困る事ばかりだったが不思議と厭な感じはしなかった。
「たぶん……きっと」
「きっと?」彼女の声は荒野を行く禿ワシのように興味に満ち溢れている。
「寝ないと思うよ」
「どうして」
「だって、僕は君の事をよく知らないし、第一さっき出会ったばっかりだし、好きだとか嫌いだとかという感情がうまく働かないんだ」
「ふうん、あなたはつまり何事にも公正であろうとするわけね」
 そんな風に割り切るような問題ではないのだ。少なくとも人を好きか嫌いか判断するのに公正であるとか不公正であるとかではなく、そういう事象は総体的には理不尽な行為であると思うのだ。ゆえに唐突に人を好きになったりする。そういう気持ちは自分ではどうしようもない。
「……でもそういうのって良いな」彼女は僕に小さく頷いてみせた。「本音が聞けてよかった」「本音ってどういうこと?」
「もっと、彼女の話をしてよ」問いには応えず彼女が僕をうながす。店の中には耳障りでない程度にバッハの『トッカータとフーガニ短調』が流れている。喫茶店にフーガはミスマッチだと思ったが、そもそも喫茶店の中でかかっている曲に人はあまり注意は引かないものだ。それにあのあまりにも有名な、オルガンによる冒頭の旋律は江戸川乱歩の名を冠したこの店には相応しいのかもしれない。
 僕は促されるままゆっくりと記憶のねじを巻いていった。「彼女は中学の時は競泳用の水着がよく似合っていた」
「競泳用の水着」
「うん、普通、学校の授業内に行われる水泳っていうのはたいていは学校指定の水着を着るもんだと思うけど。彼女は水泳部に入っていて、それでね。競技会とかに出ると周りは皆水着を持っているんだ。学校指定じゃなく、自分のを。だから、学校の部費を使ってそれぞれの水着を買ったんだ」
「どんなだったの」
「紺色の生地だったけど、アクセントとして胸元に鮮やかなコバルトブルーのストライプが入っているんだ。他の女子部員も同じ柄で色違いの水着を着てたけど、彼女が一番しっくりとしていた。まるで彼女用にあつらえたみたいに。だからよく覚えている」
 もう一つ彼女について思い出した。ある種のエピソードはしばしば思い出としてではなく独立した単語、事象として記憶の淵に残るものなのだ。自分でも可笑しいと思うのだが、笑顔であるとか、彼女と何を話したかという事がすぐには浮かんでこなかった。ただ僕の場合、彼女のことを思い浮かべたときに最初に浮かんだのが、例えば水着であるとか檸檬の木だっただけだ。「そして彼女は檸檬の木も似合っていた」
「檸檬の木って?」彼女が怪訝そうに訊ねた。まあそうだろう。大勢を考えるまでもなく、だいたいにおいてどんな服が似合うとか髪形がおしゃれだとかいうのは分かるが普通の人間はあまり檸檬の木に感銘を受ける事はないだろう。もっとも、そもそもが比喩であり本来の意味を指す訳ではない。あのときの彼女の表現が最高に素敵だったのだ。そのことは後の僕の嗜好を左右するほどのもので、考えてみれば彼女を感じられるようなものをただ無意識のうちに身につけていたかっただけかもしれないけれど。
「そう。檸檬の木。その果実畑には酸っぱい檸檬の代わりに銀色に輝く果実が生っているんだ。それは育てる人の人生により味わいが変わる、哲学の味がするんだよ」
 彼女は理解しかねると言った感じで小首を傾げている。親指と人差し指はいまだ耳たぶにあてがわれたままだ。もっとじらしても良かったのだけどそんな行為に何らかの意味を見出す事が出来なかったので僕は答えをそうそうに白状した。
「ほら、これのことだよ」そういって右手の薬指を彼女に突き出した。そこには一輪の指輪が嵌められている。
「指輪のことなの?」
「そう」僕はリングを指から引きぬきその内側を彼女に見せた。
「ここに、小さな木が彫ってあるのが分かると思うけど、レモンツリー。この指輪のブランドネームなんだ。つまり檸檬の木」
「彼女がそういうものに凝っていたとは知らなかったけど、中学卒業後に一度だけ偶然街で出会ったことがあるんだ。久しぶりに会った彼女の人差し指には銀の指輪が輝いていた。それは女の子が着けるような華奢なリングじゃなくてざっくりと大きくカットされた無骨なデザインの指輪だった。例えば西部劇に出てくるカウボーイ・ハットをかぶったならず者達がしていそうなね。見たこと無いけどきっと、彼女はそれも似合っただろう。そのとき『その指輪素敵だね』っていったら微笑みながらその由来を教えてくれたんだ。彼女の感性はそういう点ではすごく大人びていた。十五歳だった僕には毒なくらいだった。『香水なんかと同じよ。他人はシャネルの香水を振りかける。わたしは檸檬を身に纏っているのよ』って」
「素敵ね」彼女は遠くを見つめる様に僕の顔をみつめた。
「彼女のお姉さんが僕の事を知っていて形見分けにと葬儀の後、譲ってくれたんだ」
「そしてあなたはそれを薬指にしている」
「薬指に特別な意味は無いよ。人差し指にするには僕には小さすぎた。しっくりくるのがただ薬指だったってだけだよ」
「誤解しなくても。ただ聞いただけだから」彼女は溶けかけたアイス珈琲の氷をストローでかき混ぜ、僕が渡した指輪を彼女は指輪の具合を確かめる様に注意深く観察し、光にかざしたりしていた。耳に聞こえてくるのはベスト盤でもかけているのだろうか、曲はいつのまにかゴルトベルク変奏曲のアリアに移り変わっていた。チェンバロの音はあたかも秋の陽射しのように和かな調べを奏で、自然と夕闇の空気に織り込まれてゆく。
「あなたって独特のユーモアがあるわよね。普通の人は指輪に哲学を感じたりはしない」彼女はくすくすと笑った。
「別に感傷的になっているわけじゃないよ。ほんとにそう思うんだ。往々にして身に着ける人の人格が指輪には現れる。結婚指輪なんて絶対に嵌めたくない!て思う人もいれば不幸にして結婚指輪を嵌められない気の毒な男性だっている、両の指全部に指輪を嵌めて平気な人もいる。どの指に嵌めるかでもそうだ。女の人の左手薬指に指輪があったら変に勘ぐったりはしないかい?それと同じことなんだ。すなわち指輪には哲学が宿る」僕は大まじめに彼女にそう答えた。
「哲学といったけどあなたはただ嵌らないからといってどの指でも良かったみたいにいったわ」
「その通り、僕には何も無い。哲学と呼べるようなものは何一つとして持ち合わせてはいない。僕はただここにあるだけなんだ」
「エゴ・コギト」彼女は言い難そうに言葉を紡いだ。
「エゴ・コギト・スム」僕は後を継ぎ続けた。
 僕には彼女が何を言いたいのか分かった。
 我思う、我在り。デカルトの有名な言葉だ。今でも存在論史を語る上で外すことの出来ない重要語句の一つに挙げられる。そういえば高奈津さんも教室の陽だまりに机を寄せてはキルケゴールやハイデガーを読んでいた。そういう点では本当に早熟な女の子だったのだ。彼女が生きていれば哲学か心理学を学んだにきっと違いない。
「彼女は死んでしまったかもしれないけど少なくともあなたはここに存在している。そして彼女は見えないけど、あなたは見える。フォアハンデンハイト(目の前にある)」
「……有り難う」彼女は気休めではなく本当にそう思っていっているのだ。ほかにはなにも僕の口から言葉は飛び出てこなかった。そしてまたそうすることが目の前の彼女に対する礼儀なのだろうと思った。
「いいえ、どういたしまして」少し首を傾けそういった彼女の仕草がまるで彼女を思い起こさせて烈しく心を揺さぶられた。気付いたが時折見せる瞳と同じように彼女のさりげない一つ一つの動作が僕の中で高奈津さんを甦らせるのだ。そのことが、既に彼女はいないのだと改めて僕に事実を認識させ、辛くする。僕は高奈津さんを思い出の人なんかにしたくはなかった。今でも隣にいるのが当たり前だったはずなのだ。取り止めのない話をしながら喫茶店で珈琲を飲んでいるはずだったのだ。なのにもう彼女は此処には存在すらしていない。写真を見て追憶を懐かしがるだけなのだ。そしてその死すらいつかは希薄になり終には消えてしまうのだ。もう誰も彼女を思い出さない。そして自分の中からも彼女は薄れてゆくのだろうか……。
 何かが頬を伝った。そんなのは嫌だ。 気付かないうちにいつのまにか僕は涙を流していた。食い違っていた感情の歯車がやっと噛み合わさった様に。僕はその事自体には気付いていたが涙を拭うことなんて考えもつかなかった。
「……」
「……」
 どちらともなく口をつぐみ、二人の間を穏やかな沈黙がテーブルの上を舞い踊っていた。
 考えはまとまりを欠き、まるで風に吹かれて千切れ流れてゆく綿雲のようだった。僕は何かを言わなければと気ばかりが先をいった。彼女に何かを言わなければならない。しかしちょうど良い語句が思いつかなかった。まるで頭の中の国語辞典をそっくり引き抜かれたかのように。それでもゆっくりと何かが心の奥で紡がれやがてはその雫が口唇をついて出た。
「少なくとも僕は完成された人間ではなくて、その事で僕は周りが思う以上に遥かにずっと彼女を求め、そして彼女のことを誰よりも深く愛していた。不完全な僕を補完してくれる彼女を……」
「知ってるわ。誰よりもわたしはそのことを。だからもう忘れなさい」
「……!」
 その声には聞き覚えが有った。それはまさしく過去からの呼び声だった。手に入れようとしても今となってはその大部分が砂丘の砂の様に指の間から流れ落ちてしまったものなのだけど。僕はゆっくり顔を起こし、涙を拭い、彼女の顔をじっくりと見つめた。最初に会った時の顔はもう思い出せなくなっていた。その顔は既に高奈津さんそのものだった。左目の傍にある小さなほくろもぽってりとした下唇もなにもかも。そしてその顔は柩の彼女ではなく、僕等があのまま共に歩んでいればいずれ見ることが出来たであろう屈託の無い微笑みだった。
「わたしもあなたのことを愛していたのよ。あなたが考えるよりもずっと深く、そして長い間」
「……」もっと話したい事があるんだ。君との再会までに君が何処で何をしていたのか僕は何一つ知らないんだ。そして僕の事も聞いてもらいたい。それこそ三年分の月日を埋めるものなら何だって話したいんだ。ねえ、どうして死んでしまったんだ。柩の中の君はあんなにも奇麗だったのに!
 しかし僕は結局何も言えなかった。言いたい事が奔流の如く吹き出てきても提示されるのはちぐはぐな部品ばかり。それは何一つとして明確な像を結ぶことなく、ゆえに口唇をついて出ることはなかった。
「……さよなら、最後に会えて良かった」彼女は僕の頬を両の手のひらで包み込むと優しく口付けをした。それは触れ合うだけのついばむようなキスだったが、金縛りに会ったように僕はまったく動く事が出来ない。
 思えばそれは僕等の最後のスーベニア(記念日)だった。
 彼女は席を立つと立ちあがった僕の横をすり抜けドアから出ていった。彼女が高奈津さんかなんてもうどうでも良かった。しかしもしそうなら、いや、そうではなくとも話の続きをしたかった。今を逃せばもう彼女と会えない。そんな気がしたのだ。
 マスターに顎で会釈をすると彼は『わかった。行ってこい』と目で合図をくれた。僕が半瞬遅れでドアから飛び出すと既に彼女の姿は見当たらなかった。いつのまにかしとしとと雨が降っていた。傘も差さずに飛び出したまま、通りで立ち尽くす僕を行き交う人達が怪訝そうに眺めている。……眺めるなら眺めるがいい。お前達に僕の悲しみが分かると言うのか、僕にとって彼女がどんな存在だったか知っているのか。彼女の替わりは世界中の何処を探しても見つかりはしないのだ。彼女は切れた電球の様に付け替えのきく代替物なんかではなかったのだ。恐らく僕をこの先愛してくれる人は現れるだろう。その愛は僕の胸の空漠を満たすものではなく、唯一の癒しは、しかしもう彼女は手に入らない……。
 どれくらい立ち尽くしていたのだろう。現れたときと同じく彼女はまた唐突に消えてしまった。失意の念で僕達が座っていたシートに戻ってきたときに僕は在る事実を知り、そして悟った。彼女は指輪さえ持っていってしまったのだ。唯一僕と彼女を結び付けていた接点。そのことは彼女と言う存在をそれこそ永遠という時の中に完全に損なってしまったのだと気付かせるに十分な出来事だった。もしこうなると知っていたら彼女を離しはしなかったのに。しかし毀れた水が元には戻らない。過ぎ去った時間を巻き戻す事は、絵空事以上に誰にも出来ないのだ。
 哲学の味を示唆してくれる檸檬の木は損なわれ、後には氷の溶けきった珈琲のグラスが二つと空漠を抱く胸と中学生の時の幾つかの思い出があるだけだった。そしてそれらは走馬灯のようにぐるぐると降り注ぐ雨の中をいつまでも回りつづけ、最後に僕はこの恋が失われた十八歳の輪の中に取り込まれたと知る。独りで立ち上がろうにもどうしようもなく、降り止まぬ雨はその日中続いた。
 
 そして彼女を遺したまま、秋の終わりに僕は十九になる。

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2005.02.22

短編小説:聲が聞こえる

 僕はときおり、世界を巡る旅にでる。それは地球にかぎらない。
 灰色の石造都市、花崗岩都市、大理石都市、月の湿原、赤いアルデバランにキングスポート……。
 ラヴクラフトは夢で観た情景を小説に昇華するといい、つかの間僕も、夢の旅のご相伴にあずかるのだ。
「君のほかに誰が読むっていうの? もう……はいこれ」
 しぶる司書さんを口説き落として、ようやく入荷したラヴクラフト全集を片手に僕は教室を抜け出す。
 さて、誰にでも一つぐらいは特別な場所を持っている。と思う。憩いの場所であったり、思い出深い所とか、何かしら思いつくことだろう。
 花火を見上げた河川敷、人の集まる繁華街、夕焼けに染まる公園、放課後の教室……。
 僕にも秘密の読書空間がある。そこは第一校舎の、南側にある生徒たちの利用する通用門を横手に抜けたところにあった。
 少し奥まったところにフェンスが張ってあり、一部の金具が腐食してめくれ上がっている、その内側がちょうど中庭のようになっているのだ。
 その場所はほとんど誰にも知られていないらしい(と僕は勝手にそう思ってる)。めくれた場所が一見そうとは分からない。というのも校舎側と中庭を隔てているフェンス自体を姫葛が我が物の如く蔓をくせっ毛のように絡み、巻きつかせているせい。どうも旧校舎が元々あった場所みたいで、弟切草や待宵草などの、夏草のむせかえるような草いきれに包まれ、建物の基礎部分と木造の小さな体育用具室がそこには残っていた。
 
 白いサマーセーターは見慣れた先客の姿。気にせずにいつもの場所に陣取る。
 膝元にはウィンナードッグとツナ卵サンドイッチ、コーヒー牛乳パック。そしてラヴクラフト。
 日本人の美徳は察しと思いやり、そして適度な無関心だと僕はそう思っている。とはいえ、誰もがそういうわけではなく、僕の姿に気付くと先客は声をかけてきた。
「ねえここ見て」
 もう一人、この場所を知る女の子、仁衛さんが指さす。
 僕はそのとき体育用具室の壁にもたれて座っていた。教室じゃあ本を読むには騒々し過ぎるし、灼けたコンクリートの屋上で昼食だなんて思い浮かべただけでもゾッとする。この場所は風の吹き溜まりになっているらしく夏でも涼しい。まあ、だから来るとも言えるんだけど。彼女が指さしたのは体育用具室の入口近くの木壁だった。
「ここにね、なんか人の形した染みが見えない?」
 やっとのことで僕はページから視線を振り切る。ちょうど《夢書簡》の一節、ラヴクラフトがラインハート・クライナーに宛てた手紙にとりかかろうとしていた矢先だった。彼女にしては珍しくしつこく繰り返すので仁衛さんが示した所を肩越しに眺めやる。ちょっと憮然。あまり興味が沸かなかったのだけど、壁を見せてはロールシャッハ試験の真似事でもさせるつもりなんだろうか? そもそも僕らは不干渉主義を第一に掲げているのに。
「何もないよ、なんにもない。人の形の染み以前に染み自体見当たらない」
 なげやりに僕が言い放ったようにその時染みなんて無かった。木壁は全体的に煤けて、せいぜい特徴的なものといえば、地面との接合部分を、怪奇小説的に気取って例えるなら、アメーバのように毒々しい緑色を纏った銭苔が襤褸衣のごとくこびりついていたぐらいだ。木壁に浮かぶ自然のデザインである木目もこの表現が正しいのか分からないが、至って普通だった。そもそも聞きかじった知識で言うなら、例えば丸が三つ揃えば人の顔として、《ゲシュタルトの一まとまり》と説明できるんだと言ってやりたかったんだけれど。そんな野暮もいちいち面倒くさい。少なくとも僕には彼女の言うような「人の顔をした染み」なんて見つけられなかった。風が吹いているといってもその日は三十度近い、茹だるような暑さだったし、彼女はきっと熱に浮かされてそんな事を言ったのだ、僕はそう思うことにした。そんなことよりさっさと読書戦線に復帰したい。
 否定する僕を横目に彼女は「ここが手、これが顔。あら、この顔ちょっと泣いてるように見えない?」などとあたかもそこに実在しているかのように僕に逐一指さし、少々度の過ぎた身振り手振りで説明してくれる。とはいえ、別に彼女が夏にはお似合いの心霊少女ってわけじゃないだろう。
 周りは痛いぐらいに白く、陽光が降り注いでいる。なのに妙な寒気を覚えて二の腕が粟立つ。日差しが強い所為か、その分、足元から伸びる影は普段よりも数段と色濃い。
 僕は何だか気味が悪くなって、まだ居座りたそうな仁衛さんの袖を引っ張り彼女を無理矢理そこから連れ出した。

 言ってみれば、なんだか奇妙な顔なじみ。
一言付言をしておくけど、仁衛那由子とはそう仲が良い訳でもなく、同じクラスの女の子というだけで、どちらかというとあまり目立つところのない彼女とは、教室では指折り数えるほど話したことは無い。普段、彼女と話すときは決まってあの風の吹き溜まりでだった。そこさえも彼女と一緒に探し当てたのではなく、二人とも別々に見つけて内緒にしていたところ、ばったりと偶然に出くわしただけなのだ。だからあの場所にも誘い合っていく訳じゃない。気が向いたらふらっと赴く。少年漫画なら、闇の生徒会の執行本部があったり、裏番長が喧嘩の花を咲かせてたかもしれない、そんな場所を想像してもらえたら分かりやすい。
 このところの二三日、僕はフェンスを越えなかった。気味悪くなかったと言えば嘘になるけど、「人の染み」以前に中学二年生にもなれば無事に夏休みを迎えるためにはしなければならないことが、学期末テストの勉強などいつか観たB級SFに出てくる雑食宇宙生物に喰わせるほど大量にあるのだ。果たせるならいっそ喰わせてやりたい。奇妙な染みの事など忙しいうちに忘れていった。
 そんなある放課後、
 コーヒー牛乳にしようか、フルーツ牛乳にしようか。ど、れ、に、し、よ、う、か、な。
紙パック80円一つに神様にお伺いを立てるのも気が引けるが、下足室前に備え付けの自販機前で楽しく思い悩む。ささやかな至福。
 結果はさておいて、学期末テストにもようやく目処が付き、後は夏休みを迎えるだけだとホッとしていると、いきなり背中を引っ張られた。気づけば、いきおいで宙を迷う僕の指がボタンの上を滑る。
「……豆乳」思わず声に出る。嫌いじゃないけど選択肢にはなかった。
 引っ張ったのは仁衛さんだった。やっちゃった? という表情でぺろりと舌を出している。やっちゃったよ。
「あのね、最近呼ぶ声が聞こえるの」
「声って何の声がァ?」いささか声が裏返る。彼女がここで話しかけてくること自体が協定違反だとか、80円返せとかそんな言葉を飲み込んで、どうにか僕は問いを彼女に投げ返した。というのも説明に困るのだけれど何だか彼女の態度が上の空というか心ここにあらずといった表情だったからだ。
「うーん、女の子の声ェ」声もいつもに増して何だか頼り無い。地に足が付いてないみたいで。
 まるで、
 そう。まるで夢のなかを彷徨っているかのよう。
「女の子の声って?」
 仁衛さんは「奇妙な染み」を見つけた後も何度か一人であの場所を訪問していたらしい。彼女が言うところによると、ことの始まりは最初に見つけたあの日の夜あたりからのようだった。
 その晩、彼女が寝ていると、不意に名を呼ぶ声がしたという。起き上がり、ベッドの周りを見回したところで誰もいない。またいるはずもない。きっと夢なんだと思い、横になり瞼を閉じてうとうとしかかったとき、再び声が聞こえたのだと。声自体に彼女自身、全く聞き覚えはなかった。不思議に思いつつ床に戻ったのだが、もうその夜は何もなかったらしい。
 ただ、目覚めても消えない夢をみたという。
 誰かが目の前に立っている。
 見覚えの無い少女だった。自分と同い年ぐらい、紺のセーラー服を着た長い黒髪の。
 眩暈を感じるほどの草いきれの漂う、広い……。その少女は凝縮された影の中にたたずんでいた。そう、強い陽射しを受けた建築物が黯く落とす蔭の中に。影を生み出す源は僕たちの知る木造の小さな小屋。
 腰に流れる長い黒髪と紺色のセーラー服とが相まって、小屋の影と少女は混じりあい溶け込んでゆく。ただ、舞い踊る蝶のように胸元で結ばれたリボンだけが見る目に緋い。
 少女はその小さな小屋に近づいていく。段々と扉が近くなる。扉には表札が掛かっていた。しかし、字がかすれていて読み取れない。しかし何故だかそこがあの体育用具室であると仁衛さんには分かった。
 閉じた扉の手前で少女は振り返ると仁衛さんの姿を認めたかのように人差し指を伸ばし、形良い可憐な紅唇を動かす。その声は届かない。でも口の動きで何を発しているのか理解ができた。
 お、い、で、な、ゆ、こ、と。そこで仁衛さんは目を覚ましたという。

「ここからだっけ? 仁衛さんを呼んだのって」
 ホワイトノイズ。遅い梅雨が明けたからか様々な蝉の声がその一帯を囲う。それは耳元で炸裂して周りの音を掻き消す。聴覚を占領され他の音を奪われた僕らにとって逆に言い換えるなら、辺りはしん、と静まり返ったかのように寂寞としていた。さながら混沌から湧き上がる静謐。
 仁衛さんと連れ立って僕はくだんの中庭にまで来ていた。断っておくけど僕自身は怖いもの見たさに服を着せたみたく、物見高い方では決してない。人がどう思おうが、ホラー映画や怪奇小説のお話と現実とは一線を画しているって認識があるつもり。唯物論者を気取る気はないけど、趣味は趣味、現実は現実。
さて、仁衛さんは対照的に夢を見てから幾度もここを訪れていると言っていた。
 声の主の事を仁衛さんは彼女と言った。仁衛さんを彼女が呼ぶのだと。
「一人じゃ嫌だって、遊ぶ仲間が欲しいって」
 だから貴女を呼んだのよ、と。
 横で呟く仁衛さんの顔はひどく虚ろだった。何だか顔色も悪く感じる。
 思わず、大丈夫と声を掛けたらそれを仁衛さんは、信じてないの? と少し疲れた表情で僕を見詰め返した。どうも僕の言い方が、仁衛さんが与太を飛ばしているとして頭が大丈夫、というニュアンスに取れて聞こえたらしい。……まさか失礼な。あえて否定もしなかったけど、性格はソコマデひねくれてない(と思う)。
 この際、僕にとって信じる信じないはあまり関係が無かった。何より、取り憑かれたように、墓場を漂う青白い幽鬼のようにふらふらと歩く仁衛さんの方が余程心配だった。そんなのじゃ見るに見かねる。
「いつもここでなの、彼女とね」
 彼女はすっと人差し指を向ける。二人の目の前には体育用具室。彼女が指さしているのはこの中らしい。しかし、扉には二枚の細長い木板が立て付けてあり、中にはとても入れそうにない。これまで観察したことなんか無かったけれど、よく見れば無数に打付けられた釘や戸の蝶番が、永い間風雨に晒されていた為か腐食し赤茶の錆を表面に吹いている。最近、中に人が入ったような形跡は見られない。
「……この中って言うけどさ」
 指を金具に這わせてみる。ざらざらとした土壁を撫でるような感触であり、爪を立てると理科の実験に使う薄い硝子板のようにさくりと剥がれる。黴の所為なのか、剥離した錆の裏側はぬるりとして爪の先にこびりつく。鉄錆特有の人血の様な臭いが僕の顔をしかめさせた。
 ここを人力で開放するには仁衛さんでは荷が重いだろう。僕にだってそうだ。訪れていると言ったのは夢の中での出来事なんじゃないか。そう思う。女の子一人が夜にやって来て木板を剥がし、また戸を打付けたりなんてそれこそ滑稽なお話に過ぎない。でも、しかし夢ならばもしかしたら……。
 仁衛さんは彼女の言うとおり遊んでいたのかもしれない、それこそ人知れない何かと。
 指先に、しくっと痛みが走った。どうやら先程の金具で指を切ったらしい。爪の間からふつりと赤いものが滲みだす。なんのことはない、鉄錆ではなくぬるりとしたのは自分の血だったわけだ。
「ごめん、ティッシュかなにか持ってたら貸してくれない? 血を止めたいんだけれど」
 その声に返事はない。振り向くと彼女は木壁に手を当て向こうを見つめていた。
「なんだ、仁衛さんいないかと思っちゃった。ねえ仁衛さん?」
 一瞬、全身が総毛立った。振り向いたとき仁衛さんはセーラー服を身に纏っていた。真夜中色の影を切り抜いたかのような。四角く垂れ下がったセーラーカラー、そしてリボンだけがただただ緋い……。
 仁衛さんがいつか話していた、人の形と言っていた何かが木壁から染み出して彼女に覆いかぶさっているかのような、そんなことが頭の片隅によぎる。
 頭上には太陽が燦燦と照り輝いている。なのに身体が芯から冷えた。
 目を擦り、もう一度顔を上げたときには涼しげなサマーセーターに身を包んだ仁衛さんが怪訝な顔つきでポシェットから汚すのが申し訳ないほどに清潔そうなハンカチを取り出して僕に差し出していた。
 夏の制服であるサマーセーターが光を吸収して黒っぽく見えたのは確かだ。
 なら見間違えたんだろうか。いいやと僕は首を振る。見間違いじゃない。だとしたら今のは何だ。改めてもう一度仁衛さんを見る。胸元の淡い起伏が白いセーターに陰影を落としていた。その視線に気づくとそんな僕を見咎めるように彼女は朗らかに笑う。
「駄目じゃない、早く傷口。バイ菌入っちゃうし」
 遅まきながら失態をしでかしたことに気づく。猛烈な気恥ずかしさに苛まれながらも、照れ隠しに僕は彼女の渡してくれた浅葱色のハンカチで指先の血を拭うことに集中した。オーデコロンでも振りかけてあったのか微かに沈丁花の香りが鼻先を漂う。当たり前だけど、何だか女の子っぽい。その匂いのせいか、久しぶりに見た彼女の笑顔のお蔭か、僕の中に渦巻く妙な不安感は薄らいでいった。
 気づけば運動場の方から金属バットが放つ硬質の打撃音が聞こえてくる。蒸し暑い放課後。もしかしたら一雨来るかもしれない。すっかりぬるくなった豆乳を僕は仁衛さんに押し付けた。

 この晩、夢を見た。僕は独り、校庭を歩いていた。風に乗り、誰かを呼ぶ声、そして笑い声が僕の耳に聞こえてくる。見えない誰かが僕以外の誰かに呼びかけている。
 その呼ばれる名の主に僕は聞き覚えがあった。
 彼女だ。その声は仁衛さんを呼んでいた。
 独りじゃ退屈なの、今日もまた遊ぼうね、と。
 はやくおいでなさい。那由子、と。
 僕の名前が呼ばれることはなく、そして聞こえもしない。
 背後から足音が聞こえる。さくさくと土を踏みしだく……。
 足音の正体は仁衛さんだった。
 彼女はスリッパに半袖のパジャマのまま、水色のストライプが涼しげだった。仁衛さんは僕に気が付くと微笑んで腕を伸ばしてくる。そして僕の手を臆面もなく握ると歩き出した。二人して姫葛のフェンスをくぐり抜ける。
 あの場所へ。
 扉の前に辿りつく。しかし扉は閉ざされたままだ。その中から声がする。それは仁衛さんの名を繰り返している。彼女は一度僕を振り返ると繋ぐ手を解き、その声に従い扉の内側に吸い込まれていった。
 扉に手を添えてみるが、しかし何も起こらない。阻む木の板はただ在るがままにその感触だけを僕に教える。独り、取り残された僕はどうすることも出来ずにその場に立ち尽くしていた。
 中から二人分の声がする。一人は仁衛さん。そしてもう一人は。
 昼間見たあの幻影の彼女だろうか? 冬のツーピースを纏った……。
 中から声が続く。しかし僕の名はただの一度も告げられることはない。そしてその事にどうしてか、なぜか僕は安堵を覚えていた。
「こんな時間にまったく……ちょっと起きなさいって」 
 仁衛さんを戸の向こうへ見送ってからどれくらい経っただろう。僕の名前が耳に聞こえて、その呼び声と共に僕は不意に肩口を掴まれ揺さぶられた。心臓が跳ね上がり、思わず反射的に飛び起きる。なんのことはない。気づけばそこはベッドの上だった。
 呼び声の正体は母親で、僕に電話が掛かってきたのだとか。眼を擦りまだ覚めない身体を起こす。枕もとの時計を見やると短針が午前二時を回りかけていた。案の定、母親が不機嫌そうな顔をしている。時刻を考えればそれも分かるけど。喉がからからに渇いていた。夏の不快な暑さだけでは説明のつかない、滲んだ額の汗を手の甲で拭い取り、寝しなに汲んでおいたペットボトルの水で喉を潤す。
 受話器を取ると相手は意外なことに仁衛さんのお母さんからだった。夜分遅くごめんなさいねと口早に前口上を切ると用件を告げた。
 どうやらクラスの連絡網を一軒一軒掛けているわけではないらしい。というのも僕が想像していたとおり、内に篭りがちなところのある仁衛さんは友人関係が活発ではなさそうだったからだ。とはいえ、幾度か彼女は食卓の話題に僕の事を口にしていたらしく(何、話してたんだろう)、やはりそれは秘密の場所を共有しているといった気安さからくるんだろうか。そして娘が口にしていた同級生、つまり僕の家にお鉢が回ってきたというのが事の真相のすべて。
 用件は薄々分かっていた。大体がこんな時刻に掛けてくる時点で、ある予感はあった。
 つまりは彼女がベッドから失踪したのだ。

 陽の暮れた森のように黒々とした中を歩く。活気の満ちた昼間とは違い、おどろおどろしい雰囲気をかもし出すのは校舎の影だ。この場所は当直室の灯はもとより、電灯の瞬きといった些細な恩恵さえも程遠い。その中をゆっくりと確かめるように地面を踏みしめてゆく。夜半に雨でも降ったのか足の裏に伝わる感触はぐにゃりと軟らかい。
 電話のあと、アルカリ水を汲んだペットボトルや防寒用のパーカーなど通学用のデイパックに詰め込む。母親に同級生が行方不明になったとだけ告げて僕は家を出た。心当たりがあるからだ。
 警察にも仁衛さんのお母さんは届出をしたと聞いた。しかし、まだ知れてはいないのだろう、あの場所。一応、電話口では伝えてある。まさか娘が夜中に学校へ百度参りしてるなんて思わないだろうから。
 夜の黒は呼吸をするたびに酸素と共に鼻孔を伝い、器官を通り肺腑を満たすほどに融けた幽暗。昏い闇は行きがけに防災袋から持ち出した懐中電灯の明かりなど容易に呑み込んでしまい、足元は水の上を歩いているかのように朧げで頼りない。
 何かが耳元で囁いた、気がした。言葉にならない、呟きのようなさざめき。立ち止まり耳を澄ませる。夜の学校は冬の雪のように音を吸収するのか。僕が意識した時に、呟きの行方は知れなくなっている。静寂に気を取られ、気がつかなかったがいつの間にか華やいだ音色が耳朶に触れた。
 草土踏みしだく足元から軽やかな雅楽の音が沸き立っている。爪弾かれ清らかに鳴り響く、まるで鈴の宮を思い起こさせる、昼の無礼きわまりない蝉とは違い、その妙なる音色を奏でるのは夜を棲家とする虫たちだ。辺りの静寂に溶け込むようにすう、と流れてゆく。
 ひいひゃらりと神樂笛が旋律を取り、ぴいんと重なる和琴の音に、りん、しゃんと鈴が弾ける。
 肌に感じる夜気は湿気を軽く含んで涼しく、昼間の暑さはない。けれどじっとりと汗ばんでくるのは大気が微かに内包している昼の熱気の所為なのかそれともこれからの何かを暗示する予感めいたものなのか、今は知る由もない。
 いつかテレビで観た奇怪魚の遊泳する深海を彷徨っているようだ。車のライトだろうか、道路を隔てる柵の向こうに見える明かりはときおりウミボタルの輝きをもって淡く視界をかすめ、どこかしら張り詰めた大気は水圧のように重く僕の神経に圧し掛かる。
 頭のどこかで僕以外の人間が仁衛さんを見つけて欲しい、そう願う気持ちがあった。それでいて、僕以外の誰にも仁衛さんを見つけることは出来ないのだという自負めいた気持ちもあった。自分から家を飛び出し学校まで来たものの、僕は本当のところ早く逃げ出したかった。現実感の伴わないこの場所から。
 そういえば、夏という季節は昼が長い分だけ夜の闇も深いのだと聞いたことがある。冬とはまた深さの密度が違うのだとも。それゆえ、真夏の夜は独特の意味合いを持つと。
 前方を照らす懐中電灯の黄色い明かりは頼り無く地面に吸い込まれてしまう。道を覚えているとはいえどうも足元が心もとない。
 読んでこなきゃ良かった。
 丑三つ時という時間帯の所為なのか嫌な空想ばかりが頭をよぎる。今となっては枕元のロバート・ブロックが恨めしい。なんて、ブロック氏には割りの合わない八つ当たり。でも、考えてみれば僕は何を怖がってるんだろう? いくら秘密の場所とはいっても、学校の敷地内にあるということは学校に管理されているということなんだから。どれだけ廃屋にしか見えなくたって、今は廃屋、ということは裏を返せば以前は普通に使われていた場所。学校の一施設として昔子供であった人達の思い出の中にあるような場所なのだし。きっと沢山の記憶が沁み込み含まれているはず。おぞましく思うなんて筋違いだ、僕はそう思いたい。思いたいのだけれど、ろくでもない妄想が次々浮んでは弾ける。
 一歩ずつ着実に歩を進めてゆく。夜の爛熟した大気が壁になって、僕の行く手を阻むかのように、いつもなら何でもない距離が今は途方もなく遠くに思える。自分でもよく分からない。怖気づくとかそういう事じゃないけど、やはり本当は怖いのだろうか。とはいえ、それなら仁衛さんはもっと恐ろしいはずだ。それを思うと不思議にスニーカーが前に出る。
 まただ。
 耳元に届く小さな囁き、そして嬌声。虫の雅楽に混じったそれは、現実味を帯びない夢のように曖昧だ。この幽けく流れる声の持ち主なのか、彼女を誘ったのは。この吸い込まれるような夜の淵へ。
 声に惹かれるのは、それ自体じゃなくて、その姿無きものの正体への好奇心と畏怖かもしれない。密かなそれは魂をも引きつけられる、何処か聞き覚えのある……。
 僕は雅楽と重なるその歌声のような風の囁きに向かって歩んでゆく。何も考えずただそれを聞き歩む。気がつかないうちにまた雅楽の音は始まりと同じく典雅に、か細く凪ぐようにして収まった。辿りついたそこはただ、滔滔と響く声だけが夏の夜を支配している。
 それが決められた合図のように、僕は首をもたげて懐中電灯の明かりを向けた。
 目の前には、件の建物、呼ぶ声の源。体育用具室。僕は姫葛の絡まったフェンス金具の下を潜る。

 内側から声は漂ってくる。以前訪れた時には板が打付けられて潜ることすら出来なかった戸の裏から。
 戒めは解かれていた。しかし誰が、仁衛さん一人の力では到底無理な所業だ。
 いつの間にかすべて吹き飛んでしまった。夜露に濡れた草の薫りや虫の音、そして僕に巣食う恐怖心さえも。ただ、何故だという疑問、真夏の悪夢を解決する答えさえ見つけることが出来るのなら。
 躊躇しても仕方ない。もう、分かっている。答えはこの中にあるのだ。僕は扉に手を掛け、力を加え回し、そして足を踏み出す。自分を鼓舞する為、音高く軋むほど力強く、僕は扉を開け放った。
 古く堆積してきたものが一気に開放されるような圧力を感じ、一歩しりぞく。
 ひやりとした冷気と共にひうるる、と音が円舞する。だのに足元に仄白くうずくまった塵は微塵も浮き上がらない。ただ規則正しく歩幅の分だけ部屋の中心に向かって靴の跡が窪みを創っている。空間が結晶しているかのように固形化し静寂を染み込ませた空気が此処にある。
 重く身体に纏わりつく空気を掻き分けるように目の前を凝視する。人をかたどったみたいな淡い燐光の中に誰かがくずおれている。セルロイドの人形のように冷たい質感を持った彼女が。ざわっと肌の上に粟が生じる。
 水色ストライプの半袖パジャマにクマ模様のスリッパ。
「仁衛さ……」
 名前を呼びかけて、その声を飲み込んでしまう。彼女は独りじゃなかった。
僕には気付かない。彼女はまるでパントマイムの道化にでもなったかのよう、といって必ずしも無言ではなかったけれど。何かに話しかけ、何かの呼びかけを聞き、何かに微笑む。その対象は僕ではない。僕意外の誰かと彼女はいるのだ。扉の外からさえも頬に触れるような風は入り込まない。なのに耳朶に風音が触れる。
 ひうる、ひうる、ひうると奇妙に風が詠う。
 仁衛さんは大気と対話している。いや、風を介して何かと会話しているのか?
 ひうる。ひうる。ひうる。
 目には見えない、僕には見えない何かと。しばしその場で途方にくれてしまった。
 セルロイドのように白蝋のように、抜けるような白い肌。青く、懐中電灯の灯りに反射する仁衛さんの肌。どこか奇異でありそれにも増して綺麗だと。ただ昼には存在しない、幽冥の狭間の色。
存在してはいけないモノなのだとそう思った時、僕は駆け寄って喪失感をともなう色に比例するように冷たい仁衛さんの肩を何度も揺さぶっていた。
「仁衛さん、仁衛さん、いますぐ此処を出よ。夜中にこんなとこ来てちゃ駄目だって。お母さん心配してたよ。迎えにきたんだ。ねえ、帰ろう。送っていくから家まで」
 聞いているのか、それどころか、仁衛さんは起きているかさえ怪しかった。何度揺さぶっても、呼びかけても彼女の目は見開いて相変わらず虚空を彷徨ったまま。恍惚に囚われていて、魂が此の地上にはないと信じる事が出来そうなほど、覗き込んだ彼女の瞳はまったくの空洞だった。僕の存在はその瞳に体育用具室の塵芥ほどに映らなかった。
 青白い燐光、彼女を包んでいた靄がぎゅっと濃くなる。このとき初めて僕は「彼女」の声を聞いた。
 風が凪ぐように、だが有無を言わせないその声は「なぜ邪魔するの」そう言った。
──ただ遊んでいるだけなのに。
──那由子は私を見つけてくれた。声も聞いてくれた。
──だのになぜあなたは那由子を奪うの。
──見も知らぬあなたに。那由子を盗られるの? たった一人の遊び相手を。
 悲愴感に満ち溢れたその声はもはや耳ではなく、直接脳裏を打ち叩いた。震える声に憤りと怒りが内包されていくのを感じる。やがてそれは臨界を超えた。
──そんなのいやっ!
 白く音が炸裂した。ごうっと薙ぎ払われた空気が無慈悲にかなきり叫ぶ。瞬間、身体が浮きあがり、仁衛さんと引き離される。肩口に刃物で削ぐような鋭い痛みが走り、鼻の中をつんときな臭い匂いが漂う。意識が遠くなりそうだ。まともに壁と衝突したのだ。背中を打ち付けて呼吸が詰まる。痛みの所為で意識が逆に冴えるのが恨めしい。とっさに床についた手のひらの下で何かが砕ける。鼠か何か小動物の骨だった。
──なぜ邪魔するの。
 いまや仁衛さんを虜にしていたものははっきりと僕の眼前に姿を成し現れていた。
 長さの測りようもない底知れぬ漆黒の髪が、体育用具室の暗闇と同化し宙に舞い広がっている。
 いつか見た、仁衛さんに纏わる真夜中色をしたセーラー服、そして夜目にも朱い胸元のリボン。僕を睨みつける底のない黒瞳。
──許さない。那由子はわたしのもの。
 口元が嗤う。嘲笑っている。言葉にならない嘲笑が発せられる都度、ぱくりと一文字に裂けて曝け出された咥内は血に塗れたかのようにひどく緋い。何も抵抗出来ない僕に対して、獲物を捕らえた猫の残酷とそれでいて冷え切った怜悧な狂気を内包する眼差しが刺し貫いていく。白痴めいたふしだらさを見せつけるかのように、仁衛さんをその手の中で甘やかに弄びながら。
「仁衛さんは物じゃない。ましてやあんたが自由に弄べる玩具でもない。彼女を心配してる、そんな人らのこと考えたことあるのか? 遊ぶなら一人で遊べばいいじゃないか。生きてる人間を巻き込むな」夢中で発した自分の言葉にゾッとする。仁衛さんと僕との間に立ちはだかっている少女はこの世のものではないのだ。
――そんなこと知ったことじゃないわ。
 嘲笑。
 その都度、千本もの弦楽器の弦線を弾き鳴らしたかのように風が絶叫する。巣食う闇が這い寄る。
 台風さながらの暴風にかかわらず、仁衛さんの周りは塵一つ浮かび上がりもしない。
 体育用具室に這入ること自体が地雷だったのだと僕は今更気づいた。
「仁衛さん! 仁衛さん! くそ、起きろって」
 言葉でいなしながら、どうやって仁衛さんを現実に呼び起こそうかと必死で考えていた。何かつながりのあるものを、現実との接点のあるものは何か……。
 腰がひび割れるように痛い。したたか打ちつけたみたいだ。しばらくは満足に動けそうもなかった。と傍らに落ちたデイパックに目を遣る。サイドポケットから何か出ていた。藁にもすがる思いで反射的に引っ張り出す。
 零れだすように沈丁花の匂いがふっと漂った。ずぼらにも仁衛さんから借りたまま突っ込みっ放しのハンカチだった。浅葱色のそれを「彼女」に見せつけるように振る。
「仁衛さんは親切だよね。こんな僕にも、そしてあんたに対しても、優しく接してくれてる。それを弱みに付け込むみたく取り入るなんて最低だろーが」
 少女をかたどった者がなんと呟いたかまでは僕には聞き取れなかった。ただ陽炎の立つ如く、空間が震える慟哭に揺らめいた。
 仁衛さんを目の前にして、何も出来ないのは悔しかった。良いところを見せようとかではなくって、なんでこんなとこにいてこんな目に遭ってんだろう。目頭が熱くなる。渦巻く大気のてのひらが喉元を締め付ける。
――すぐ済むよ。那由子。
 どこまでも甘やかにしな垂れかかる声。
 擬人化した闇が執行を嬉々と言い放つ。捕食者の顎が僕を捕らえた快哉を謳う。
 風鳴りがいよいよ鋭くなり、全身を真っ直ぐ立っていられないほどの旋風が襲い掛かる。捕殺行為に快楽を覚えているかのようだ。迷惑きわまりない。強がってみても、いまや僕の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃな状態だった。余りの恐怖感に麻痺でもしたに違いない。自分の身に何が起こっているのかフィルムのひとコマを観察するように目が事態を捉えている。残虐な炎が嘲笑を孕んだ黒瞳の中で踊っている。朽ち縄の如き見えない紐が幾重にも僕を絡めとり圧搾を繰り返す。全身の骨が一本ずつバラバラにされていくような痛み。もう何も考えられない。闇色の風があたかも研ぎ澄まされたナイフの刃となり頬を削ぐ。血の玉が跳ね跳ぶ。
 僕は一矢も報えられなかった悔しさに歯噛みした。
「……めて」
 微かな、だが確実にそれを遮るように声が迸った。同じくして風の切っ先が突如ぶれる。
――那由、子?
 きょとんと拍子抜けたその声は無邪気さの中で戸惑いかすれていた。
 もうやめて、と。僕が固く結んだ瞼を開けると小さな背中で庇うよう、僕の前に仁衛さんが立っている。
 もうやめて、私の友達なの、と。
 あなたは友達が欲しいと言った。わたしもそうありたいと思っていた。なのに私の友達は傷つけても平気でいられるの?

 「彼女」の口元には歪んだといった方が正しいか、泣き笑いの表情が浮かんでいたと思う。自分も余りの痛みに大分意識が混濁していた。ただ覚えているのはくず折れそうになりながら仁衛さんが青ざめた口唇で、「彼女を責めないで、寂しいのは一緒だから。私だって……」こう呟いたこと。僕らを探し求める巡査たちの声。回る赤色灯、甲高いサイレン。
 おそらく仁衛さんは自身と用具室の彼女を重ね合わせていたんだろう。クラスで目立たず友達も数少ない。そんなとき彼女は「視えた」のだ。霊感少女なんて茶化したこともあったけど多少は「感じ」やすい体質だったのかもしれない。それで目に留まった。仁衛さんは寂しい思いをしていた彼女に魅入られた。僕はこう理解している。
 仁衛さんが最初に壁にヒト型の染みを見つけたとき、何故か僕には見えなかった。二人同じ場所にいて、それは僕が仁衛さんのように必要としていなかったからか、必要とされていなかったからなのか、或いは仁衛さんを通してしか顕現できないものなのか。
 八月の登校日を迎えても仁衛さんの姿は教室にはなかった。精神的にも肉体的にもかなり参ったんだろう。静養していると聞いている。僕自身もその日は満身相違、帰宅した途端母親の百面相が待ち構えていた。声をあげて泣いたかと思えば、家まで付き添ってくれていた巡査には噛み付き、そして最後には笑い泣きながら――反抗期ってもんを明らかに理解してない。――そんな僕に振り払う間を置かせず抱きしめてくれた。玄関先でなんとも気恥ずかしい。警察からは色々と聞かれたが結局、仁衛さんについて記憶の錯綜による一時退避的失踪とされた。ある巡査曰く、『なに、真夏の夜の悪い夢さ』要は熱に浮かされ、夢遊病状態であったのだと。
 あっという間に夏休みが消費されていく。その日々の大半を使って、僕は何冊かの本を読み、新聞を広げては図書館の一角を占領していた。いまだ「少女」が何者だったのかすら分からない、分かりようもない。昔を知る先生や旧校舎があった頃の新聞などいろいろ当たってみたけれど、体育用具室があった場所で不遇な事故や事件で女子生徒が亡くなったというようなことは結局、何も調べがつかなかった。
 真夏の夜の悪夢。夢にしては性質が悪すぎるし、そんなのは体の整ったでっち上げだと説明しようもないが、僕にはちゃんと分かっている。節々の痛みがその証明。それでいいじゃないか。ちっともよくないけれど。
 彼女は今でも声が聞こえるのだろうか。やり方は拙すぎるが声の主の気持ちも今なら分かる気がする。
 同じ場所にいて仁衛さんは存在に気付き、僕は呼ばれなかったわけを。
 今なら、僕にも染みが視えるんだろうか。幸か不幸か、あの体育用具室は未だ健在である。何一つ解決しないまま或いはこの時も混沌とした闇はわだかまり、戸口に棲み潜んでいるのだ。この世ならざる少女の形を押し隠して。
 そういえば、自分の殻に閉じこもりがちな仁衛さんが僕をどういう意味で「私の友達」と呼んだのかもひじょうに気になる。え、健全な十四才の思考だ。そうでしょ?
 まずはクラスの連中を引き連れてお見舞いがてら彼女に会いにゆこう。同級生としてだけでなくもちろん友達として。残り少ない夏休みを有意義に過ごすために。

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2004.05.14

短編小説:文月の頃

 淡い炎のかけらを薄墨の空へ蒔きながらすう、と目の前を横切る。
 蛍。
 ねえ珍しいわね、と彼女が僕の袖を引っ張る。
 最近はあまり見かけなくなった蛍も小さい頃は良く見た気がする。
 でもそれは僕のなかで一つの事が鮮烈に残っているからかもしれない。
 ケイコさん。小学生の頃のことだ。
 家はその頃、下宿屋みたいなことをしていて、ケイコさんはその最後の下宿人だった。

「なあ正太、おまえんちに幽霊居るってほんとなん」
 克也が聞いてきたのは梅雨の明け頃だった。
「幽霊やって? うちの裏が神社やって知ってるやろ自分。鎮守の杜あるから夏場なんて蝉の声でそんなんどっか行ってまうぞ。せやし、お化けなんてのは、どっちかっていうたら神社より、お寺とちゃうんか。第一住んどるのにそんなん見たこと無いしなぁ」
 そんな僕の反論に友人は口を尖らす。
「せやかて、おまえんち、学生相手の下宿屋しとるやんか。そんで昔自殺しよった人なんかが、恨めしいや、って出てくるんとちゃうかぁ」
 恨めしいや。
 克也が両手を前にぶらぶらさせて笑いながら言う。
「縁起でもあらへん。おまえ命知らずなやっちゃなー。知ってるやろ、うちのお父はんそれ聞いたら角生やして怒りよるぞ。そんな人おらんって。でもそんな話どっから出てきてんさ?」
 ええと、と克也がもそもそしている。
「なんや、嘘かぁ。もっとましなん考えろよ」
 克也の頭を軽く小突く。
「嘘とちゃうわ。実は見たんは俺やねん。ただ……」
 在らぬ方を向いてほお、としている。
「だからなんやねん。ただ、って」普段はなんでもずけずけ口にする克也にしては珍しい。そんな歯切れの悪さに僕は少しだけイライラが募った。
「……ちゃうねん。こんな言い方するはずちゃうかってん。ただ、おまえんちの門の中に入っていくひと、めっちゃ綺麗やってんさ。まるで……」
 まるで幽霊みたいに。
「誰やろ、下宿してる人おらんねん、今。いつ見たん?」
 三日ぐらい前かな、克也は言う。
 その日だった。帰ると離れに荷物が置いてあって、それを母さんと見知らぬ女の人が荷解きをしていた。
 ただいまあ、という僕の声に振り返ったその顔はとても綺麗で。
 幽霊なんて表現、下手だと思った。そう、まるであの人は蛍のようだと。
 お帰りなさい。
 幽かにひっそりと微笑む仕草。それがケイコさんと僕の出会いだった。

 ケイコさんはうちの二階に住んでもらうことになった。二階と言ってもうちの家は母屋内から上がることは出来ない。一旦外に出て玄関横に備えつけてある階段で上がる。だから二階と言えど実質離れみたいなものだ。というわけで下宿人とばったり母屋で顔を合わせるようなことはない。
 うちでは僕にも仕事がある。別に大したことじゃない。うちは賄い付きの下宿屋。そう、ご飯が出る下宿で、うちの下宿人は食いはぐれることがない。朝夕の決まった時間にいればのはなしだけど。僕の仕事はそんな下宿人達にご飯を知らせる役なのだ。
 だから今日も階段を伝ってケイコさんを呼びにいった。
 ケイコさんの部屋は丁度階段の隣で、上がると直ぐなのだけど、今日は呼びにいくまでもなかった。
 庭に出ると階段の横に二本の素足が突き出てぶらぶらしている。
 ケイコさんだ。
 正確にはケイコさんは窓枠に腰掛けて僕の方を見下ろしていたのだ。
「ケイコさん、ご飯だよ」
 見上げて呼ぶ。
 一秒、二秒。返事がない。この距離だし聞こえていないはずはない。
「ケイコさあん、ご飯、だよお」
 アクセントを付けてもう一度。
「……らない正太君、小母さんに伝えといて」
 ああ、今日もだ。ケイコさんは時々こう言う。でも今日こそはそうはいかない。
「あかんって、ケイコさん。今からそっちに行くからね」
 腕を捲る真似をすると僕はとんとんと階段をリズム良く上っていく。
 一呼吸して戸をノックする。
 はあい、と間延びた返事の後、ケイコさんが扉を開けてくれた。
 入ると青畳のいい香りがする。返したばかりのせいもあるけど。
「どうぞ。入っていいわよ」
 ケイコさんが手招きする。実は部屋に入るのは初めてのことなのだ。おじゃまします、と健全な男の子らしく、少しどぎまぎしながら部屋に入る。
 何だか拍子抜けしてしまった。女の人の部屋だと身構えたのだけど、何もなかった。想像していたようなクマの縫ぐるみだとか、女性らしさを感じさせるものは。
 小さな本棚一つと備えつけ冷蔵庫。それにベッド。その横に洒落たライティングデスク。カーテンレールのハンガー。一輪挿し、栞を挟んだ読みかけの小説。唯一女性らしい物といえば姿見ぐらいだろうか。
 ケイコさんは白いふくらはぎを無造作に畳床に投げ出し、ベッドに腰掛ける。
「そういえば正太君、この部屋に入るの初めてよね」
「話し、はぐらかさんとってぇよ。なんでご飯食べへんの? お母はんも心配してる。食べはってもちょっとだけやし、口に合わへんねやろかってお母はん」きょろきょろするのも格好悪いので、畳に腰を下ろしてケイコさんを見上げるかたちだ。窓から入る夏の風に部屋の空気が揺れる。微かに漂う香水の香りに、鼻先が何ともこそばゆい。
「……そうねえ、そんなことないわ。美味しいよ。小母さんに言ってもらえる? お心遣いは有難いですけど、ご飯は結構です、って」
 ケイコさんは何でもないように言う。
「いらんゆうたかってさ、でもな思うねん。他で食べたりしたら勿体無いやんか。お家賃の中に食事代入ってるし、せやったら」
 うふうふとケイコさんが笑った。年上の女性に憧れるほどませてはいないつもりだけど、(こういう気の回し方を或いはませてるというのだろうか)確かに克也がよろめく気持ちも分かる。
「優しいのね。別に他で食べてる訳じゃないわ。ちゃんとね食べてるよ。ほら」
 ケイコさんは冷蔵庫を開けて見せてくれた。
 エビアン。ヴォルビック。
 最初に目に飛び込み視界すべてを埋め尽くす文字。
 冷蔵庫のなかには殺菌詰めされた、水の壜だらけだったのだ。ちなみにこの頃はペットボトルはまだなかったと付言しておく。
「……ケイコさん」
 なあに、と首を傾けながら微笑む。
「これって全部ミネラルウォーターやんか。どうやったら栄養と結びつくんさー」
「そうねえ、でも私にはさしあたってこれで充分。満足なの」
 とてもそうは思えない。お腹が減っている所為かどうしても自分に置き換えて考えてしまう。
――でも人間に限らず、どんな生物に於いても栄養を摂取する。何かを犠牲にして食べることは生きていく上で必要なことなの。バランスをとるためいずれ何処かで帳尻を合わせなくてはならない。それが私達の生きる性。
 子供を産む為の栄養分として旦那を食べちゃう蟷螂の様に……。
 私は今は食べたくないの、水で充分――
「さあ、ほらほら。正太君は我慢できないんでしょ、早くご飯食べてらっしゃい。身体はやっぱり正直よね」
 ケイコさんが僕のお腹を指さす。気づかないうちにお腹はぐうぐうと鳴いていた。顔が熟れたトマトになる。恥ずかしさで弾けそうだ。
 戸口で渋る僕を送りだしながら、別にはぐらかすわけじゃないけど、とケイコさんは言った。
 今はこれで充分。今はね。

「なあ、変やろ? こんな調子やねん。いっつも。こんなんやったら身体壊すと思わへん」
 最近、克也と話す話題はケイコさんの事が多い。克也が聞きたがるので自然とそうなるんだけど。まぁ分からなくないではない。美人やから。《蛍》に《子供の子》でケイコさん。名は体をあらわすというか。
 さらさらとした素直な髪の毛は耳元で切り揃えられている。黒目がちな瞳というのか、ぱっちりとした光を吸い込むような黒瞳。スラックスや大きめのシャツを纏っていることが多いので、どこか華奢な少年に見える。
 只、克也には内緒なのだけど、たまに物凄く派手な格好で帰ってくることがある。そんなときのケイコさんは何だか恐い。根源的な何かが。
「せやな、めっちゃ心配や。でも俺、どうもこうも出来へんし」
 思い詰めたような克也の顔を見てると噴き出してしまった。
「何、可笑しいねんなっ!」
「だって、大丈夫やって。外で何か口にしてはるやろし、少なくとも心配して蒼褪めた顔の克也よりは健康的な顔色してる思うし」
 何となく、慌てた顔の克也を見てたら安心してしまった。克也は横で石を蹴りながら不貞腐れている。
「せや、正太。今度見に行ってもええか?」
「見る、やなくて会いにやろ。パンダちゃうねんから。別に構わへんと思うよ。うちに遊びにきたついででも」

 家に帰ると一回はケイコさんの部屋に行く。ご飯へ呼ぶ必要はなくなったが、様子を気にする克也の所為で 何だか習慣づいてしまったのだ。
 七時を少し回った頃の庭は、墨を掃いた様に薄暗く、裏の神社からはヒグラシの声が静かに聞こえる。夏の夜は好きだ。昼間とは違った生命の息遣いが感じられるから。
 とんとんと階段を上がり、ケイコさんの戸を叩く。
 微かに戸が開き、白い手が招く。
 真っ暗な部屋。
「どうしたの、ケイコさ……」
 ケイコさんの掌がすばやく僕の口を軽く押える。もう一方の人差し指を自分の唇にあてて部屋の奥に目配せした。
 
 焔珠。碧い燐光を振りまいて部屋を仄かに照らす。

「……うっわ、蛍やん。でもどないしたん?」
 うちの辺りは確かに都心と比べると環境はいい。しかし蛍となると難しい。家の近くに幼虫の棲める清流が無いのだ。蛍を見るためには少し遠出をしなくてはならない。
「夕方、窓を開けていたら飛び込んできたの。正太君が来るの分かってたから見せたげよ、って思って待ってた」待ってたの一言に克也じゃないけど、鼓動が少し早まる。
「でも、家の回りで蛍見たことあらへんし。変やなぁ」
「そうねえ、こう考えたらどうかしら。例えばね、よく駅のホームで鳩見るでしょ。一羽や二羽。でも、駅の外ではその姿を見ることはない。不思議よね。屹度これも同じ。居場所を誤って、迷い込んだ……」
 仮初めの住人なのだ、恐らく。
 私も。
「……え、なに?」
 何でもないよ、とケイコさんは目を伏せた。
 少し、空気が重い。そんな時閃いた。
「せや、ケイコさん、お水あげへん?」
 僕は台所で蛇口を捻る。少しカルキと黴の臭いを伴って、生温かい夏の水道水が流れ出る。それを小皿に酌んでベッドサイドのデスクに置いた。
 蛍はすう、と小皿に近づくが足をちょんと浸けると直ぐまた部屋の中を漂う。
「正太君、待ってて」
 ケイコさんは手を叩くとおもむろに冷蔵庫を開けエビアンの壜を取り出し、別の皿によく冷えたそれを注ぎ、小皿の隣にそっと置いた。

 ほーたる ほたる こっちの水はあーまいぞ こっちの水はかーらいぞ
 ほーたる ほたる こっちの水はにーがいぞ こっちの水はしょっぱいぞ

 暗がりに響くケイコさんの声に従うように両の皿を行ったり来たりしているうちに、ケイコさんの置いた皿に落ち着いた。
「やっぱり、同じ《蛍》だけあって、趣味が合うわね。こっちが気に入ったよう」
 嬉しそうに笑う。さっきの変な空気は何処かへ行ってしまったようだ。
 頃合いを見て克也のことを話す。ケイコさんは快く承知してくれた。
「克也って可笑しいねん。ケイコさんの事、幽霊やなんてね。どっか人とちゃうみたい、それぐらい綺麗やったって」
 ふうん、と頷くケイコさん。
 正直なのね、克也君って。良く見てる。
 僕にはその意味がさっぱり分からなかった。ケイコさん独特の冗談なのだろうと。僕は曖昧に笑った。
 さあ、お行きなさい。とケイコさんは閉めていた窓を開け放った。部屋の中のむっと熱の淀んだ空気が外気と混ざって、みるみる柔らかくなった。自分が解放されたのに気付いたのか、その空気の流れに沿うかの様に光点が外へと飛び出す。
 何だかその光の粒を見つめるケイコさんは郷愁でも感じているかのように視界から消えるまで僕の横で見つめていた。

 夏休みに入る数日前は短縮期間となる。その初日に予定を見計らって、克也をケイコさんと引き合わせた。克也は、柄もなくあがって殆ど喋ってなかったけど、ケイコさんは対照的にいつもどおりににこにこと微笑んでいた。
 年齢差の大きい二人にどんな共通項や話題があったかは知る由もない。とはいえ、何回かは僕の知らないうちに二人で逢っていたようだ。
 あの日までは。
 別れの日だ。ケイコさんとではない。
 克也との。
 珍しく、その日は克也が僕を遊びに誘った。ケイコさんを紹介してからは、僕なんかそっちのけだったのに。
 裏の神社の横手には山がある。僕ら二人はよく昆虫採集などで登った。秘密基地なんかを造ったりしたのもこの山の中だった。
 日差しの強い日だったが、陽が暮れはじめてからは心地よい風が吹き、汗を拭ってくれた。僕らはその中を目的の櫟林に向かって歩いていた。
 兜虫。鍬形虫。黄金虫。目当ての昆虫たちだ。
 ちょっとした秘密の場所が在るのだ。毎年この時期になると二人で此処を訪れた。
 ひときわ大きい櫟の木。ささくれだった注連縄をその巨体に巻き、雨風に脆くなった紙垂を胴に張りつけた、神社の御神木である。
 御神木といっても、この木の元には一年に一度の御奉納で神主さんが注連縄を取り替えること以外、人は訪れない。訪れることを許されない。
 簡単な理由だ。
 その櫟の木が崖に沿って節くれた腕を延ばしているからである。崖が崩れないのも櫟の根が地中深く根付いているからであり、その根も所々崖の斜面から顔を覗かせている。
 虫の楽園と言っていい。我が物顔の連中を今年も僕らは捕まえにきたのだ。
 小さな竹林の中を、克也を先頭で藪蚊の攻撃を野球帽で払いのけながら一歩一歩踏みしめていく。
 その時だ。
 ケイコさん。林を抜ける辺りで克也がぽつりと呟いた。
「……え、克也何か言った?」
僕は叩いても叩いても皮膚に吸い付く藪蚊と格闘中で克也の声を気にしている余裕なんかなかった
 克也が僕の声に反応したのか、前方の暗がりを懐中電灯で照らす。
 青黒く浮かび上がる御神木の背後に、
 目の錯覚だろうか、僕は目を擦る。
 ケイコさん。
 こんな所に居るはずがないのだ。この山は結構深く、夏場でも夕暮れを過ぎると真夜中の様にその表情を変える。もっとも昆虫達の宝庫なのだが僕ら以外にこんな時間にうろつく人間は他に知らなかった。
 何処か変なものを感じた。確かにそこにいたのはケイコさんだった。でも……。
 懐中電灯の灯じゃない……。
 青白い燐光に包まれていた。眸も微かに光を帯びているように見える。
 人間とは光るものなのか。それに、ケイコさんの表情がいつか見たときみたいにぞくりと背筋に感じさせるものがあったのだ。
 僕に気付くとケイコさんはいつものような笑みを浮かべて手招きする。それすらも……。
「克也―っ!」
 反射的に僕は叫んで克也のほうを見る。
 克也は気付かないのか招く手のほうにふらふらと歩み寄って行く。
「行ったらあかんって! 克也。そっちは」
 そうだ。何故気付かなかったのだろう。ケイコさんが立っている辺りには、
 地面がない。切り立った……。
「ケイコさん……克也! 早よ戻ってこい。なにしてんねん。帰ろうって」
 僕の声は二人に届かなく、虚しく木立に吸収されてしまう。追いかけようとするがそれも叶わない。足が竦んで動けなかったのだ。
 正太君も。向けられた眼差しがそう語りかけている。
 駄目だ、克也……。
 不意に足が動いた。二人のあいだに割って入ろうと飛び出す。
 楕円の鋸葉が行く手を遮り、容赦なく僕の頬を切り裂く。
 さあおいで。
 思うように進めない僕の目の前で、ケイコさんはその手を開き克也を抱き寄せる。
 呼び掛けに応えようともしない恍惚とした表情の克也。
「嫌だ。何するのさ、克也を返してよ。連れていかんとってっ」
 僕の声は殆ど声にならなかった。ただ、胸の中を冷たいものが支配していくことだけがはっきりと感触として残った。
 一歩また克也が前方に踏み込む。
 克也の姿がすうとケイコさんの身体に溶け込むような錯覚を覚え、
 瞬間、目の前でクリスタルグラスが砕けるように飛び散った。無数の蒼白い光点が櫟の姿を一瞬、目に灼きつける。
櫟の残影が瞳から消え、ようやく顔を上げた僕の前に克也が浮かんでいた。全身、扁平な焔の粒に覆い隠されている。
 焔を宿した褐色の甲虫。
 炎垂れる。
 克也を隈なく包む蛍の群れが、波打つように蠢く。
 一度だけ私達は罪を侵す。どんなものも帳尻を合わせる時が来る。
 ならば、
 喪失したケイコさんの声が森に流れ、
 ならば、今宵が我らの宴のとき。
 その声になにものかが唱和する。
 僕の目の前で褐色が克也の瞼の裏へと蠢動した。
 それに合わせて侵入を開始する。
 唾液の零れる口唇へと。温かな鼻腔へと。耳の奥へと。
 図らずして克也の全身から程なくしゃりしゃりと音が響き始めた。
 咀嚼音。
 壊れた悲鳴。

 あの後、自分がどうなったのか覚えていない。僕は境内に倒れていたところを有志の青年団員に発見されたそうだ。気付くと病院のベッドの上だった。余程衰弱していたらしく、身体が退院後も不自由した。
 その後、僕の言葉で崖下を中心に捜索が行われ発見されたとき、克也はこと切れて腐葉土に埋もれていた。言い渋る大人から断片的に聞きもれたところに因ると、時期が夏場であったのと夜露の所為で、一部で腐敗が始まっていたものの、表情が分かるほど屍体は綺麗だったらしい。また死因は僕の思っていた事とは違う、頚骨の骨折によるものだったそうだ。
 ならば、あの夜見たことは僕の錯覚だったのか。しゃりしゃりと死を招く音を今でもはっきりと思い出すことが出来る。しかし、本当のことは分からない。
ケイコさんといえば、僕らが山に登った日、下宿を出ていたと母さんが言っていた。それきりケイコさんは戻ってこなかった。
 一度、あの後ケイコさんの部屋に入った事がある。生活感の感じられない部屋に、存在を感じることは無かった。
 本当に此処で暮らしていたのかと疑いたくなるほどに。こと切れた冷蔵庫の中で生温かくなっていたエビアンが唯一の存在を思い出させたくらいだ。

「……ねえどうしたの正太?」彼女が言う。
 別に、と呟き、視線を炎のかけらに向ける。まあ、一夏の思い出には違いない。
「どうしたのかしら、先刻から正太に纏わりつくように飛んでる、気があるのかしら」
 錯覚だろうか。
 また逢えたわね。目の前の蛍がそういった気がする。
 駄目よ、私の大事な人なんだから。知ってか知らずか彼女がくすくす笑う。
 僕は無言で指先に停まった蛍を握り潰した。


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2004.02.15

短編小説:幕間-或いは風の強い午後

 得てして人の家の台所は使いにくい。久しぶりに実家の台所に立った倫太郎の、これが正直な感想である。
 そもそも俄かに使う人間の心がけがなっちゃいないのだ。昨夜遅くまで台所に灯りがついていたのと、時折夜闇を劈く悲鳴(否、悪魔でも思わず尖った尻尾の先までピンクに染めるような罵り文句が正解)とを倫太郎は知っていたがその集大成、これを『耐震実験のあとです』言われて見せられてもきっと信じるだろう、台所はそんな惨状だった……。
 *
 窓を揺らす風の音で倫太郎が目を覚ましたのは、午後もだいぶ傾いた時間。
 部屋の配置がなんだかいつもと違うと首をかしげ、そういえば実家の客間にいるのに気づき頭をぽりぽりと掻く。お正月以来、大学が春休みに入ったので、大層に帰省するほどの距離ではないにせよ、顔見世と実家に昨日から帰っていたのだ。
 不愉快な目覚ましに苛まれることもないが、かといって全く起こしてもらえないのも時間を損した気分になるから不思議。そんなことを考えつつも部屋にいても仕方が無いので、あくびを共連れに人気のないリビングに向かう。
 誰にも起こしてもらえないはずで、ガレージに車がない。両親は何処かへ出かけたのだろう。折角帰ってもお客様扱いされるのは客間に寝かされることぐらいで、ほったらかしにされるのはいつもの事。いや、ちやほやしてほしいわけじゃない。むしろ逆だ。
 リビングに入ると隣の台所から焦げた匂いが漂ってくる。昨夜ちらりと垣間見た(聞いた)光景と、恐らくこれが結果なのだろう、そう思うとにわかに頭の芯が疼く。
 部屋の隅に置かれたケージの中で無心に甘えた声を出すミニチュアダックス(猫派の倫太郎が家を出たのをこれ幸いに企まれた計画的犯行)を放してやり、自分の顔を気が済むまで舐めさせてやる。と思ったがいつまでも気が済みそうにないので再び、千切れんばかりに振っている尻尾をケージに押し込む。
 嫌な想像はさておき、埒があかないので倫太郎は覚悟を決めて引戸をくぐり台所に踏み込んだ。まるで池田屋へ踏み込む近藤勇局長か、マルサの女の心持ち。
 踏み込んだ最初の一歩目は図らずも、ぬるっと倫太郎をつんのめりさせた。テーブルに手を着き何とか踏みとどまる。見ると靴下の裏には茶色の粘土状がこびりついている。
 それはダックスの粗相ではなく、思ったとおり女の子のお祭りの成れの果て。台所の香りを構成する大部分は焦げ臭い匂いなのだが、申し訳の奥底に甘いチョコレートの香りがする。   
 靴下を履き替え、今度は用心深くスリッパに足を突っ込み倫太郎は再び台所に立った。
 昨晩、妹君が台所にこもって格闘していたのは透明人間なんかではなく、慣れない台所でチョコを製作していたのだった。折りしも今日は聖バレンタインの祭日。昨年までは既製品で済ましていたようなので妹君には何かしら心境の変化でもあったのだろう。
 早速、換気扇を回す。空気中の苦い成分が徐々に薄れてゆく。シンク回りや俎板の下に刻んだチョコレートが落ちているのは兎も角として、部屋中ところかまわず飛び散ってるのは何故だろう。気になるが薮蛇は御免こうむる。倫太郎は余計な詮索はしないことにした。
 材料と思われる柚子のドライチップスを摘み上げる。妹君もなかなか渋い趣味をしていると思わず感心。見渡すと、ガスレンジには湯煎に利用したと思われる水の張った雪平鍋がかかったまま。用心して多めに残った板チョコレート、生クリームのパックや木べら、ミキシングボール、ハート型のアルミホイル容器などが食卓テーブルに散乱している。倫太郎の下宿部屋やバイトしている喫茶店《RAMPO亭》の厨房とはえらい違いである。
 喫茶店のアルバイトは給仕とばかり思われがちだが、《RAMPO亭》に限っていえばその大半が食器洗いだ。狭いカウンター裏で汚れた食器を溜め込んだら自分たちの身動きが取れなくなるだけである。洗い物が出次第片端から始末していく習慣が、台所回りに限定とはいえ倫太郎を片付け魔に昇格させていた。眺めているだけで指先がムズムズしてしまう。この家には後片付けをしてくれる小人さんが住まわっているとでも思っているのだろうか。やれやれ。
 台所を片付けるといっても、今の倫太郎は腰掛の食客と同じだ。いわば実家といえど他人風情の台所を弄くるのもどうかと思ったので、シンプルに夕ご飯を作るのに必要なスペース確保と道具類のみを救出と目標を小さく定める。
 *
 生クリームは倫太郎にとって高級食材の一つだ。喫茶店の厨房では扱っても自身が口にすることはそうない。包丁を持てる分、下宿ではレトルトや冷凍食品に世話になることもないが、書籍や熱帯魚(光熱費が大半)などの趣味にお金を使うことを考えればおのずと食事が質素になる。めざしにご飯ほどではないけれど、生クリームのように始終使わないものは家計簿にその名を連ねることが少なくなるのも事実。
 喫茶店メニューがレパートリーなだけに自炊にはパスタをよく作った(確かにクラブサンドなら或いは、主食にパフェをこさえるのもどうか)。保存の利くホールトマトを使ったトマトスパゲッティや、鷹の爪とニンニクさえあれば出来るペペロンチーノが主な胃袋の中身。
 生クリームパックの中を覗いてみる。底が隠れる程度、スプーンの大匙4杯くらい。冷蔵庫で大事そうにトレイ上で冷やし固められているチョコレートとの量と見合わないところから察すると大半はゴミ箱に消えたらしい。固まりかけた乳脂肪を前にしばし黙考。4杯程のクリームを後で使うとは思えないので、倫太郎は普段したくても出来なかった料理を作ろうと心に決めた。
 カルボナーラ。振りかける黒胡椒が炭の灰に見えることから別名炭焼きスパゲッティ。完成図を思い浮かべながら、料理に必要な他の材料を探す。ガスレンジ横にバージンオイル(油が劣化するじゃないかと倫太郎は眉をひそめた)。卵、パスタ……冷蔵庫の奥に隠しておいたパルメザンチーズはどうやら大掃除されてしまったらしい。どうも自分の部屋の台所にいる気分になると思わぬ落とし穴にはまる。倫太郎は散歩がてら近所の商店街まで足を伸ばすことにした。
 *
 春一番。電線がひゅんひゅんと風を切っている。
 寒さが温んで道行く人もコートやジャンパー等の上着を纏っている人は少ない。強風もまた頬に心地よい。台所の片付け作業でこわばった筋肉をほぐすために倫太郎は大きく伸びをした。
 さて、料理は想像力と度胸一発だ、とはRAMPO亭マスター談だが、倫太郎にとっては分量がすべて。
 長年の経験が腕に染み付いたマスターとは違い、足りない力量をカバーするために倫太郎は事あるたびにメモを取った。そう、倫太郎は片付け魔であると同時に稀代のメモ魔でもある。人数分に対する材料や調味料の分量、火加減を細かく把握していれば出来上がりのブレを抑えられるからで、料理本でよくある『塩少々、胡椒少々』の表現が倫太郎は嫌いだ。だからレシピメモには倫太郎なりの黄金率を記すことにしている。付箋やマーカーで彩られた大学ノートは倫太郎の一財産である。『お婿に行くときには絶対持っていくんでしょう』とカウンター越しに依子にからかわれた事があるが言われるまでもなく、もちろんそのつもりである。我ながら、硬くなったプロセスチーズを卸金で卸せばいいじゃないかとも思ったが、結局のところスーパーにも『パルメザンチーズ大匙2杯』の為だけに来ているようなもの。
 使いきりのベーコンとパルメザンチーズ。粗挽きの黒胡椒。土曜日の午後で少し込み合う、手押しカートの間を縫うように進んでいく。
 レジ前には普段見慣れないビターチョコレートにミルクチョコレートの山。ココアの缶、それにバレンタイン特集号の女性雑誌が平積みされている。今年はバレンタインイブとかで気の早い恋人たちは金曜の晩から。14日の本番、日曜日の後夜祭と過ごす人もいるわけで、当日の午後にこれだけ材料が余っていればお店は困るんじゃないかといらぬ心配をしてみたりする。まずは自分の中の覚気との結縁を解くべきなのに、と思わず苦笑。
 スーパーからの道行きに、バイト先の《RAMPO亭》の方へ足を向けてみようか。
 束の間、倫太郎はそう思った。行けばマスターがホットココアくらいはご馳走してくれるだろうし、旨くいけば誰かに会えるだろう。例えば同じゼミ生の操木依子などは《RAMPO亭》をメインダイニングにしているくらいだから。とはいえ会ってどうする? 実家に帰省しているのに、わざわざバイト先までバレンタインを目当てに行ったと思われるのも癪である。意地でも足は向けられない。またそんなことに気を回している自分も何だか厭だった。倫太郎はその意地が首を絞めている気もしていたが、なに、真綿で絞められる首なら絞められたって構わない。休校日のバレンタインに災いあれ!
 *
 水を張った寸胴鍋を火にかけ、そこに塩を一つまみ。風は止む気配なくますます窓枠を鳴らし、その都度、リビングで吠え声が唱和する。
 湯が沸かしている間に手際よくミキシングボールへ卵黄を2個落とし、生クリームの残りをあけ、封を切ったばかりのパルメザンチーズをスプーンで注意深く量り加え、絶妙のバランスと自己申告の塩、黒胡椒を振りいれる。かき混ぜた見た目はちょっとしたカスタードだ。
 BGMが欲しくなって卓上ラジオのスイッチを捻った。ほどなく、ちりちりとしたノイズの奥から、台湾人と日本人のハーフである女性シンガーの切ないバラードが流れ始める。
 背中で物憂げな歌声を聞きながら雪平鍋にオリーブオイルをひく。実家のフライパンは油と馴染んでなく直ぐに焦げ付くので、パスタを作る際には雪平鍋と倫太郎は決めていた。細く刻んだベーコンを投入し焼き目がつくまで炒める。
パサパサしてしまってカルボナーラは難しい、よくそんなことを耳にするが倫太郎には縁がない。卵と生クリームを火に掛けたフライパンで混ぜ合わせようとするのが失敗の元。
 卵白は固まるとねっとりとした食感を台無しにするのでそもそも倫太郎は加えてないし、ベーコンも別に炒めてクリームと和えたパスタと後で混ぜれば済む。
パスタを湯から揚げにかかろうとしていたら、聞き慣れたエンジン音が響いた。間を置かずして玄関が騒がしくなる。
「倫太郎ご飯作ってるのか? 気ぃ利いてるなぁ」父親の声だ。この親にしてこの子あり。
「お帰り。ちょうど今出来たところ。もちろん自分の分だけ」
 これでは鳶に油揚げを攫われる心境。目の敵とばかり、仕上げには黒胡椒をたっぷり。倫太郎はこれ見よがしに振りかけた。

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2004.01.19

短編小説:レイトショー

 例えば、二月の雨が凍えるほど冷たいのを自分ではどうにも出来ないことと同じように、ときおり、気を付けてはいても、ひと月に幾度かはどうしようもない孤独感に襲われる。不便なことに孤独はトマトソースの残りのように真空パックにして冷凍庫の奥に突っ込んで忘れることも出来ない。
 ドヴォルザークの《新世界》が緩やかに帰宅を迫るというより、閉館まで残る閲覧者の背にとっととお帰りくださいと、丁重な冷や水を浴びせかけている。さすがにたむろしている学生も数えるほどで、倫太郎は所在無く読んでいた英字新聞を目がろくに文字を追わなくなったのを機に、仕方なく両脇をトラノオが茂った、大学図書館のエントランスを潜り抜けた。
 乾いた冬の風を頬に受けたとき、目をしばたたくような孤独感に襲われた。それは海の底で横たわるような息苦しさ、胸を押す圧迫感。そんな孤独感は誰かと分かち合うようなものではないけれど、倫太郎は少なくとも、同じような寂寥感の持ち主を知っていた。
 コートのポケットに手を突っ込み、朝から放り込みっぱなしだった携帯電話を取り出す。放り込みっぱなしでも一向に困る事のない、それが現実。特に誰かから連絡を待っているわけでもないが、またもや倫太郎は途方に暮れてしまった。まぁいいさ、小さい画面に文章を打ち込む。細長い空気管の先を海面に突き出す。開けゴマ。それは倫太郎に取ってそんな儀式行為。

 拳の振り下ろし先は分かっているのだが、振り上げずに曖昧な笑顔で自分を誤魔化す。
 いつものこととはいえ、だからといって慣れるほど心は単純じゃない。執拗に茶髪証明の提示を求める中学校の教師のようだ。ごちゃごちゃとした室長の指摘。男尊女卑とまでは言わないけれど、年齢がそう幾つも違わない奴にキャリアの差で文句をつけられたくはない。少なくとも図面と費用を自分で調べて計上してみれば、どれだけ無理難題を押し付けているか分かるだろうに。図面一つ引けない奴が、と殺意も芽生えるが、我が物顔で振舞えるのもさすがコネクションの力って奴ですか。
『ああ、柏木君ちょっと』『低コストに』『わが社の信用』『査定の時期』『私の責任』……。
 君付けを止めさせたいとか、わが社ってお前の会社じゃないだろとか、責任って結局なすりつけてるでしょうとか。エトセトラ。エトセトラ。
 室長の貧困な語彙のマシンガンへ適当な相槌を打ち、オフィスを定時で飛び出す。サービス残業して会社に貢献するような殊勝な心持は20代で使い果たしてしまった。会社を思うほど会社は自分を思ってはくれないのだ。未由はくたびれた溜め息を付いた。
 座席を陣取り、念入りに手鏡を覗き込む女子高生の群れ。女性専用車両のどこにも自分の席はないと、ドア横の手すりに背を預ける。風潮に物言いたいわけでもない。ただ、慣れっことはいえ、一人何故か浮いてしまう寂寥感。未由はくすんだパンプスのつま先を見つめる。
 その時、未由の携帯電話にピンクのクマがメール着信を知らせた。

――ご無沙汰。映画に誘いたいですけど今週末にでも。まぁ忙しいんじゃないかって思うんで、都合は未由姐さんにお任せ。予定はどうですか?
――ホントお久しぶりネ。そうなのー 忙しいのー(>_<) 映画観たいけどなー。名取クン何の映画を観る予定?
――前に観たいって言ってたホラー映画の続編、封切りしてますよ。先週末から。他にお誘いがあったら考えるけど。
――残念。今のところ、お誘いありましぇん^^; あ、今晩なら空いてる。何時から?
――……今晩って^^; もちろんこちらも。映画は九時四十分からデス。じゃあいつも通り、蔦屋前のコンビニに九時でOK?
――はい了解。……また電車乗り過ごしたら現地集合ってことで(苦笑)では待ち合わせは九時位ということで。宜しくお願いしますm(__)m

 倫太郎は柏木を『姐さん』呼ばわりしているが、親戚でもなく、極道の妻でもましてや血の盃を交わした義兄弟でもない。倫太郎が三年ほど働いたコンビニエンスで朝シフトに入っていたのが柏木未由だった。その頃から年齢不詳の御姉様だったが、未だに実年齢は知らない。接客態度や物腰で30代であろうと推測していただけだ。倫太郎は特に知る必要を感じているわけでもなかった。二人とも趣味が怪奇映画鑑賞、と言って双方とも相当なB級、C級フリーク(要するに悪趣味なのだ)で、小劇場の情報や感想を述べ合ううちに、結局は一緒に通うようになったのである。
 倫太郎は柏木に映画フリークとして接しているので、便宜上に『未由姐さん』と尊敬の意を込めてそう呼んでいるのだった。
 冬時間で五時半に閉館しなければ、図書館で調べ物をしながら過ごせたのだけど、そういうわけにはいかない。待ち合わせにはまだまだ時間があるのだけど、どうしても腰が据わらなかった。時間の使い方に困ってしまう。
 パスタを湯がき始める。手際よく刻んだニンニクと鷹の爪でバージンオイルに風味をつけ、冷凍庫から真空パックを取り出して固形になったトマトソースを小さく刻みフライパンにあけた。次第に赤い気泡が浮かぶ。そこに朝から砂出しさせていたアサリを投入する。白ワインと塩胡椒。喫茶店でアルバイトしているから手馴れたものだ。湯がいたパスタをフライパンに加え、仕上げにポットで栽培しているバジルの葉を散らす。パスタの作る労力に見合わず無造作に食べてしまえるところが倫太郎は好きだった。
 早い晩ご飯を済ませて、と言っても夜更かし屋である倫太郎の時間感覚で言うところの《早い時間》だけれども。食器を流しに放り込み、そそくさと服を着替える。映画館の空調を頭に入れて選んだ服装だ。前回行った時は暖かすぎて隣で船を漕いでいた柏木を思い出す。深夜営業のファミレスであらすじを解説させられたっけ。一つ一つ部屋を見渡し指差し確認、忘れ物は無いか。
 本棚の上でろ過装置がこぷこぷと軽やかな水音をたてている。大丈夫、熱帯魚にもご飯はあげた。ライトは落とさなくても平気。夜行性のクーリー・ローチが喰いっぱぐれる恐れはあるけれど。多少の時間差はご容赦願いたい。待機電源の莫迦にならないご時世。湯沸かし器のコンセントを引き抜き、風呂の湯を抜く。下宿の狭い部屋だ。じきに確認するものもなくなった。先刻、流しに放り込んだ食器を丁寧に洗う。
 ようやく携帯電話のアラームがなった。時計の針は八時五十分を指している。
 倫太郎は二度、玄関の鍵を確認し、車に乗り込んだ。

 思わず早く駅に着いてしまった。とはいえ家に戻り荷物を置いて着替えるほどの余裕があるわけではない。
 両肩に食い込むショルダーバッグを下げながら、未由はショッピングモールのアーケードを潜った。蔦屋へ入り、地域の情報雑誌をめくる。最近試写会に行ってないので新しい映画情報を収集したいのだ。ひとしきりに目を通し、気まぐれに、読んだことのないミステリ作家の新刊を手に取り、あとがきから逆にページを繰ってみる。よほど気が向いたときにしかミステリなんぞには手を出さないので、特に問題はない。もし読もうと後に思い立ったところで、犯人が誰かなど、推理は二の次にストーリー自体を幻視して愉しむ未由にとって瑣末なことに過ぎない。最近、未由が通勤のお供にしているのはもっぱらクライブ・バーカーの《血の本》シリーズ。彼の作品はどれもスプラッタムービーを想起させる。総天然色の恐怖小説。だがあの黒塗りの表紙は未由を持ってしてもさすがに世間をはばかるので、ブックカバーは掛けたままだ。ゴーストモーテル、ミッドナイト・ミートトレイン。澄まして視線を落としていれば内容など他の客には見えないのだから。悪趣味? 大いに結構。
 携帯を見るともう少し時間がある。そういえばご飯を口にする間も無かった。本屋と対面のドーナッツショップの店頭から鼻先をくすぐる香りに釣られ、未由は店に吸い込まれた。
 揚げ立てドーナッツの香ばしい匂い。ココナツの香り。シナモンの香り。カカオマスのほろ苦い香り。蜂蜜の甘い香り。
 未由は昔ながらの素揚げドーナッツが好きだった。自分用にオールドファッション、ブルーベリードーナッツとチュロス。甘いもの好きの名取にも、フレンチクルーラーにカスタードフレンチ、ツイストドーナッツを。
 その場でポイントカードを削り、以前に貯めたポイントと併せ、弁当箱かランチマットか思うまま悩んだ末に、未由はランチマットを一緒に包んでもらった。


 九時くらいとメールでは言っていても未由は時間前にはコンビニでペットボトルを物色し終わっていた。
 時間通りに着いた倫太郎は車を降りて、窓越しに外を窺う未由に手を振る。
「お仕事ご苦労様。早かったですね」
「そうね、待ったのは10分ほど。すっかりお腹すいちゃった」未由はドーナッツの包みを持ち上げてみせる。
 恐縮した倫太郎が助手席側のドアを開ける。「じゃあどうぞ」
「お邪魔しますっと。荷物後ろに置かせてね。これドーナッツ。名取クン。ご飯食べた?」
「いつもながら軽くは」
「お得意スパゲッティ? ニンニクの匂いがする」
「そう、アサリトマトソース、バジル風味」
「一度食べたけど器用よね。いつでもお嫁にいけるわ倫子ちゃん」
「未由姐さんを旦那にするのだけは御免こうむりますけどネ」お互いに相手の手の内を知っているので、安物の西部劇のように簡単には挑発に乗らない。
「ツイストドーナッツ買ってあるよ。ちゃんと食べてくれなきゃ。というより一人で映画館で食べるのはゾッとしない」
「では遠慮なく」苦笑しながら倫太郎がエンジンをかける。
「どうしたの? 笑ってさ」未由が釣られて何となく微笑む。
「いえ、大学の大講義室での授業のときに、バレないからって女友達が毎回、プリッツとかチョコとかのお菓子持ち込んでて、そのお裾分けを貰ってたのを思い出して」
「むう。別に餌付けしてるつもりはないけどね。なつかないでよ」未由がこれ見よがしに眉をひそめ、また軽く片目を瞑ってみせた。
「ええ、僕も餌付けされてるつもりはありません」名取も切り返す。
「我慢出来ない、一つ食べちゃおう」未由がツイストドーナッツを摘み上げた。
「あ、それは」「何よう」「食べ過ぎて寝ないでくださいよ。説明するの結構骨なんですから」「あ、言うようなったなぁ」「……運転中にわき腹を突付かないでもらえますか」
 今夜行く映画館は郊外型のシネマコンプレックスで、ホラー映画を扱うのは珍しい。以前まであったホラーバッシングの時代を考えると、レイトショーの割引を狙って倫太郎や未由のようなフリークが通うには便利になったものだと思う。こういう時、車を持っている倫太郎には利がある。もちろん、未由が倫太郎を利用しているわけではない。全く利害の一致だ。とはいえ、満足の行くスプラッタ趣味の映画を観ようとするならば、矢張り、繁華街の片隅に埋もれた小劇場に通うしかないのだけど。
 いつの間にか、どうしようもない孤独感は薄れていた。結局は二人ともお互いが精神安定剤なのだ。映画は月に何度かの処方箋。
 風が強い所為か、フロントガラスの前方を雲が流れ、濃紺の空に一際火星が紅く映える。
「夜になると自然と血が騒ぐというか、怪奇趣味らしい」 
「じゃ、わたしは女吸血鬼?」未由姐さんがくすくす笑う。
「さしずめ僕はお供の狼男。何処まで送りましょう、お嬢さん」倫太郎の口調がおどける。
「年上をからかうと、君も一人身で無駄に年食っちゃうんだから」未由の鋭い眼光に倫太郎が肩をすくめる。
「では参りましょうか、姫。今宵も恐怖の館へ」倫太郎が未由の手をささげ持つ振りをする。
「うむ苦しゅうない」
 固く巻きつけたマフラーをほどき、座席シートに深く背を沈める。さながらの女王様は勝手知ったるカーラジオのボリュームをひねりつつ、FMの周波数を選び始めた。


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2004.01.02

短編小説:振り向くな

 瞳をそらせるように歩くのはこの時期、困難だ。皆がこの街の外観を気に入ったというが、どうも馴染めずにいるのは桜の季節ならいざ知らず、影さえも蒼く匂いそうな緑色と、そして……。
……どうして子供達はこういう事が好きなんだろう。教え子たちもそう。背格好からして低学年の仔ら。
問題なのは彼等の足裏から聞こえてくるぷちゃり、ぷちゃりという嫌らしい音で。
無邪気といってしまえばそれまでだけど、さも嬉しそうに歯茎をむきだして笑っている。そう、目の前にたたずむ子供達は桜木から落ちた親指ほどの毛虫を踏んで遊んでいるのだ。
花が咲いていればいざ知らず……、桜並木にあれほど賑わいを見せていた堤燈の連なりが今はなく、目を向けてもただ青々としげる若葉と子供達と毛虫が存在するだけだ。
ところで「蛇か、蜘蛛か」という一種の命題が存在することをご存知だろうか。要するに人間は苦手意識で二つの分類に分けられるものなのだと。
すなわち蛇……足のないつるりとしたものが生理的に駄目な人達と。
そして蜘蛛……ムカデなど足の多さに嫌悪感を感じる人達とに。
わたしは間違いなく後者だろう。どうも苦手なのだ。かといって蛇は好きかと問われればきっと返答に窮する。所在なげに視線を足元へ傾ければ煉瓦色に舗装された歩道に<彼ら>の群れが。わたしはあたふたと黒瞳を空中に漂わせた。
はあ、と幾度めかのため息。
『朝起きたグレゴオル・ザムザの気持ちはどんなだったろう』
<彼ら>がどうしようもなく気になるのは職務とはいえ先刻の授業でカフカの『変身』を扱った所為なのだ。そう思い、また考えている自分に気付く。
チリ……チリチリ……。
ああ、まただ。いつもとおなじ首筋で何かが弾けるような視線。
レーザー光線のように赤色を纏った視線。
恐る恐る振りかえりわたしは安堵した。さっきの子供達がわたしを見ている。自分でも気付かないうちに立ち止まっていたようだ。そんな女を怪訝そうに伺う子達。
いけない。振り向くことが最近なかば癖になってきている。
一人、リーダー格の子だろうか。がわたしのほうに近づいてきてニコリと微笑んだ。可愛らしい女の子だ。もみじみたいに可愛らしいこぶしを無言で突き出す。よく分らず「どうしたの?」と視線を向けると女の子が手のひらを開いた。
……黄色い粘液に包まれたそれは……。
正体を気付く前にヒールは勝手に走りだしていた。
カリヲシテルノヨオネエチャン。
奇妙に理知的な瞳を向け確かにこう彼女は言ったのだ。
……狩りをしてるのよお姉ちゃん……。
逃げる背中に子供達の無邪気な笑い声がぶつかって弾ける。

「だいたい、ひなって脆いのよねぇ。学生の頃もそうだったけど」
横で依子が口をもごもごさせながら言う。
…そんなことでよく子供達の相手なんて出来るわよね、などと云われることは逐一分かるのだが、口の端に餡子をつけたままのせりふじゃどうも有り難味が薄く自覚してるのだろうか、注意しても、だってここのは美味しぃんだからと口を動かすのをやめようとはしない。
「それとこれとはカンケーないよ」
「なんで? 一緒じゃん、精神的な問題っしょ」
「そうだけど……」
わたしは程よく焙煎された玄米の香り立つ萩焼を口唇にあてる。余談だがこの甘味処「安寿」のお茶はほんとに美味しい。なんでも自前でお茶っ葉を煎っているそうだ。好みでお茶の代わりに珈琲も出してくれる(案外、アメリカンと御萩は合うのだ)。
「ゲームのし過ぎ」依子がずばりと指を指す。
「え、なんで? わたし、あんまりそういうの詳しくないし……」ゲームが好きなのはあんたでしょ、これはわたしの独り言。
「じゃあ、視線は気のせい」あっさりと前言を撤回する依子。
「ひなの場合そうかもね、でもRPG世代ってゆうかさ、話に出てた小達はきっとそうだよ。なかなか出てこないと思うな。聞き間違いならともかく」
カリなんて言葉はね。
「難しいことも知ってるしさ、最近の小達。この前だって」くすくすと含み笑いをする。この辺で止めに入らなかったらポスト相手でも喋ってるだろう。
「そうそう、視線が気になるっていったらさ、こんな都市伝説知ってる?」
依子の瞳が妖しげにひらめく。また碌でもないことを……。そもそもこいつに相談事を持ちかけたのが失敗だったのだ。わたしはまた幾度めかのため息をつく。
「ため息つくと幸せ逃げちゃうよ」したり顔で依子がそんなわたしにとどめを刺した。


「女性に多いんですよ。自分の後ろに誰かいるのでは、という気持ちに四六時中苛まれる」もっとも、思春期に多いんですがね……医師であるその男は少し蔑んだような物言いをした。冗談じゃない、自意識過剰なんて言葉で解決しようとするのか。そんな事じゃない。わたしがいいたいのは。
あのバカたれ……勧められて入ってはみたがすぐに足を扉へと向けたくなった。
「今もあなたは視線を感じますか?」
さて、と医師はなおざりに聞いてくる。不自然に太った男だ。白衣を纏っているが生っちろい肌とあいまってそれが豚に見えてくる。わたしの訴えを自分は高みから聞いてやっているという態度がまるわかり、顔や胸に向けられたねちっこい視線はハセガワヒナコという人間を値踏みしているかのようだ。訪れるのは患者などではなく金を運ぶ客なのだと感じる、典型的な医師の気質。
「はい、感じます。背中から首筋にかけてちりちりとすすきの穂で撫ぜられるような感触が」
訊ねるだけ訊ね、男はカルテに記述らしい記述もせず生あくびばかり噛み殺している。
 あまりの杜撰さに立ち上がろうとしたその時、
……振向け……。
男の声が聞こえた。
辺りを見回すわたしを怪訝そうに見つめる医師。
「はあ、何か?」
……振向け……。
ああ、まただ。
「今、あのわたしに何か言いましたか」
「いいや、何も。話をしていたのはあなたでしょう」
心理カウンセラーにあるまじく、胡散臭そうにとうとう脳にきたかという顔をした。口元だけ笑みを浮かべているのがワザトラシイ。
――アゴラフォビア。――不意に宇宙人の言葉のように目の前の男が呟いた。
「アゴラフォビア、フォビアっていうのは恐怖性障害とでも訳すのかな、強いやつになると今にも死んじまいそうなくらい恐怖心に囚われるそうで。この場合アゴラは場所、広場なんかですな。ある特定の場所や人並みの中にいると精神に破調を来たす、しかし同じ場所でありこそすれ、あなたは何処でもかしこだ。そうなるとちょっと違う……」
少しはこの医師を見なおそうかと考えた。医師らしいこともいえるじゃないかと。医師全体がそうなのか、この医師だけがそうなのか嬉しそうな語り口はまったくの講義口調。
わたしの様子などおかまいなしで口唇の端を歪めながら先を続ける。
「ここで本題、スコポフォビアというやつだ。これは人に見られるのを畏れるのであって、あなたみたいに視線を感じるのではない。見られることが絶え難い苦痛なのだ。あなたは振り向こうとするが振向けない。いっそ振りかえってみたらどうです? 正体がはっきりするでしょ」
あろうことか目の前の男はハハハと嗤った。真剣に相談してるのに。
「……まあ一応、精神安定剤と睡眠薬を処方しておきますね。今はぐっすりとおやすみなさい」お大事にとの声とは裏腹に、医師の視線がもう、出て行けと無言で訴えている。
医師らしいことをいったかと思えば、結局小難しいことを並べ立て茶化しただけだったのだ。果して聞こえるだろうか。わたしはロゥヒールの踵をリノリウムの床に音高く叩きつけた。
わたしは視線が怖いんじゃない。振向くのが怖いのに。
世界が世界でなくなるのが怖いのに。
長谷川比奈子という存在が無くなってしまうようで怖いのに……。

視線を感じるのは仕事場の中、往来で、風呂場で、何気なく入った本屋の中で。いつも。そういつもだ。
最初は教頭か誰かのセクハラかと。しかし何か違う。耐え難いほどの振り向きたい衝動にかられる。しかし振り向くのは容易でない。もしかするとそれは人ではないかもしれない。そんな時思い出すのが、いつか依子が口にした都市伝説。『なぜかしら後ろにいる、存在するのを確実に分かってしまうときがある。だとしたらそれは幽霊なのだと。』
もっと早く聞いていれば多少の気休めになっていたかもしれない。ただの妄想であればいいのに。
始めはまだコートの手放せない季節だった。

振り向くとまず最初に目に飛び込んだのが、そう。見知らぬビル街の谷間に沈み往く大きな太陽だった。それはやっと歩き慣れ始めた並木通りではなくて……。
我に返ると周りの人間が怪訝そうな表情で傍を通りすぎてゆく。
太陽と共にあるのは小さな、ほんとに小さな芥子粒のような。しかしそれは何なのか。その正体に気付いたのは既に最近ではない。
視線を受けるたび振りかえるそれの繰り返し。
彩るのは緋色。トマトジュースの赤。鉄錆のような赤。神経を傾ぐ赤。赤、あか。
全てが赤い世界。ビルの壁も、駈け抜ける風の匂いも、私の指先も……。
きっとふさわしいだろう。もし終末がこの先の世界に存在するのなら。
そして、わたしを射抜く視線をも恐らく赤いのだ。
人間の持つ根源的恐怖とは畏敬の裏返しであるという。例えるならあの世界の赫はまさしく畏敬の色だ。通過儀礼の色なのだ。わたしはふと、始めて見た自分の太腿を伝う経血の紅を思い出していた。
正体は何なのか? わたしの背中を、首筋をちりちりと穿つのは。ああ、あれは人なのだと。何度目かの逢瀬で気付く。やはり妄想じゃない。何かがわたしの後ろにいる。
依子が言っていた。そんな時振りかえっちゃ駄目だよ。何かはわかんないけど振向かないのに人がいるって判ったときはそれはもう人じゃないんだって。
人以外のもの。しかしわたしはもう振りかえってしまった。
 世界に魅入られてしまった。
視線と一つの情景は結びついていた。振り向いた先の延長線上にそれがあったというのが正しいかもしれないが。
ハロウィンのジャック・オー・ランタンのように虚空に浮かぶ太陽。
これは黄昏だ。夕日を受けて紅に染まるビルヂング街。
果して周りの人間は気付かないのか。後ろの大きな太陽に。見知らぬ情景に。そして?々と晄吹き零れる双眸に。
始終、気になっていたのはこの男がわたしに向けていた視線。
わたしをどうしても振り向かせたい男。


周りが気が付かない振りをしている様に見えるのは気のせいだろうか。
ほのめく陽炎のようなあの男もわたしに似て何かに追われるような形相をしていた。異世界でわたしと同じ境遇に身を置いた男。
なにか口を動かしてわたしに言おうとしている。何なのか、わたしには聞こえない。
いつでも振向けば虚空をたゆたう巨大なほむらは沈むことなくその場に在りつづける。茜に燃え立つビル群に佇む独りの男もまた……。
まるで砂時計のようだ。振り向くたびこの世界と向こうの世界との比重が傾いていく事に気付く。
以前は芥子粒ほどの大きさだった男が重ねる毎に大きくなっていく。いや、わたしがだんだん近づいていくのか。
ああ、街が夕闇に呑み込まれてゆく……。

今日もまただ。毎日の様にあの子達がいる。いつも見ていると<踏み潰す>という行為が何だか儀式めいたものに見えてくる。あたかも罪人に断罪の鉄斧を振り下ろすように次々と狩っていく。少なからずあの子供達にしか分らないような意味合いが実際のところ存在するのかもしれない。そしてまた習慣化しつつある<振向く>というわたしの行為も……。

 ぞくりとするのは獲物を見つめる目だと意味するからなのだと、そして男が手にしているナイフの存在に気付いたのはいつだったか。
それは斜光の如き赤い兇刃。
落日と真っ赤な視線が振り向けとわたしをさいなむ。
振り向く毎にその距離は確実に縮まってきている。
見るな、振り向くな。ただそうすればいい。
でなければ、あともう少しで男の振るう刃先がわたしに届く。
苦痛しか伴わない行為など……。もう振向かないでおこう。なにもかも忘れてしまえ。
或る日視線が不意に途切れた。いつも感じているものが途絶えるとおかしなもので少し落ち着かない。
それでもじわじわ解放されたのかという気持ちが先立ち、張り詰めた緊張感が次第にほぐれてゆく。
あの男は去ったのだろうか、わたしを<見る>視線の持ち主は。
――確かめてみたい……。
 わたしにとって耐えがたいユウワク。
ちょっとだけなら、ほんの一瞬だけ……。
 「振りかえっちゃ駄目だよ」と友人の声が脳裏をよぎったのに、
わたしはゆっくりと振りかえってしまった。
『何かはわからないけど人じゃないんだって……』
あの子供達も、苔むした煉瓦も、人の往来も、何もかもが視界から流れ、消え去ってゆく。ただあるのは、わたしに見えるのは……。
真っ赤な落日。
紅く映えるビルヂング群。
件の夕陽に染まり男は全身を真っ赤に燃え立たせている。
チリ……チリチリ……。
ブラウスの胸で弾けるのはレーザー光線のように赤色を纏った視線。
ああ、何てことだ。はたして、
彼はすぐ後ろにいたのだと。
男の携えた刃が落日の晄を放射させつつわたしを狙う。
その容貌に狂気は感じられなかった。
頬こけた表情に何かを感じられたとすればそれは、
苛立ち、焦燥、そしてこちら側世界への飽くなき渇望。
刹那。わたしに避ける間などなかった。
 振り上げた彼の右手が白金色に鋭く閃き、瞬く間にわたしの胸に吸い込まれ朱を穿った。紅点が滲み、何かが堰を切り吹き出ようとするのがわかる。
「やっと……代わ……!」
悪戯を見つかった少年みたいなばつの悪そうな表情を浮かべ、彼の口唇がなにか形作ったように見えたがわたしはそれを最後まで聞き取れなかった。
わたしの身体から吹き出た朱色は痛覚を与えずに大気の赫と交じり合う。それは然も連綿と続いていたかのように溶けこむのだ。
ああ、この世界はこうやって生まれたのだな、と。暢気にもそんなことをわたしは漠然と考えていた。
そして幾ばくかの瞬間のあとに男の姿が夕闇から薄れゆき、わたしの体が夕闇へ引きずり込まれる……。
人の群れの真中でわたし一人消えたとしても何の関心すら抱かず、いつもどおり何事もなかったかのように人々は往来を行き、またその上を太陽は燦燦と照りつけている。
 唯一、野良犬だろうか。クロブチのある犬がハセガワヒナコの存在していた空間をしばらく見つめていたが、不意に後ずさると尾を股ぐらに巻き込んで走り去ってしまった。
大事もなく人の世は紅玉から碧玉色へと移り変わり、夜の王は漆黒のマントを広げ……。
 どの位経っただろう。気がつくとわたしはあの街にいた。沈み往く太陽をせおい。
咄嗟に胸を手でさすってみたが血もでておらずブラウスに傷も付いていない。ほっと安堵のため息をつく。
 ――思い至らなかった。造られた都市伝説……。恐らくは皆知っていたのだ。だから視線を合わせないように、関わらないように、わたしもわたしだ。せっかく友人が忠告してくれたのに。
連綿と続く都市の怪奇。
永久に暮れることない黄昏の王国、輪を繋ぐものだけの世界。
そして逢う魔が時…。
誰に聞いたわけではない。今では本能的にルールを理解していた。あの男と同じように誰かを代わりに据えるのだ。幸いにわたしの姿は向こう側には見えないようだ。特定の標的以外にはそうなっているようだ。
どうやらこの街にはわたしの他に誰もいないらしい。あるのは荒廃した瓦礫の山とビルヂング街。そして谷間に浮かぶ落日。その全てが悉く赤かった。
 ――乱杭歯の如く林立するビルの谷間からのぞく爛れた果実のような落日に背中を追いたてられるくらいなら毛虫の落ちてくる並木のほうがよっぽどましだ。
――並木の子供達のほうがよっぽどましだ。
依子などはわたしをバカにするがわたしにも現実認識能力ぐらい人並みに備わっている。
 気違いじみた太陽の色に感動するような美的センスも持ち合わせていない。
 ――早くここから抜け出したい。
 だが、出て行くには? 抜け出すにはどうしたらいい?
あの男を思い出す。わたしをここに送り込んだ張本人のことを。人を殺めるんじゃない。代わりは幾らでもいる……、これはわたしが助かるために必要な儀式なのだ。
仕方ない、わたしは覚悟をきめた。
そしてまず最初に天真爛漫な依子の眼鏡顔が浮かび、
思いなおした。
『ロールプレイングみたい』なんて依子がこの状況をみたら言うだろうな。なんて思う。
わたしと入れ違った男はどうやって標的を決めたのだろう。
必然だったのか、偶然だったのか。
いや、きっと理由など。あるとしたら自分の《レーゾン・デートル》存在理由ではなかったか?
髪の毛も、ほんとは黒のジーンズも、つま先も、そしてわたしの影さえも、
今はなにもかもが赫くて。
わたしはウフフと嗤った。
……後腐れなんか遺さないよう、標的はなるべく自分と関わり合いのない人物のほうがいい。どうせならと脳裏にあの医師の顔が浮かぶ。
こちら側の空気にでも酔ったのか意識が高揚していた。小動物を捕食する野獣になった、いやメフィストフェレスとの契約を取り決めた小市民の気分だろうか。

今のわたしは怯えや狂気の色から程遠い。窮めて冷静に。しくじっては元もないのだ。
これからどうしてやろう。瞳が大気を吸いこんで赫く晄を穿つ。
意識すると眼前に広がる朱のベールにその姿は映し出された。どうやら獲物は気付いてないようだ。あの汚らわしくも白い肉塊。医師らしくない事がひいては医師らしく見せているあの男。
さあ、時間だ。そしてわたしは思い至る。
無邪気さゆえの残酷な言葉。
『狩りをしてるのよお姉ちゃん』
ヒト狩りとケムシ狩り。そう思えば何でもない。
ぞくりとした。
これは落日を背にした壮大な狩りなのだと。
『狩る』行為に罪悪感などいらない。わたしは傍らに落ちていた陽紅に輝くナイフの柄を握りしめる。

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2003.12.27

短編小説:カモナ-ヘルハウス

 余は思ふ。生れ落ちたとき既に、余は此の屋敷に居たのだと。故に此の屋敷の主であるのだと。余に名前など無い。此の屋敷に於ひて余が全てであり、余に分からぬことなどないのであるから。名など余にとつては必要としないものなのだ。此の屋敷はいつからあるのだらふか。心無い輩どもが屋敷のことを猟奇の館などと呼称してゐるのを耳にした憶えがあるのだが、余の創造主は其の名を甚く御氣に召してゐるやふだ。不逞者どもも時として口上とは裏腹に「にゅうかんりゃう」とやらを貢物として余に差出しにくるのである。どんな恐怖に身を任せるかも知らずに。
 輩どもは喜喜として訪れる。切妻屋根の壊れた破風は一切の光明を拒絶し、崩れた天蓋からは明星すら見へぬ。日の目を見ない此の屋敷の番ひが頸骨のやうにきしりと傾ぐ。黴臭き囘廊に微かに響く絹を裂ひたが如き悲鳴が余の耳朶を心地よく擽る。犠牲者が亦一人。博士の仕業であらふ。氏は余の配下であり、亦優秀な同胞でもある。氏も亦創造主によつて形作られぬ。頬こけた髑髏を思はせる顔。黯黯とした其の眼窩からは肝胆凍えさしむる太き針が突き出て獲物を威嚇する。鉤爪の右腕と小刀の左腕。双方を噐用に振り囘し仕事をぢつに樂しんでゐる。フロツクコオトを身に纏い、右腕のフツクで山高帽の鍔をひよいと頸毎持上げるのが御得意だ。おつと、風船が破裂するやうな音が六囘。其れに合はせたかの黄色き悲鳴が迸る。六腕の銃男だ。氏は博士の友人であり、亦余の良き同胞。彼も不逞者どもを叫喚さしむるのが心底愉快に見へる。連中どもの悲鳴は余に付き従ふものにしてみれば何物にも代へ難き喜び、どんな極上の美酒にも優るものなのだ。我等に捧げられるものは人の恐怖。其れを与へるのが余達の生業。そんな余達にも不満は有るのだが創造主には届かないやうだ。
 悲鳴。悲鳴。悲鳴。余達の同胞は力加減を知らぬらしひ。恐怖とは程よい方が好いのだ。余りの恐怖は時として感覺を麻痺させ、其の感情自体が磨耗するからである。さうなると我が玉座に訪れる頃には身を震はせるやうな感覺を失つた連中が事も無げに、時には薄ら哂ひまで浮かべてゐる不敬な奴も居る始末。詰り、余との謁見を拝すまで余り怖がつて貰つても困る。樂しみが無くなるではないか。
 亦悲鳴。是は吸血鬼伯爵殿の手に因るものであるのか、或ひは惡夢街の殺人凶の御仁か。其れとも未だ見まへぬ同胞か。
 いづれも其の腕に鈍りはない鋭才兇手の兵揃い。余もそろそろ自慢の大鎌を研がなくては。此の際、闇に塗れた屋敷の饗主が誰であるのかはつきりさせておかなくてはならぬ。だうも最近不調氣味に思へる。永き年輪が余の身体を侵食してゐるのであらうか。ぬらぬらとした黒光る鎖に拘束された余の背がぎりぎりと軋む。創造主は余に自由を与へてはくれなかつた。余に出来ふることと云へば、粘塊の如き濁つた緋色、血肉色の腕を振るふことと、うじゃじゃけたる乱杭歯を侵入者どもに剥きだす位のことなのだ。往年の姿態はいまや此処にはなく、自慢の鎌を振るふ腕すら儘ならぬ始末。余は切に望む。丗界が此の屋敷のやうに混沌としてゐた頃の、まやかしの昼など存在せず、百鬼が夜行する大禍つ時。余が生れ落ちたあの時代の、余の身体を……。


 最近客の足が減ったと思うのだがどうかね? と、腹の辺りのボタンが弾けそうに肥太った男が、半ば糾弾するかのように詰め寄った。空調が効いているにも拘らず、忙しなく脂の浮いた額にハンカチをやりながら。その男、竹尚は横の暗がりを歩く同伴者、形代に殆ど謂れのない中傷までを含んだ言いがかりをつけていた。時折空いた手で猪首に巻いた安っぽく輝くゴールドチェーンを弄ぶ。この男の相手に形代はうんざりしていたが一応の雇い主に文句を我慢するだけの理性は辛うじて残っていた。
 アトラクションとしてはまるで無意味だ、子供の児戯だと竹尚は指差す。その方向に色褪せた怪物がいた。樹脂を押し固めて形作った見世物。ぎくしゃくと緩慢な動きで目の前の通路をゆく入場者をセンサで感知して一定の範囲内で腕や首を動かし牙を剥き、捕食する肉食獣の爪のような大鎌を振るう。
 今は色褪せても当時の形代にとっては当代一、最高の傑作物だった。
「毎年の様に経常費が削られる。予算が出ないことには新たに製造する事が出来ないのです。それにあの子達は貴男が造らせた物じゃあないですか。九十年代のバブル経済の頃の資本に任せてハリウッド映画のモンスターを我が遊園地にも導入しようと私に話を持ちかけた。映画の中の悪夢を銘打った怪物を造れと」
「ふん。しかし客が来ないのはお前の所為だ。注文どおりにお前は造ったか? 客のニーズに沿わんから誰も見に来んのだ。数字が全てだ。客の入りが右肩下がりに目に見えて落ち込んでいる。どうせならこんな屋敷なんぞ更地にしてジェットコースタみたいな絶叫アトラクションにした方が客の入りも良くなる」竹尚が忌々しそうに館の住人とその製造人を交互に睨み付ける。芋虫の様な指が首に食い込みそうなチェーンを引き千切らんばかりに捻り回している。
 馬鹿馬鹿しいと形代は思った。こんな議論続けるだけ無駄だとも。
「それで、私にどうしろと。屋敷と心中して一緒に辞めろとでも仰りたい?」
 単刀直入に半ば溜め息まじりで竹尚に言う。敗者の溜め息ではない。むしろ詰まらない言いがかりをこうも吐き出すことが出来るのか、との呆れて出た溜め息なのだ。
「あ、辞めてしまえ。それが出来なきゃ首吊って死んでしまえ」唾を吐きかけでもするかのように竹尚が噛みつく(実際、竹尚の体温に感応し、肋骨を剥きだして腕を突き出すゾンヴィーに痰を吐きかけたのだが)。自分の経営手腕は棚置いて売上の減少を筋違いにも形代にぶつける。ホラーハウスに殆ど憎悪に近い感情を抱いているようだ。ひとくさり文句を言うと竹尚は突き出た腹を揺さぶり、さっさと出て行ってしまった。
 両生類以下の粘着質な男め、潰れた牛蛙め。と、こちらもひとくさりの呪詛を吐くと、形代はふうと疲れた溜め息をついた。竹尚が作品に理解を示さないのと同じに、形代にも資本家という人種が理解出来なかった。この遊園地も竹尚の父の代からの仕事だが、あの頃は良かったとつくづく思う。
 確かに恐怖の磨耗は在るのかもしれない。時代の移り変わりに従い恐怖の質も変革を強いられて来ているのかも。自分の感覺は既に時代遅れなのかも、と。しかしこうも思う。瞼を閉じると今も鮮やかに浮かび上がる極彩色の如き……あの頃の、自分が若かった頃の、夜の四辻を曲がるあの感覺。夜半に目覚め、一人で厠へ向かう廊下の向こうにわだかまる深い……深い闇。ねっとりと皮膚に纏わりつくような質量を持ったあの黯黒を。百鬼が夜行する、逢う魔が時。これを肌で知っている者にとって、今の夜の電飾ネオンを知る若い世代こそが恐怖を追い遣っているのだと。 
「なあ、どう思う? お前は」
 形代は壁に張りついている恐怖の王を見つめて肩を落とした。
 当代の自慢だった爬虫類の皮膚質を具えた血肉色の怪物は、錆びた大鎌を振り上げることもなく感度センサを仕込んだ黄色い瞳で静かに、彫刻刀で削った様な年輪を刻んだ形代の老いた顔を見下ろしている。主電源が落とされたらしい。非常灯の仄かな灯りの下で懐中時計が閉館時刻を指していた。
 お前こそどうなのだ、と逆に問いかける声が聞こえて来そうであった。
 形代は我が子を慈しむ様に緋色の主の腕に掌を添える。光沢の消えた樹脂肌には無数のひび割れを窺うことが出来る。往年の艶やかに濡れた様な肌は此処には既になく。
 目の錯覚だろうか。館の主の情念か、ひび割れた緋色の樹脂肌から陽炎の様に何かが染み出て薄闇に滲むかに溶け込んでゆく。形代はそれに気付くことが遂になかった。
「私と同じように、共に過ごしたお前達も歳を取ったということか……」
 まあ時代かもしれん。あの頃は良かったなどというのは年寄りの愚痴にしか聞こえんからな。老製造人はもう一度、物言わぬ往年の主を見上げると、ホラーハウスを静かに去った。


 雨が近いのかもしれない。生温い空気が身に纏わりつく。竹尚は顔を顰めた。
 いつでも夏は竹尚を不快にさせる。立っているだけで汗が間断なく噴き出す。竹尚は手にしたポリエチレン缶を足元に置くと、半袖シャツを引き千切るように捲り上げた。額を拭うハンカチは既にぐっしょりと濡れそぼっている。
──火を点けて燃やしちまえば保険金も入り更地も手に入る。なあに証拠を残さずにおけば済むこと。例え残ったとしても支配人が放火したなどと誰も思うまい。
──親父の代からだと一寸甘い顔をしたらこのザマだ。
 竹尚は閉館後のホラーハウスの前に来ていた。アトラクションとは分かっていたが人の気も無く、陽の落ちたこの時間には竹尚の眼に禍禍しいものの様に映る。竹尚は気を取り直すと一層、ポリエチレン缶を持つ手に力を込めた。屋敷へと足を踏み出し、屋敷の柵鍵の位置を手でまさぐる。
 腑に落ちない。清掃人は鍵を確かめたと言ってなかったか? 屋敷とパークを隔てる鉄柵には鍵が掛かっていなく、竹尚は屋敷内にすんなりと侵入することが出来た。
 試みに屋敷の扉を押してみる。こちらも錠前が外れている。まあいいさ。不可解とは思ったが竹尚は、怪物に扮する入場券のモギリ不在の改札口を通り、暗幕を抜けた。
 普段なら恐怖の演出として微かに照明が燈されている屋敷内も、流石に電源が落とされ肺腑すら冒す程の濃密な黯黒に満ちている。ふん、馬鹿馬鹿しい。と自らを鼓舞するよう呟くと、竹尚は懐中電灯のスウィッチを捻った。ほどなく弱弱しい明かりが前方の漆黒を照らす。
 水のようにふっと空気が揺れた。喘ぐような嬌声。ヒトの気配。
 客が未だ残っているのか? 今時のアベックは暗がりと見れば直ぐにくっつきやがる。それに不埒な連中がホテル代惜しさに人気無い建物に不法侵入して……そんな話も小耳に挟んだことがある。ゴシップ雑誌のネタにありそうだ。もしそうなら高い金でも吹っ掛けて脅してやるとするか。そんな考えが竹尚の頭をよぎった。いや、腰抜けな若造を恫喝して、そいつの女を目の前で嬲ってやるのもいい。どんなことでもお好み次第。知らずのうちに唇が狡猾に歪む。どうしてくれよう……。
 音を立てないよう静かに近寄る。無論、いきなり胴間声を張り上げることで闖入者の機先を制してやる為だ。竹尚は電灯を消し門口からそっと覗き込む。だが対の目に飛び込んだそれは、吐き出す筈の呼気を思わず呑み込ませ、声が出そうになるのを堪えさせるものだった。
 ヒトデナシ……。
 其処に存在するのは、幽かな明かりに舞っているのは……。
 透き通る漆黒の麗人。豪奢なドレスを身に纏った貴婦人が其処には存在した。人間ではない。精巧に模られた等身大の人形だ。その口元で何かが蠢いている。髑髏を思わす顎を打ち鳴らし神樂を貪るかの如き声をそれは立てていた。あれは、あれは確か形代が『博士』と呼んでいた恐怖映画の人形ではなかったか? 五十センチ程の丈をした人形が時折痙攣をするかのようにびくびくと身体を揺さぶり、その都度震えるフロックコートから突き出た鉤爪から機械油が滴る。
 髑髏の顎からきしきしと漏れる淫らがましい音。身を齧られながら喜んでいる様に見える。
 異形の風景。いや、この屋敷にこれほど相応しい風景も在るまいか。
 一体何が……。竹尚は自失の中にいた。しかし、しかしだ、あの見慣れない女マネキンなんぞ俺は造らせたか? イキモノの様に蠢く怪物を形代が造ったとでもいうのか?
 
 からん。
 
 異形の光景に目を奪われ思わず竹尚は懐中電灯を床に落としてしまった。硬質の接触音がにわかに広がり、衝撃で懐中電灯のスウィッチが入る。
 し……まった……。声に為らない呟きとどちらが早かったか。
 刹那、眩い光線が辺りを支配し、そして直ぐに全てが元の漆黒に吸い込まれる。
 その数瞬。
 仄闇を人型に切り取ったかの様な麗人が振り向いた。その口には怪しの血に塗れ、呪縛するかに竹尚を視線に絡め取ると艶やかな毒花の如き笑みを零し、
 すうと薄闇に溶け込んだ。
 
 からん。

 その音で魅入られたかに立ち尽くしていた竹尚は、ふっと我に返った。何かが爪先に当たり、手探りで拾い上げる。最前の懐中電灯だ。何度スウィッチを捻っても燈ることなく、どうやら最期の煌きを放って事切れたようだった。
 こう暗くては代わりの明かりが要る。仕方なく竹尚は尻ポケットから火種に取っておいたマッチ箱を取り出した。が、どれも湿気を含み使い物にならない。「この畜生めっ!」竹尚は罵り声をあげると、見えない誰かの首を締め上げるかに箱を握り潰した。つきたくもない溜め息をつく。いや、喉奥から獣じみた唸り声が漏れ出たの方がより正しいだろう。
 無駄だと思いつつ目を凝らしてみるが、鼻先に擡(もた)げた掌さえ判別のつかない、自らをも包み込む黯黒に先程の気配など微塵も感じ取る由もなかった。
──今のは何だったんだ? 俺は熱で浮かされでもしたのか。
 竹尚はこの屋敷内にどんな怪物が造り置かれているのかを知っている。先程見たモノは記憶の抽斗には無かった。まるで、まるで性質の悪い悪夢を切り取ったような。
──とにかく計画は中止だ。見つかる前に屋敷から出なくては。でも見つかるとは誰に?
 頭では分かっていた。早く此処を抜けなくてはと。しかし……。
 焦れば焦るほど身体が言うことを聞かない。
 竹尚の胴元を透明な蛇が締め付けるかの様に、もしくは水中にいるような錯覚を催させる程に、漆黒は尚も色濃く、手を伸ばせば掴めるほど固体と化した闇。
 足元に置いた筈のポリエチレン缶すら分からない。爪先で探っても、それは虚しく空を掻くだけ。元からその場に存在しなかった物のように。
──落ち着け。俺はどうすれば此処から出られるか道筋を知っている。何のことはない。夜が明ける前にまた取りにくればいい。証拠品など。取り敢えず出ることが先決だ。
 記憶を辿れ。確か此処には『パペットマスター』の自動人形があった。その右手の通路の脇には『エルム街の悪夢』のフレディ・クルーガが長い鉄爪を音高く鳴らしていた。そしてその横道を左に抜ければ非常口が暗幕の後ろに在ったはず。そうだ非常口を目指せ……。
 たかが人形だ、人工物だと分かっていても竹尚に向けられた沢山の物言わぬ視線を意識せずにはどうしてもいられなかった。そしてそのことが訳の分からない焦燥感を呼び込む。
 窒息しそうな闇を掻き分けるように、何かに追われるかのように竹尚は先を急いだ。
──こんな思いさせやがって。時代遅れの廃物置き場め。出られたら誓ってこの手でぶち壊してやる!
 罵った後、そもそも『出られたら』と前提に考え巡らせている己の弱気に竹尚は怖気を覚えた。莫迦な。出られるに決まっている。閉塞したこの空間は……この屋敷は竹尚の心臓を容赦なく痛いぐらいに鷲掴む。子供の頃に帰ったようだ。竹尚の心臓が早鐘の如く収縮する。自分の耳に鼓動だけが響く。
 灯りが見えた。仄薄く緑に発光する常夜灯の明かり。思わず駆け寄り、通路を覆い隠す暗幕を勢い良く撥ね除けた。ステンレスの扉が目の前にある。その向こうにまたヒトの気配がした。何がいようと構うものか。現実だ。俺は狂っちゃあいない。竹尚は自らを鼓舞し、思い切って扉を開け放った。
 こじんまりとした部屋が目の前にあった。机と椅子、ほんの数秒前に誰かが此処に存在したと思える程、濃厚な気配が染みついていた。
 こんな所に部屋などあったか? それとも単に思い違いか。竹尚は心の中で問答を繰り返し、頼りげない脳裏の図面と照らしあわそうとする。……俺はこんな部屋など施工させたか?
 ふと異質の臭いが鼻をつき、部屋の隅に目をやる。竹尚は大きく目を見開いた。そこには先刻見失った筈の竹尚のポリエチレン缶が置かれていた。一角から灯油の臭いが零れている。
 何故こんなところにある? 竹尚は缶に手を遣ろうとし、その時、缶に黄ばんだ紙切れが張り付いているのに気付いた。文字がのたくった紙切れというより、或いは何か得体の知れない獣皮のように思えてくる。目を通すと竹尚は折れんばかりに歯軋りを立て、それをぐしゃりと捻り潰した。
「やうこそ、余の屋敷へ。歓迎する。ひねくれものには心地が良いだらふ?
 追伸・火の始末にはくれぐれも十分に注意を……」
 たった一行ばかりの文章であったが、竹尚を逆上させるにはそれで十二分に過ぎる程だった。
──全ては形代が仕組んだことか。俺に言われたことを恨んでのことに違いない。ふん。丁度いい。そういう心積もりならば屋敷と一緒に引導を渡してやるぞ。地獄を見せてやる!
 自らの常軌を逸した行動理念には何の疑問も持たず、ただ、怒りをその場にいない形代に向けて鼻息を荒げる。元来、竹尚はそういう男だった。そして勢いに任せて猪突、通路へと身体を乗り出した。

 闇の粒子と共に鼻を刺す臭いが竹尚を出迎えた。黴臭いヘドロの臭い。魚の腐臭、糞尿の臭気、獣の臭い。硫黄臭。そのほか竹尚には分別することの出来ない、ただ不快感のみを強要する名状しがたい臭いが綯交ぜになって竹尚に這い寄り、そして吹きつける。
──何だこの臭いは? それに……。
 竹尚は改めて周りを意識した。周囲に沢山の気配が満ちている。獣の息遣い。刃と刃が擦れ合う音。呻き声と絡み合う淫声。鰭が水面を打つ音。そして近づく無数の足音……。
 テケリ・リ! テケリ・リ! 怪鳥の叫びが鼓膜を突き破らんと木霊する。
 形代に違いない。竹尚はそう自分に言い聞かせた。でなければ在りえない。説明がつかない。竹尚は闇の中ということすら忘れ固く目を瞑る。
──何も聞こえない。何も見えない……。
 下卑た太鼓の音が轟き、気が狂いそうな程単調なフルートの音色が絡む。踊子のステップ。
 竹尚を包み込む雑然とした気配を殊更無視して、竹尚は記憶にある道を脳裏に思い描き、それに沿って着実に歩を進めた。太った身体にべっとりと張りつく木綿のシャツは竹尚の汗と様々な臭気とを吸い込んで、容赦なく体力を奪い去っていく。
 どれくらい歩いただろう。竹尚の息は完全に上がっていた。その間にも竹尚は肩に喰らいついたゾンヴィの頭を殴り飛ばし、きいきいと呻く巨大ゴキブリを踏み潰した。
 確かに見覚えがあるもの達ばかりだ。『ブレインデッド』のゾンヴィに『MIB』のゴキブリ型エイリアン、『ハウリング』の狼男に『チャイルドプレイ』の殺人人形、チャッキー。それらはどれもこれも形代に命じて製造させた覚えがあった。
 火花を散らす切り裂き音が背後で蠢く。見覚えのあるホッケーマスク……。
 『遊星からの物体X』の不定形生物、地底人アンダーテイカ達……。
 銀幕に潜む亡霊達、モンスターと言う名の悪夢。
 悪夢に棲まう住人達は劇中に何をした? 登場人物に何をした? 彼らは何をした?
 どんな仕組みだか知る由もないが、捕まれば只では済まない。その結末だけは確実に予測がついた。仮初めの生を受けたにせよ、理由はどうあれ屋敷の住人に捕らわれることだけは絶対に避けねばならない。ここまでに受けた決して少なくない生傷がそれを如実に物語っていた。
──覚めるものならこんな夢早く覚めればいいものを。
 竹尚の顔は今や涙や鼻汁、そして己の血で塗れていた。半開きの唇からは止め処なく唾液が零れてシャツに染みを作っている。意識の何処かでしくりと感じたのは、崩壊の兆しか。
「──だうした、余の歓待は気に喰はぬのか」
 竹尚を見咎めるように声が轟いた。それを意識する余裕が竹尚には既に無かった。
「──だうした、余に仇為す外道が。余になにやうかあつて此処に来たのだらう」
 その声は前方の闇から瘴気の様に吹きつけて来るようだった。
 何用? ……目的? 一瞬すうと竹尚の意識が冷える。そして入れ代わりにふつふつと怒りが沸いてきた。
「何用だと? 形代ぉっ! 貴様の屋敷だ。貴様の屋敷さえ無くなれば俺は……」
──俺はこんな地獄を見ないで済んだのに……。
「──其れは筋違いと云ふものだ。愚かなる外道め。形代とは余を創造したまふた主の名也。そして余達に魂を吹き込んだ神にも優る名」
 聲が竹尚を嘲笑う。それに同調して辺り一面に千匹の蟇蛙を放つが如き嘲りの響きが轟き渡った。
 その聲に形代の幻影が重なる……。
 何かが竹尚の中でぷつりと音をたてて千切れた。
 竹尚は前方に明かりが一対灯っているのを見据え駆け出した。その目からは常軌を逸する狂乱の光が間断なく零れていた。殺してやるぞ。殺してやる。殺してやる。殺して……殺……し。 
「──ふはははは。余を飽く迄も形代と呼ぶのなら余の姿を目にも見るがよい!」
 仄闇にその姿が浮かび上がる。その姿には竹尚は見覚えはあった。しかし。
 記憶にあるのはぎくしゃくと動く樹脂の腕は酷くひび割れ、緋色の原型を留めていない。時代遅れの色褪せた怪物。黄色に光る感応センサが否が応にも物悲しさを増していた。そんな代物……。
 しかし、しかし今はどうだ。艶やかに爬虫類の肌を思わせるその肌は血肉色に輝き、額からは一対の大角が天に突き出て往年の姿を思わす。何よりも膂力に満ちた腕に構えられた大鎌が今にも血を啜らんとばかりに、竹尚という獲物を捕らえ寒々と輝きを放っている。
「……そんな」
「──余を汚し、余の創造主に仇なしたこと不敬罪に当たる。余が直々に判決を下さう」
 此の男有罪か其れとも否や。
 竹尚は必死に逃げようとするが腰が砕けて思うように動けない。
 此の男有罪か其れとも否や。
「──だうした、汝が咎の仔よ、余達の贄となるか」
 辺りにひしめく異形の気配。ハリウッドの亡霊、造られた住人達。
 その聲が唱和した。
 有罪! 有罪! 有罪!
 悪夢のさざめきが黯黒に滔滔と流れる。
 有罪! 有罪! 有罪!
──審判は下った。
 緋色の聲が屋敷中、高らかに響きわたり、饗宴の始まりを厳かに告げた。歓声と重なる。
 竹尚は失禁したのか黒い染みが床に広がっていく。
 ざわり。とまた瘴気が揺らぐ。
 竹尚を取り囲む気配の輪が圧迫するように一層小さくなっていく。
 ざわり。
「……ひ……」
 緋色の怪物を拘束していた唯一の縛鎖が、甲高い非難の叫びを上げ弾け跳んだ。刃先から鈍い輝きを放つ大鎌が高らかと頭上に振り上げられ……。  
 

「形代さんほどの怪物製造人を下野しようだなんて、ここのオーナーも太っ腹というか、見る目が無いですね。見ましたよ、最新作。猟奇に満ち溢れてますよね。どうやって造られたのかしらん。しかし、ハリー・ハウゼン以来、これだけのもの造れる人間、ハリウッドにもそうはいませんよ。とみにコンピュータグラフィックスに流れがちな昨今の風潮をみれば。貴男を私達は歓迎します」
 形代は映画配給会社の人間と逢っていたが、どうも褒められるような覚えはなかった。近頃は金銭上の都合で制作自体とんとご無沙汰だったのだ。
──はて最新作? 首を傾げながらも曖昧な笑みを浮べて形代はホラーハウスの暗幕をくぐり抜ける。異形の人形達が形代達をセンサで感知して、ぎくしゃくとモーションを起こす。どれもハリウッド映画に登場する極上の悪夢達であり、またいずれも愛すべき形代の我が仔達である。
「ああ、これこれ。最高ですよね。迫真の一作。形代さんも気に入ってるんじゃないですか」
 緋色の主の傍らにもう一つ。それを見て声を上げそうになった。
 まさか。形代は声を呑み込む。真に恐怖を感じるのはこういう時かも知れない。
 芋虫のように四肢を分断された身体が形代の足元で蠢いている。突き出た腹からは湯気の立ちそうな赤黒い臓腑が剥き出しになり、緋色の怪物の腕に絡みついていた。それは触手の様にゆっくりと蠕動運動を繰り返している。
 作り物でない活きたオブジェ。それが白濁した目で形代を見つめる。引き攣った断末魔が口元にこびり付いている。その首元で見覚えある金の鎖が揺れ動き……。
「あれ、どこかで見たことがあるような。何の映画が出典なのです?」配給会社の人間が首を傾げる。
 形代の恐怖が伝染するのにそう時間は掛かることがなかった。

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2003.12.21

短編小説:埃小町

――フタイツヒトフタマルマル>蝶――
 
 と、電報めいたメールが比奈子の元に届いたのは、師走も押し詰まった暮れのこと……。


 大学の後期授業も無事に終え、次に学校へ行くのは門前の松が取れてからだ。
 今の時期、大学街の雰囲気は一種独特のものがある。
 商店や通りを飾るイルミネーションは華やかだがどこか寂しい空気が漂っている。学生達の中には実家へ帰省するものがいるからだ。普段はガヤガヤと騒がしいだけの連中とは思っても、いないとなれば不思議と物足りない。
 そもそも四回生というのはこの時期は卒論で忙しいものだけど、教員の資格を得るために必須である〝教育実習〟の単位を取得していた比奈子は卒論を免除されている為、他の学生とは異なり苦行からは無縁の身だった。
――気の利いた連中ならとっくに賑やかな町並みに溶け込んでる頃だろうなー。中には部室でささやかなパーティーを開くために残ってる学生もいるだろうけどさ。
――日本という国は降誕祭よりもその前夜の方が盛り上がる国柄であるように思える。
 そんなことを考えつつも、毬栗のようなぼんぼりだけがやけに目立つプラタナスの冬枯れした道を一人でてくてくと歩く。
「今から映画に行くのもわざとらしくてなんだか潔くない気がするなァー」
――ここを抜ければ依子の下宿屋だ。
 見あげればどんよりとして雪が降ってもおかしくないような空模様である。
 服の上から寒さが染み込む気がする、オフホワイトのタートルネックにブラウンのハーフコート。
 時折かさかさとプラタナスのてのひらが落ちてくる。
「……薄着しすぎたかもしれない」
 歩いてれば温かくなると考えていたのだが思わず身体を抱きかかえてしまう。口唇をすぼめて吐く息はセーラムの煙のようで、剥き出しの頬に比奈子は改めてマフラーを巻き直した。

 話は少しさかのぼる。
 12月の始め、比奈子は依子と一つの賭けをした。
 場所は二人がお気に入りの喫茶店〝RAMPO亭〟
 店に入るとマスターが一人コーヒーカップを磨いている。ランチタイムを微妙に外しているので――つまり二人は午後の講義をさぼっているのだ――こじんまりとした店内はガラガラで悠々と奥の席に陣取ることができる。
 依子はすぐさまカウンター席の横にある本棚――店名が表すように古今東西の怪奇小説が揃っている――を物色し始め、比奈子はそれを呆れたように眺めている。
 そもそも缶コーヒー派の比奈子にとり、家で飲むのも当然インスタント。コロンビアだのキリマンジャロだの言われても味がどう違うのか分からずに、だから喫茶店とは美味いコーヒーを飲む場所というよりは〝喋る場所〟程度の意識しかなかった。この店の、学食やファーストフード店にはない落ち着きが気に入っているのだが、普段はうるさい相方に本読みされると少しつまらない。
 さて、賭けとは――
〝クリスマスに用事が入らなければ言うことを聞くこと〟
 というのも比奈子が『クリスマスなんて引く手あまたなんだから』と口走ったのが始まり。
 依子は〝クリスマスをいかに過ごすか〟について力説する比奈子には興味なさそうにマスター淹れたてコーヒーを飲みながら『海野十三傑作選』なんかを読んでいたが、ふと顔を上げると、
「なら私に付き合う暇なんて当然ないよねェー」となにかしら含んだ表情でのたまった。
「も、もちろんじゃない」と咄嗟に答えたのは悲しいかな、女として最低限の意地。見得をはっても仕方ないのだが、声も裏返ってしまう。
 人見知りというか、人付き合いがさほどいいとはお世辞にも言えない依子とは違い、比奈子はクリスマスという華やかなイベントが好きだった。小さい頃は通知表を渡すのももどかしく友達を集め折り紙で天井に吊るすチェーンを作ったりしたものだ。
……時は移り、四回生ということもあってか、周りは卒論でそれどころじゃなかったり、帰省していたり、早めの卒業旅行の予定を立てていたりと、つまるところ遊ぶとかデートする以前に相手がいないのだった。
「じゃあ、もしダメなら暇だってこと? ひな、今年は帰らないんでしょ?」
「……まぁ、そうなるかな」
「んじゃ決まり! ひなは私に付き合うこと」
 既に〝決まった〟というような表情でにたりと笑う依子に釈然としなかったけれど、結局、比奈子は返す言葉も反論も出来ず肯くしかなかった。
「あ、そうだ」
 良いこと思いついたという風に依子が席を立ち、本を返しざま暇そうなマスターとごにょごにょ何かしら話している。依子の言葉に頷くマスター。
 怪奇繋がりというか、ここのマスターと依子は顔見知りである。あまりにもマニアックな二人の会話には比奈子はついていくことが出来ない。
「何話してたの?」
「んーと内緒」
「まぁいいけどね」やっぱ味分からないやと思いつつ比奈子はカップの中でぬるくなったコーヒーを飲み干した。
 そして冒頭に戻る。

 その姿を見て思わず比奈子は吹きだしそうになった。
 メゾン・ド・パピヨンの玄関には既に依子が立って待っていた。寒いのか足踏みしている。
「……表でなんてカッコしてんのよ」くらくらときて額に思わず手をあててしまう比奈子。
 依子はジャージ姿に半纏を着こみ首にはマフラー、口にはマスクをしていた。手には軍手。
「いらっしゃい。よく分かったね」ようやく足踏みを止める。
「分からいでか」
 恐らく電報めいたメールのことを言っているのだろう。レトリックといえば誉めすぎのような気がする。彼女からのメールは一見どれも怪しいのでアドレスなど見なくても分かるほどだ。
「なんて格好してんのさ」
「実は腹巻もしてる」口に手をあて小声で呟くと、
「ちょ、ちょっと」――あんたには女のたしなみてもんがないのか? ジャージの裾をめくって見せようとする依子を押しとめる比奈子。
「なんて、それは冗談だけど。ハイこれ」
 「ん?」
 こけそうになる比奈子に突き出されたのは軍手とハタキだった。改めて見ると依子も手にハタキを持っている。
「いらっしゃい。比奈子ちゃん」
「あ、寮長さん」
 依子の後ろから顔を出したのはこの寮を管理する大家さんだった。肩からタスキをかけて手には濡れ雑巾を持っている。
 「手伝いに来てくれたのね。ホント助かるわ」大家さんがにっこりと微笑む。
(え、え? どういうことー)
 比奈子のあたふたした表情を見て大家さんが少し困った顔をする。
「……もしかして依ちゃんから聞いて無かったとか?」
「いいええ、そんなことないですよ。大家さん。ほら、ひなっ」依子が強引に比奈子の手にハタキの柄を掴ませる。
「そう、それは良かった。段取りは依ちゃんに話してあるから。聞いてね」大家さんは軽く手を振ると忙しいといった体でそそくさと奥に引っ込んでしまう。
「はぁ、うん。ええと……依子、説明」上目遣いで依子を眺めやる比奈子。

 雨戸を手始めに、障子も網戸も全部外し中庭へと放り出してしまうと、薄暗い1階に弱い日差しが差し込んでくる。
依子が『えいっえいっ』と愉しそうに握りこぶしを振り回している。――障子に向かって穴を開けているのだ。――それを横目に畳を布団叩きではたいてゆく比奈子。
 畳は叩くほどに藁色が塵や埃で粉っぽく白く覆われていく。その畳の表面に茶殻を撒き、箒で掃きだす。それらがもうもうと舞い上がって、冬のしんとした空気の中に浮かび上がり、陽光が乱反射する。思わず比奈子は東大寺の〝すす払い〟を思い出したが、流石に大家さんが普段掃除しているだけありそれほどではない。

♪ゆーきやこんこっ あーられやこんこっ
♪ふってーもふってーもまだふーりやまぬ

 能天気な歌声。いつのまにか依子が手を休めて宙を眺めている。……確かに埃の舞う様は綿雪のように見えないこともない。マスクを借りて正解だったとつくづく比奈子は思う。
「ほらほら手ェ休めてんじゃないよ!」比奈子が布団叩きを振りあげると、
「んまっ! 怖い姑ですこと」およよよと依子が自分の仕事に戻っていく。
「ここ終わったらさー、うちの部屋もついでに片付け手伝ってよ」障子の桟に刷毛を走らせながら依子が言う。
「うー、何でさぁ」比奈子が畳に撒いた茶殻で足を滑らせそうになる。
「んーと誰だったかな、『クリスマスなんて引く手あまたなんだから。いっそのこと身体を分身出来ればいいのに。罪作りなあ・た・し』?」声色を変えて言ったあと、ぷーっと吹いている依子。
「あー分かった分かった」そこまでは言ってないと思いつつ渋々うなずく比奈子。

 どうもここ〝メゾン・ド・パピヨン〟では大掃除が年末の恒例行事であるらしい。
 本来なら、下宿人総出で行うのだが、今年は帰省やらなんやらが重なって下宿人が誰もいない状況になってしまった――中には掃除がイヤで逃げ出した不心得者もいると思われる。
 というわけで駆り出されたのが唯一残っていた依子、そして比奈子だった。依子は実家といっても同じ町内にあるので帰ろうと思えばいつでも帰れたし、この歳にもなって家族でクリスマスパーティーという柄でもなかった。なによりもバイト代という言葉に惹かれたのが本音だろうか。
 比奈子にしても帰省の予定がないわけではなかったが、学生最後の冬を4年間いた街で過ごしたいという思いもあった。結局、最後を飾るイベントなんて起きなかったけれども。
 なにはともあれ大家さんに許可をもらい依子の部屋へと退散する二人。悪い人ではないのだけど、バイト代の元を取り返そうと言わんばかりに次から次へと指示するのだ。大家さんにしても、たすきをかけたその姿に尋常でないやる気が窺える。こちらから申告せねばいつまで経っても終わりそうにない苦行に気がつけば午後を大きく回っている。
「苦行から解放されたかと思えばまた苦行……」これは依子の部屋へ足を踏み入れた比奈子の感想。
「……どういう意味さ」
「そんなの言葉通りに決まってる」
 依子の部屋には何回か入ったことがあったのだが、今回は特にひどかった。よく汚いものの例えに、〝一人暮らしの男子学生の下宿〟なんて言うが、まさにそれに匹敵する惨状だ。
――いつ飲んだものかペットボトルに残っているミルクティーが変色している。
――カレーパン(らしきもの)が袋のなかで怪しげな物体Xに進化している。
――洗い物がたたまれもせずにうずたかく積み上げられている。Etc……。
「確かこのミルクティー、前来た時にも見た気が……」フローリングの床に無造作に積んである雑誌――いっそ崩れないのが不思議だ――の山を崩さないように一歩一歩足を踏み出す比奈子。気分は秘境探検隊だ。なんだか容易に軍手を脱げなくなった。
「こんなとこで生活してたら依子の好きな『マタンゴ』みたいになっちゃうよ」
「ああ、そういえば朝起きたらベッドマットの下からひょろりと白い茎状のものが……」
「……ッッッ?!」ベッドの上に腰掛けていた比奈子が文字通り飛び上がる。
「うそうそ冗談だってば」
 ちなみに『マタンゴ』とは1963年作の東宝映画で、遭難した男女が謎のキノコを食しキノコ人間になってしまうという星新一が原作の特撮である。昔を思わせる原色のフィルムが子供心に怖い。
「そういえばこの部屋に名取入ったって?」特撮シーンに使えそうなこの惨状を目にして彼は何も疑問に思わなかったんだろうかと比奈子は不思議に思ってしまう。――それとも男と女では〝部屋のきれいさ〟の杓子定規が違うのだろうか。
「その時はもう少し片付いてた……と思う」
「おーおー、一寸のものぐさ女にも五分の乙女心ってか?」
「そんなんじゃないって!」比奈子には依子が〝恋愛感情〟なんて高級なものを持ち合わせているかどうかなど当の本人よりも知っているほどだが、これくらい言っても絶対にバチは当たらないと思う。
「うげげっ、本をどけたら妙にすっぱい匂いが……」ぬるりとしたモノを比奈子が人差指と親指で摘み上げる。どうやら濡れ布巾にカビが繁殖しているらしい。
「ひな! そーっとそーっと元に戻しといて。人には触れてはならない領域が!」普段は頓着しない依子も突きつけられた現実に及び腰になっている。
「それじゃあ掃除にならないでしょ!」
「窓開けて、窓!」
「っっっ?! 今、ガサガサってなにか走らなかったーっ?! ガサガサってーっ!」
「バルサン、バルサン」
「ひとがいるのに焚いちゃ駄目だってーっ」
「こうなったら、えい!」
「スリッパなんかじゃ壁紙に染みが付くよぅ」

……それから小一時間程のち。

「なんとか片付いたね」不要な雑誌類を1括りにする比奈子。依子はどうにも雑誌の類は思いきって捨てられない性分らしい。
 ブラインドが上げられた出窓からのぞく外では雲がピンク色に染まり、綿菓子のように漂っている。空気は相変わらず氷のように冷たく肌を突き刺すが、この調子では残念ながらどうやらホワイトクリスマスにはなりそうにない。
 西日の差す依子の部屋は最初に足を踏み入れた秘境とは異なり、格段に女の子らしい部屋に変わっていた。
というよりあるべき物があるべき場所に落ち着いただけなのだが、箪笥の中に敷居を作ったり、カラーダンボールをマガジンラックにしたりと、片付け魔の比奈子の手にかかるとそれだけでもスペースの活用自体違う。
「さてと」言うが早いか比奈子が洗面所に飛び込む。
「んじゃあたしも」椅子をキッチンに持ち込んだ依子がシンク上の天袋をごそごそとかき回している。
 洗面所では軍手を脱いだ比奈子がシャボンを泡立て必死に手を擦り合わせている。どうやら手に付いた匂いが気になるらしい。
 台所からガラガッシャンと派手な音が聞こえる。依子が鍋でも落としたらしい。
「依子?」アライグマのようにようやく洗浄に満足したらしい比奈子が天袋からダンボールを下ろそうとしている依子を見咎める。
「せっかく片付けたのに……何やって」依子顔面が見事にダンボールに埋もれていた。
「なはは失敗失敗」暢気な声とは裏腹に依子が必死に両腕を突き出してダンボールが天袋から落ちてくるのを支えている。
「依子、椅子っ」ハッと比奈子が慌ててぐらつく椅子を押さえる。ここで天袋の中身をばら撒かれたら今までの苦労がパーになる。
「ととっと……」依子が雑技団よろしく絶妙な身体運びでダンボールを無事に下ろす。
 大事そうに床に置かれたダンボールにはテープ貼りがしたままになっていて、引っ越してきた頃からそのままになっていたのだろうことを思わせる。
「結局使うことなかったんだけど、やっと出せる」感慨深げに箱を撫でる依子。
「何入ってるの?」
「それは開けてのお楽しみ。今日の目的もこれだったんよ」
 ダンボールから包装されたものを取り出して置く。包みから出てきたのは、カップと受け皿を足してそこに幾つもの穴があけてある比奈子には見慣れない陶器だった。
「??」
 続いて出てきたのが、小さな引出しのついた正方形の木箱に金属の鐘を裏返しにしハンドルをつけたものだった。その引出しからかすかに芳しい匂いが漂ってくる。
「これって……コーヒーの香り?」
「そう、最初に出したのがコーヒーの粉を漉すフィルターを乗っける〝ペーパードリッパー〟。そして次に出したのがコーヒー豆を挽いて粉にするための〝コーヒーミル〟」
「そういわれるとコーヒーミルってのは喫茶店のカウンターとかに置いてあるの見たことあるような」
「一人だとわざわざ煎れるのもめんどくさいし、美味しい喫茶店もあるし。と思ってるうちに箱から出すスペースが無くなっちゃって……あははは」頭をぽりぽりと掻く依子。
「でもどうして私を?」呼んだのか。
「ひなってさ、いっつも缶コーヒーばっかで、……それは私もか。美味しいコーヒー飲んでも味分かんないって言うし、タバコも吸ってるから味覚バカになってんじゃない? だから自分でコーヒーいれたことないんじゃないかと思って」
「バカにすんな。コーヒーくらい自分でいれられるって」
「インスタントのと違う?」
「ううっ……」依子の言葉にぐうの音も出ない。
「それと、降誕祭の日に一人ってのはやっぱり寂しいと思うし。三人だと多少は気が紛れるんじゃないかって……考えすぎだった?」ちょいと不安げな依子の表情。
「依子のくせに気ぃ使いすぎ」正直に嬉しかった。
「まあ1年に一度くらいは。さてと、ひなにはもう一仕事」と依子が比奈子の前にコーヒーミルを置く。テーブルの上に先程のダンボールから出したコーヒーカップが三脚。
「三脚?」比奈子がいぶかしげに問う。
「ホントは人数いれる時はパーコレーターや、デカンターあると便利なんだけど」
「いやそうじゃなくてさ、なんで三脚も? さっきも三人って」
「ああ、あのバカがおっつけやってくると思う。RAMPO亭でバイトしてるからマスターに豆を頼んどいたの。やっぱいい豆欲しいし」
 奴はコーヒー豆の付けたしかよって思ったが依子の手前、口には出さない比奈子。依子は喫茶店で既に今日のことを考えて根回ししていたのだった。
「ひなは乱暴なんだから力いっぱいコーヒー豆を挽かないでよ、豆が台無しになるから」
 キッチンからシュンシュンとお湯の沸く音が聞こえてくる。依子にしては手際がいい。普段もこれくらいテキパキとしてればいいのに、なんて比奈子は思う。
「枯れ木も山の賑わいとは言うし。そうだ! 二人で何してたのかじっくりと聞かせてもらわなくては」
 腕まくりをし、にんまりとする比奈子。
「え? え?」顔を覗かせた依子がオタオタとあとずさり、ひゅっと息を吸い込む。
『依ちゃん、比奈子ちゃん、二人にお客さーん』と出窓の向こうから大家さんの声がし、
 ほどなくして忙しなくチャイムが鳴る。
「おーい、寮長さんが美味そうなマドレーヌ焼いてくれてたぞー」
 寒そうな名取の声が玄関の表で響く。
「まさか、今日のバイト代ってわけじゃ……ないよねぇ」二人が顔を見合わせ、
 開けた扉の向こうから甘いシクラメンの香りが部屋中に拡がった。


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2003.12.19

短編小説:水蜜桃

 こんな日は歯が痛むほど甘いお菓子を口にしたい。
――今朝、家を出たときには、思わず吸い込まれそうになるほど真っ青なそらだったのに。
 高い空に千切った綿菓子を一面に広げたような雲が薄紅色に染まり、青空の気配はとうに夜への片隅に追いやられていた。――背もたれたポールから見あげた窓の向こう。
 学生の人波から逃げ出すように電車を降りる。
 もみくちゃにされ、折角の一張羅が台無しだ。改札前の全身鏡に姿を映すと、半日ですっかりくたびれた自分の影がむっつりとした表情で私を見ている。
 会社帰りのおじさんたちに混ざりながら日暮れの歩道橋を渡る、履きなれないパンプスに着慣れないスーツ。足音がいかにもトボトボしていて、いささか自分でも狼狽えてしまった。
 誰かが『お水のオネエサンたちが着てるボディコン服のこと戦闘服って言うんだってー』なんて言うのを聞いたことがある。企業戦士って言葉もある。
 頼みもしないのに、試験会場には私と似たり寄ったりのスーツ姿の学生が掃いて捨てるほどいた。せいぜい違うのは中に着るブラウスの色、男連中はネクタイの柄ぐらい。さながら閲兵する軍隊の整列に飲み込まれた錯覚が起きるのも無理はない。じゃあ今の私はさしずめ、戦いに敗れて惨めな敗残兵かよって思う。
 睫毛でも入ったのか、目がごろごろする。少しでも印象良く見せようと、面接でもないのに、眼鏡からコンタクトに替えていったけど、そんなことで評価が変わるほど甘くない。後には異物感と、飾った自分に対する居心地の悪さ。
――ああ、目薬を探る手がもどかしい。
 渡る世間のように、剥きだしの頬に当たる風が冷たい。埃が目に入らないよう、おでこに手のひらをあてがう。気付けば春物のスーツじゃ肌寒いくらいだ。それほど街の空気は秋に深まっている。産まれ月だし、秋自体は好きだけど、このままじゃあっという間に冬が来てしまう。その次の春はどうなってるんだろうか、なんて今はまだ考えたくもない。
 感極まって、思わず備え付けのクズカゴを蹴飛ばす。自分が予想したような小気味よい音なんかしなくて、痛さがパンプスの爪先に残っただけだ。
「あーあ、何やってんだろ自分」
 堂々巡りの自己嫌悪。
 そんな私を、さざめきながら隣りを通り過ぎる女子高生たちが指差して笑ってる。ええ、ええ笑ってれば? どうせあんたたちもこうなるんだから。いーや、もっと酷いかも。頭の中でありったけ、彼女らの行く末を想像して溜飲を下げてる自分がまた馬鹿らしい。
「悪いのは出遅れた私なんかなー」はぁっと人知れず吐息が洩れる。
 少なくともリクルートの間だけは、溜息はつかない、弱音は吐かない! って決めたのに自然と出るのはしょうがない。意識すると余計出る気がして、忘れようにも他のことなんか考えられない。最近なんて夢にも出る始末。
『自分を見つめなおすきっかけに受けるのなら、試験など通らぬほうがいい』なんてのは、哲学的どころか、いささか負け惜しみだな、と自分でも思いつつ、かと言って配慮のない、役立たずの就職課が悪いかというと、少しでも気の利いたものは大学なんかあてにもせず、去年の冬からさっさと活動してる。
――青田買いの企業が悪いんだ、と思ってみたところで、詰まるところ、誰を採用するかなんて向こうの勝手には違いない。そんなこんなで振りあげた拳のやり場にも困り果ててしまう(先刻は気持ちが突っ走ってクズカゴを思わず蹴っちゃったけど……)。
「内定決まった?」と互いに聞きあっていたのはゴールデンウィーク明けくらいまで。六月過ぎ、七月が過ぎ、そして夏休みを過ぎ、決まってないことが人にばれ、彼、彼女らが一たび口を開けば『えーっまだ決まってないん』とか『もしかしてプー?』なんて遠慮容赦のない台詞。
 恥ずかしながら、それに返す言葉もなし。中には『今年は考えてないよ。目標は来年だから』とあっさりと標準を切り替えている奴もいて、その上、それが計画してのことだったりすると、何の当てもなく活動してる自分はひたすら肩身がせまい。
 せっかくの一人暮らしだっていうのに、毎日のように『ちゃんと決まった?』と電話が実家からかかる。一日や二日で事態が好転するなら苦労なんていらない。極め付きは、親戚から珍しく電話があったと思えば、
『ヒョーガキだしねぇ。うちの子が来年、就職活動なんだけど、アドバイスとかあったら教えてあげてよ』だって。そんなアドバイスがあったら私が教えて欲しいくらいだ。
 それに〝ヒョーガキ〟にしても、いささか『新聞かなにかで読みました』的な、覚えたての言葉を使いたがる子供みたいに、どこか実感が伴なっていない響きがあって、要するに、あんたとこは男の子だからまだ気軽に〝氷河期〟って言ってられるんだってこと。ホント切実感がないって。それを言ったら、私はもっと寒い〝超超氷河期〟……。
 思い余って、女だてらに刀鍛冶っていうのに憧れもしたけど、十年も二十年も修行した挙句、婚期を逃すなんてシャレにもならず、ゾッとしない。
 そういえば、同い年で既に子供こさえて結婚しちゃったのもいる。就職を通り越して一足先に、いわば節目を迎えてしまったわけで『なるほど、こういう手もあったか!』と考える自分と『でも射倖的過ぎるなー』とひねくれた目が同居してる自分の心内が妙に可笑しい。
 いや、家庭に収まりたい、だとか結婚願望がどうこう、というわけじゃなくて、ただ、周りで既に今後のレールをひき終わった者は、紺色の殻を脱ぎ捨てて、蝶よ花よと、残り少ない学生生活の中で恋愛談義を咲かせている。
 無心でそれを眺められるほど悟ったり、恋愛に興味がないわけじゃなかったけど、就職活動に出遅れたという後ろめたさと他人に対する気後れ、何よりそんなこと言ってられない自分が――恨めしいだけ。
 駅前の喧騒を抜け、綱長井に入ってくると夕餉の匂いがあちこちで立ち昇っている。当たり前だけど、自分の就職なんて関係無しに世の中は普通に動いている。
「……お腹減った」朝から何も口にしていないことに気付き、急に腹の虫がグルグルわめき立てる。
 実家にいた時は、上げ膳据え膳が当たり前だったのに、一人だとそうはいかない。料理の向こうに作ってくれる人の姿があるなんて思いもよらなかった。居た堪れなくて飛び出した家。四年近く経ったのに、帰っても一から炊事しなくては食事にありつけないという事実に慣れることが出来ない。そんな生活力のない自分は絶対に専業主婦なんかにゃなれないとも思う。結婚するとしたら相手は断然、主夫がいい。
――カッコいい旦那さんが部屋の掃除をして、美味しいご飯作ってくれて、お風呂も用意してくれて、風呂上りの肩揉みもしてくれる、そんな人が家に着いた私に『お帰りなさい』と微笑んでくれる。――なんて願望を同じく一人組の名取に言ったら、「旦那を奥さんに換えたら、それこそ独身サラリーマン男の妄想だって」とはねつけられ、
――休日には二人でお菓子作って、ゲームして昼寝したい――とも言ったら「普段のまんまでしょが!」と呆れられた声を出される。でもなるほどと納得。ようするに男の身勝手な願望にも一理あるってわけだ。
 調子に乗って「メイドさんもいいかも」なんて言ったら
「この社会不適応者―っ」と名取に指を指される始末。裸にエプロンがどうこう言ってる君にそんなの言われたかないって……。
 寮近くの本屋さんがシャッターを下ろしている。ここらへんのお店は大体顔見知りだ。綱長井は昔からの下宿町で、新都市計画に引っかからなかった所為か、歌蔵坂ほどでないにしろ、下町気風の旧い情緒を残している。が、時代の移り変わりか最近では若い人向きの学生寮なんかも出来た。
 その一つが〝メゾン・ド・パピヨン〟。名前が象徴するようにモダンな女子寮で、同じ棟に寮長さん家族が住んでる。 実際、大家さんのことなんだけど、門限にはうるさいし、何かと世話焼きな性格から〝寮長〟と呼ばれもし、そう呼ばれることを気に入っているみたいだ。
 夜目に鮮やかなオレンジの小さな星空がアスファルト一杯に零れ、甘い匂いを放っている。寮の庭からせりだした金木犀の花骸。それらを踏まないように大股で玄関にたどり着く。軒先には今朝方には無かった、南瓜をくりぬいて作った《ジャック・オー・ランタン》お化け提灯が吊ってある。それを横目に共同の下駄箱に行儀悪くパンプスを放り出して、スリッパを突っ掛けながら入外出帖の〝帰宅〟に丸をする。
「……ん?」
 ポストを覗き込み、取り出した夕刊に黄色のポストイットが貼り付けてある。
『南瓜の煮付け作りすぎたので、お裾分け取りにおいで』
 配給だ! 大家さんからだった。
 ちょっとしたオカズを作ってはお裾分けしてくれる。このことを皆は〝寮長の配給〟と冗談交じりに呼んでいた。といっても料理上手な大家さんのお手製は配給というには美味しすぎる代物なのだけど。家賃を払いに行ったときなんかに『これ持ってかえり』なんて包んでくれるのはホントに嬉しかった。
「依ちゃん今帰り?」
 チャイムを鳴らすと大家さんは直ぐに出てきた。
「ごちそうくれなきゃ、いたずらだ《トリック・オア・トリート!》」
「はいはい」とエプロン姿の大家さんが手のひらに飴玉の入った包みを乗せてくれる。
「ただいま、大家さん」
「寮長でいいのに……。依ちゃんだけだったわ、ハロウィン気付いてくれたの。も一つオマケ」ともう一包み。
「大家さんが作ったんですか? 表の」
「そう、最初、ポタージュにしようかとも思ったんだけどね、煮付けの方が配りやすいし。まあ入って」
 玄関からのぞく大家さんの台所は、唯一の趣味とばかり、料理器具がちらばっており、南瓜と格闘した痕が随所に見られる。そして無造作に転がっている失敗作たち。
「なかなか上手にくり貫けなくて。この子たちの慣れの果てがコレ」と苦笑しながらさしだされたタッパーには琥珀に色づいた皮無しの煮付けがこれでもかと詰まっている。
 「依ちゃんが最後だったからね。お鍋の中身全部入れたから、少々お焦げも入ってるけど愛嬌、愛嬌」
「こんなに? 有難うございます」
「要領がいいんだから、今度教えてあげるわ。甘いもの好きだったでしょ?」
「ハイ、それじゃあ」と長い話を聞くような気分でもなく、早々にいとまを告げる。
 すぐさま、あなたにお客さん来てたわよーっと紺地の背中に含んだような大家さんの声がぶつかった。
 いったい誰だろう、ぺたりぺたりと疲れた足をひきずって薄暗い階段を上りきる。
 なんでも節電期間とかで、廊下にはルームライトほどの淡い灯りしかついてない。そんなのじゃ、光の恩恵など、突き当たりにある私の部屋までは到底届きそうもなく、事実届いていない。まぁ許可無しには入れない建物なので痴漢とかの心配がないのが何よりだった。
 受身の薄暗さは余計に気が滅入る。かといって〝自己嫌悪の陥穽〟なんて口にしようものなら『自分で部屋の明かりを消しては感傷に酔ってるだけ』なんていう奴もいるけど……。
 今は誰と会うのも億劫だ。大家さんの言う通り、確かにドア付近に人影がある。お客さんって比奈子だろうか、暗がりな上、視力の弱い私には男女の区別すらつかない。
「ひな?」物憂げに投げかけた声に、壁にもたれるようにして膝を抱えていた影がのそりと起き上がる。
「我が麗しの君、ようやくのご帰宅か」大げさな言い回しで差し伸べられる手。
「……何バカやってんの?」
――名取だった。大学で同じクラスの。こいつも私と同じくリクルートスーツを着ていた。
「なんで此処に入ってるの?」
「あれ、エトランゼ名簿に記帳してあるの、見なかった?」この男はよくもまぁ、いけしゃあしゃあと。
「はいはい、人のいい大家さんに親戚とか言ってまんまと騙くらかしたわけ」名取は笑うだけで答えない。
 「そんなことよりほら、陣中見舞い」はいっと声に出して名取が駅前にあるコンビニエンスの袋を突き出す。――知ってたけど、ホントに人の話を聞かない奴。
「……何入ってんの?」
 思わずもう片手を添えるほど、手渡された袋はずしりとした手ごたえ。
「海苔塩のポテトチップスに、ホワイトチョコに、おせんべ、炭酸飲料に」
「……ちょっと」
「もしかしてお酒の方が良かった?」
「太らせたいわけー? 私を」
 名取の言葉どおりそれらが無造作に詰め込まれている。手で探ると、ペプシのボトルに隠れるように底には缶詰が入っていた。どうりで重いはず。
 中身は白桃の缶詰。
「あ……モモ缶」
「〝安寿〟の柿羊羹や御萩でも良かったんだけど、行った時には閉まってたから」と名取。
「なんで?」
「ええっと近くまできたし」
「どうして……?」
「受けたところ、この近所なんだって」
「……」
「――んー残念会。試験で緊張しちゃって、そういえば今日、操木も試験だったなと……一人だとへこむし」
 決まり悪そうにぽそりと目を合わせないようにして名取が呟く。
「だーれが残念会なんてしなきゃならんのさ!」 
 鼻の奥がつんとする。たかがこんなことで。――泣きたい気分だった。なんだか名取にはメロウな自分を見せたくなくて、返す言葉もつい意固地になる。
「あーっもう、先刻から質問ばっか、入れてくれんの、くれないの?」
「偉そうに言わないでよね。私んちなんだから」
 寒さの所為なのか、俯いて唇を噛んだ名取の身体が少し震えている。
「えっと……」どのくらい、こうして座っていたんだろうか。
「……仕方ない、お行儀良くしなさいよ」
 自分でも少し震える指先で漸く部屋の扉に鍵を差し込んだ。
 身体が冷えたじゃないかーなんてぶつぶつ言いながらも、名取はお茶請けに南瓜の煮付けを勝手につまみながら、あたかも自分の部屋にいるかにくつろいで、いつも以上のマイペースを取り戻している。
 先程まで感じた変におちゃらかした様子も消え果て、緊張などすっかり溶けて無くなったみたいに〝レタス倶楽部〟なんか読んだりして。今では却って私の方が緊張しているくらいだ。なんだか決まり悪く、コンタクトを眼鏡に替えるタイミングを完全に失してしまう。
「これ、秋色の焼き菓子だって」
「勝手に見んなーっ!」手を伸ばせば雑誌をひったくれるほどの距離なのについついと声が高く上擦る。
――本棚の本を物色されるほうが、素裸を眺められるより恥ずかしいなんて思ったのは初めてだった。――顔から火が出る。剥き出しの心を鷲掴みされるような感覚。そもそもこの部屋に男が入ること自体、稀有のことだってこと名取は分かってるんだか、はなはだ疑問の余地。
「キャラメルりんごタルトなんて美味そう」
「……言っとけ」力が抜ける気がして、のんきな声を極力、気にかけないように缶詰を開けるのに専念する。
 オープナーの刃をスチール缶の縁に添わせ、ぐっと力を入れると、プシっという小さな音と同時に甘やかな桃の香りが仄かに立ちのぼる。
 手首をスナップさせる毎にじわりじわりとシロップが溢れ出、蓋を開けきった頃には指がすっかり濡れてしまっていた。さっそく菜箸で桃を陶器の深皿に移し変え、缶詰を傾けてシロップも全部あけてしまう。
 摘み上げた指を伝う雫にそっと唇をあてる。白桃の透明な膚からとろりと滴り落ちる雫、それはまるで背徳的な恋愛小説みたいに官能に溢れ、ぞくりと甘く、そして愛しい。
 歯をあてがうと、なんの抵抗も無くさっくり噛みきれ、黄昏の染み込んだ甘い繊維が舌先に絡みつく。
「桃って好きなんだよ。キングソルダムとか。旬の季節は過ぎちゃったけどな」隣りで名取が美味しそうに顔をほころばせながら爪楊枝で器用に白桃を割ってる。
「……なんだか」
不思議と肩肘の力を抜けるような――
 案外こんな日も悪くない。
「ん、何か言った?」爪楊枝を咥えたまま名取が振り向く。そこには間抜けなほど警戒心もない笑顔。
 今に思えば柄でもないことを言った。
「水蜜桃――お返しに桃の実の季節になったら、リキュールたっぷり使った大家さん直伝の桃のシロップ漬けご馳走してあげる」
 何のあてもなく、口唇を突いて出た不用意な言葉。驚き、狼狽えてしまったのは不覚にも自分の方だった。
みるみる頬がぽってりと桃色に染まる。汗ばむ手のひら。
 そんな私の様子などいっかな気にする風でもなく、ええ本当? 来年が愉しみーっと名取は子供のように無邪気な声をあげた。


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2003.12.16

短編小説:贈り物製造機

  おっと顔は見ないでくれよ。まぁ見られたからといって困るツラじゃないがね。しかしお前さんもよくオレ様の居場所が分かったもんだ。なに! そうか……あのバーサマかい。喋りな奴だよ。一遍絞めとかなきゃね。いやいや、別に殺しゃしないよ。お灸をちっとばかし据えるだけさ。
 まだ11月だって云いたいんだろう。分かってるよ。お前も記者なら知ってるだろう。年末は通り魔事件が多いってな。それも全国的にだ。そりゃそうだろう。一箇所でばかりコトを起こしゃ不味いし、第一不公平だしな。オレ様は何事も平等に振舞うのが好きなのさ。それにいなくなっても誰もが困らない連中ばかりだろ?大体、お前さんが気にするこっちゃないよ。
 エッ、髭が無い?ふん、あんなもの一年中生やしてちゃ顔が腐っちまうからな。全く噂ばかりが一人歩きしてるな。あれは商売道具なのさ。ま、いい。少し黙って見てな。
 路地から出てきた男がいるだろう。そう、あの太った男だ。なになにお前さん知ってるのかい。ほう……その通りだ。駅前でホットドッグ売ってるしけた野郎だよ。……何だって?アハハハ、お前さん、あいつからホットドッグ買ったことがあるのかい。そいつは傑作だよ。幾ら不況とはいえウィンナーの材料聞いたら眼ん玉飛び出るぜ。でも味は好い?それはそれは……。 
 こいつを見てくれ、仕事は上々さ。この切断部、奇麗な仕上がりだろ? 幾ら暗がりとはいえ全く張り合いがないことだよ。ま、サディストって人種は残虐であればあるほど、他人の痛みには鈍感であっても自分に降りかかる痛みに対しては酷く敏感に出来てるからな。痛みがわかる人間に職業柄とはいえ生き物をさば捌く事など出来ぬものさ。ましてや、奴の獲物と言ったら……クククッ。
 それにしても大の大人が裏声で泣きながら懇願するなっての。たかだか右手の肘から先をナイフでもぎ取ったぐらいで。……何だ、その顔は……。なに?オレ様の方がよっぽどサディストだって? たしかにオレ様の、普段解体に従事している立場の人間を解体するのも考えてみれば倒錯的ではあるけれども。残念、こいつは趣味じゃない。列記とした仕事だ。
……ハハハハ、なんだお前、まだ気づいてなかったのか? 奴が売ってた、そしてお前が喜んで頬張っていたホットドッグのウィンナーの正体は…。なに? 云わずとも分る? まぁ聞きたまえよ。想像は当たっているだろうがね。
 そうとも、人の肉だ。それも幼い乳飲み子の肉だよ。おや? お前さん、人肉と聞いて顔をしかめたが、それはどうか……古来、人の肉とは美味たるものとして珍重されてきた。中国の或る名高い店では高官や一部の好事家達に今でも供されているという。ま、余談だが……。
 奴の本職知ってるか? そう、肉屋だ。人一人解体するくらい朝飯前さ。奴はガキを殺さなきゃ満足に自分の欲望を昇華出来ないときたもんだ。かといってそのままにしておけばいずれ足がつく。そこで思いついたのが腸詰だ。骨髄液と血液と肉、塩胡椒に各種スパイス。隠し味に脳味噌をひとさじ。
 これでぐっと味が引き立つ。それを腸に詰めてな、もちろん雑じりっけなし百パーセント人の腸さ。
 臭みはないのかだって? ハハハ、なに云ってるんだ。どんな動物でも一番美味いところは内臓、その次は骨の周りの肉だと相場は決まってるだろう。そいつを売ったのさ、肉屋がウィンナー売るんだ。誰も怪しむまい。ところがだ……。
 ここに一つの挿話がある。あるところに、旦那は蒸発して職もなく明日どころか今日の糧も無い……そんな女がいた。自分にあるのは生まれて間もない乳飲み子だけだ。その子にあげる母乳も出ない有様。さて……、
 そんな女の家の近所には或る肉屋があった。どこで仕入れてきたのか、考えもつかないような安い値で肉を分けてくれる店がだ。が、最近は品薄なのか、棚に並ぶのは少なくなってきてる、その上、店の主人も不在がちだ。
 或る日、女は肉屋の主人が駅前でホットドッグを売っているのを見かけた。そのホットドッグも信じられないくらい格安で売られてい、また味もいい。
 ところで女は肉屋における一つの法則性を見つけてしまった。それは、
『行方不明者が出た翌日には必ずホットドッグが売られる』ってことだ。女のカンって奴か。そこで女は思っていたことを実行したんだよ。
『ああ、もう私にはこの子を育てるお金も気力も無い。可哀想だけど、どこかに置き去りにしよう』
 女は肉屋の裏路地に子供を置き去りにした。
 そしてもちろん翌日、格安でイケる味のホットドッグを喰うために駅前に立ってた……。
 クックック、まさに欲望の糧だな。なに?そんなことが許されるはずが無い? もちろん、こいつは挿話だ、お話だ。誰も本当の事と断って語ったわけじゃない。そしてオレ様は嘘とも云ってない。ただ、この話を通して理想が大好きなロマンチストのお前さんに二つの教訓を知ってもらいたかったのだ。
 一つは、確かに慣行化されたカニバリズムの存在を証明することは難しい。ただ、
「貧しい者と同じように、食人者も常に社会に存在する」ってことだ。さらに、飢えからくる欲望の純化と深化。最初は肉が喰いたいと思ってるだけかもしれない。それが飢餓からくる切迫感に精神を追いやられると隠れていた本当の欲望が顔を出すということに。
 そしてもう一つは他人に処理させることで罪の意識から逃れようとした、この女の欺瞞と怠慢だ。
 そんなに生きる糧が欲しければ働けばいいのだ。これだけ無国籍、無秩序な掃き溜めのような街だ。
 働き口がないとは弱者の戯言に過ぎんよ。職を選り好みしさえしなければ幾らだってあるだろうに。
 まぁ、それがどんな仕事であるかまでは責任取れぬがね。
 子供が手の煩いになるのなら他に遣りようがある。子供が欲しい連中や慈善活動家なんて胡散臭い奴らはこの街にゴマンといる。それを女は肉屋の路地裏に子を置くことで全てが解決したと思っているのだ。そして『子を殺したのはあのブッチャーだ。私じゃない』とは幾らなんでも身勝手とは思わないかね?
……おっと、話が重くなってしまったな。オレ様らしくもない。なに? 何だって? その女はどうしたかって? フフン、心配するな。この【悪魔の爪】様に手抜かりはない。すでに女はお蔵入りしている。
……なんだ? 質問の多いやつだな、悪魔というなら何故オレ様は黒い服じゃなく朱色のコートを着ているのかだって?何度も云うようにこれは仕事着なんだよ。昔からこう決められてんだ。それに【悪魔】ってのは仕事上の符丁だ。
 おっとぉ、お喋りはこれまで、お前さん首をひん曲げて空を見上げてみな。相棒のご到着だ。
……なんだ、レィンディアーがそり橇引っ張ってくるとでも思っていたのかい? そいつは残念なことしたが。ただ、お前さんのいう通りに今はまだ11月だからな。……おう持って来たか、ゼロよ、どうれ見せてみろ。
 このふわふわした犬っころの幽霊みたいなのは【夢喰い】というんだ。こいつの腹ん中には人々の夢の欠片が詰まってる。そいつをばらして内容を読み取り、可能なら叶えてやる。お前さんも知っての通り、それがオレ様が司る本来の仕事だ。おいゼロ! 早速吐き出しな。むぅー、やけに消化の悪いものを採ってきやがったな。すまんがお前さん、奴の腹を二三度蹴り上げてくれんか? ……おっと出てきた。
 どれどれ、これがそうだよ。……夢のかけらっていうくらいだからキラキラしてるもんだと思ってた? なに、お前さんの言うとおりそんな夢だってかつてはあったさ。混じりけなしの欠片がな。ただ、昨今のはやりとは云わんが最近はこういう黒くよど澱んだ欠片が多くなってきたのは確か……。
 割ってみようか。お前さんにだって分るよ。よく耳を澄ませてみろ。こいつは……10代の、今時の女の子だな。
 どれ。
『何でも買ってくれるパパが欲しいー!!』
……あ、いや一瞬意識が遠くなった。ま、いい。他人の欲望と自らの欲望とを秤にかけ、そこから生まれるものなど価値あるか。それを見出すかは本人次第なのだがね。これも欲望の一顕現。夢やドリームなんぞと糖衣に包まれるうち中は聞こえはいいが、所詮は自らの根本に潜むエゴイスティック、極めて利己的な欲望のことだからな。
 気を取り直して次は、これはご老人だな。どれ……。
『まだ死にたくない!』
……このご老人は長寿番付の上位に名を連ねる者でな、曾孫の顔も見たし世間的地位と名誉も得ている、金だってある。誰しもが羨む人生だ。例えそれが他人を蹴落としてその上に築き上げられた人生の城ではあっても……。彼は現在入院中だがそれは不知の病とかではなく、只の老衰だ。いずれ誰しもが辿る道だ。だのにまだこの期に及んで不死を願うか。人の欲望とは尽きせぬものということよ。
 夢とは子供だけの特権ではないのだが、あまりにも可愛げがなさすぎるな。どれ……。
 夫の死を願う妻に管理主義社会内にはびこ蔓延る賂の嵐。受験戦争において余所の子のミステイクを祈る子達……。全くアイデンティティってものがないのかね、あ奴らには。
ゼロ……もうちょっとましな夢は無かったのかい? ――いや、誰しもがこう願っているのか……。昔のようにただ純粋に物質的なものを求める者は数少なくなったよ。確かに世紀末。この惑星は精神的に滅びにへと向かっているのかも知れん。人の言う千年紀は程遠い。
 お前さんはどうやってオレ様が夢を叶えてやるのか知ってるか。徒手空拳で何も無いところからマジシャンのシルクハットみたく、ひょいと何でも取り出すってわけにはいかない。それなりに代償を払ってもらうのさ。そうだな…そのツケはこの星に還ってくる。
 誰彼と全ての夢を叶えていたんじゃきりが無い。そこでだ、たっぷり欲望の染み込んだ介在物を利用することによって或る夢を別の夢へと昇華させるんだ。仲立ちによるいわば物質的欲望の転化、純化だ。それをこなしてくれるモノ、それがこいつらさね。ま、見てな。
――そうだな、まず介在物はとびっきり病んだ持ち主のモノがいい。欲望への理解が大きく飲み込みやすい。下世話だが早い話、燃費がいいってことだ。
――血を流すことで分裂した国の統一を図るエセ為政者。
――特定の宗派に関係なくとも『神を信じる』と主張し無心論者に不可解な思いを与える者たち……ククク、まさにクリスマスがそうだな。
――人肉を捌く肉屋に、そこに子を譲り渡して自らの子を喰う母親……。
 腕に口。眼球と臓器一揃いに骸骨。その他諸々、ここに揃っているのは『禁忌』をものともしない強者達のそれぞれが有していた身体の一部だ。おい、そんなに気持ち悪がるな。こいつは肉体の欠損部分なんかじゃない。既にアミノ酸やタンパク質、カルシウムやリンで合成され、客体化されたモノでしかない。それを融合させて、と。ゼロよ、早く口を開けんか! ……よしよし。
 ホラ、分るか? ゼロの胎内に放り込まれた、欲望を飢える器官が蠢き溶け合って一つの形を成していく。
 だんだん姿が整ってきたな。――なに? スロットマシーンに似てるって? ううむ、なかなか良い例えであるよ。欲望と云う名のコインをあても無く注ぎこみ、叶うか分らない夢を引き当てようとする……。
――どうやら完成したようだ。どうだ、外見上はいずれかのヒトの形を保ってはいるが、どこか幾何学的。内面は全く違う。それに鈍く真珠色に耀いているだろう?
 ま、簡単に説明だけしておこう。気を持たせるようだが……。
 夢の欠片を用い<変換>を行うわけだが、新しい夢へのかまえ、もしくは世界に対する態度が<欲望-図化>構造に歪曲を与え、<変換>を促すのさ。この時、既成の構造の中心は同じレヴェルで移動するか、高い、もしくは低いレヴェルへと移動し新しい形成が成される。
 同じレヴェルでの構造の変換を<構造変換>と呼び、違うレヴェルへの変換を<位層変換>と呼ぶ。ま、欲望としての<正か負か>という方向性も加わるから一概にどうこう言えんのが現状だがね……。講釈はこれまでにしてと、
 ではお前さんに見せてやろうさね。【サタンリィー・クロウズ】もとい聖ニコラウスの力を。
――この突き出た口は祖国に流血をと叫んだ為政者のものだな。それはともかくとして、この中に夢の欠片を放り込む。そしてこのレバーのようになってる、先ほどの肘を下げる……。
……お、独裁者め、苦しそうな顔して吐き出したそうな顔してるな。スマンがさっきしたみたいに蹴飛ばしてやってくれんか。うむ、そうだ。
 ほら飛び出てきた。クククッどうだね。かのご老人の『まだ死にたくない!』って叫んでいた夢の欠片は、この『ピノッキオ』という絵本一冊分の価値しかなかったというわけさね。この現象が<欲望の純化>だ。……まだだ、眼をそらしちゃいかん。独裁者の口から何かが立ち上っていくのが分るだろ。
 あれこそ欲望の不純物、<夢の残滓>さ。排気ガスやフロンガスとは決定的に違うのは、あの黒い煙は空を濁し、大地に染み込んでは樹木の根を腐らせる。それこそ星の命自体を削るのさね。
 ヒトが幾らどんな夢を持ったっていいさ。そしてそれを叶えていくのがオレ様の仕事。それが結果としてこの星の生命を絶やすことになったとしてオレ様にどんな罪がある? そして誰が責めることが出来ようか……。……ふむ、お前さんは何をオレ様に謝ることがある? オレ様はこの星がどうなろうと構わんのだ。ヒトではないからな。死ぬことなど有りえない。それにお前さんに自業自得とは云わんよ。善くもあれば悪く、何事も結果が全て。気の毒ではあるがね。ハハハハハ。
――なに? ゼロよ。まだ、腹が重いのか……。一体どこで何を仕込んできたのやら。スマンな、こうなったら付き合いだと思ってもう一遍蹴飛ばしてやってくれ。
――ほお! フフフフ、これはこれは。月光を磨き上げたるような結晶だな。まだこんな欠片をお目にかかることが出来ようとは…。どんな人間だ一体?
 ふうむ、身体を患っている…少女か。それも肺と気管支を冒されてもう永くはない。
 とりあえず割ってみようか、どれ?
『……お星様がいつでも見られる空が欲しい』
 そうだな。お前さんも知っての通り、それどころか、この子の場合、生まれたとき既にこのかつての蒼い惑星は病んでいたのだよ。スモッグで覆われた空。鳥も飛ばぬ空。星の光さえままならぬ空……。
 この子は自分の身体の回復を願ってもいいのにそうしなかった。どうだ? こんな夢は自己犠牲だと思うか? 欲望でさえない、ただの小さな祈りだ。誰に届くとも知れない……。
――なんだゼロ、分かってるよ。そんなに赤い鼻を擦り付けるな。この子の願いを叶えてやろうじゃないか。さすがにクリスマスには間に合わないかもしれんがね。この世界は澱みがいささか深すぎる。だがせめて美しい空で千年紀に彩りを添えてやろうじゃないか。
 ほら、お前さんも手伝わないかい!その腹がパンクするまで製造機にどんどん夢を詰め込んじゃいな。
 こんな子がいる限りまだまだオレ様の力は衰えちゃいけないんだよ。疲れたんでお前さんをこの星の後継者に据えようとも思ったんだが先になりそうだ。さあ!頑張れ。一世一代の大仕事だ。
 それこそ、
――『靴下に入りきらない夢』を!!


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