« 短編小説:夜空より来たるもの | トップページ | 奇想に親しむ »

2007.01.13

短編小説:おもち

 新年の明けた三が日最終日の朝、操木依子が取りとめのない、普段の自分とは微妙に異なる人生を幾通りか体験した夢から目覚めてみると、ベッドの中で自分の姿が一個の人間の形を模した、とてつもなく大きなお餅に変わってしまっていることに気がついた。ドットのように白いミッフィの顔が無数にあしらわれたクリーム色のパジャマを着こんだお餅。搗き立てのお餅ほどの可塑性はないものの、真っ白な皮膚は羽二重餅のようななめらかさ、柔らかさを保っている。これがほんとの餅膚だ、とぼんやり依子は思った。
 いったい、自分の身の上に何事が生じたのか、依子は考えてみた。夢にしては現実的過ぎた。視界(餅にそんなものがあるとするなら知覚と表現するのが一番分かりやすい)が捉えた光景は馴染みの深い、いつもの依子の部屋だった。以前に友人が大掃除という名の大改革を行って以来、片付けの「か」の字は無造作に散らばった物の中に埋もれ、依子の不精な性質が祟って女の子の一人住まいと言うには少々雑然としすぎた、けれど住み心地の良い部屋。ブラインドの隙間から射す新年の曙光は、透明感の中に冷気を伴って室内に侵入し、依子の表皮をなぶる。冷気が依子の身体から一時ごとに柔軟さを奪っていくようだった。困ったことに、今の有様を忘れ、まぶたを閉じて夢の世界へ逃避しようにもまぶたがないのだ。オーライ、依子。なぜこうなったのかじっくり検討しようじゃない。依子は心の中で腕まくり(餅はやはり餅でしかない)をして唸り始めた。
 操木家は式王子港市の中では旧家に属する。毎年、年末になると家長が近所の有志連を率いて正月に供える餅つきをするのが習わしだった。依子は帰省がてら、男連中が寒空の下で今時とは思えぬ杵と臼を用いての風流な、と言っても汗水を垂らしながらの力作業を眺めては、粉をまぶした机の上に運ばれてくる餅を時折丸める作業を手伝ったりして時間を潰していた。砂糖黄粉、あんこ、醤油。つまみ食い用に何種類かの小皿を用意して、年の瀬の穏やかな時間を大部分はこたつに潜り込んでぬくぬくと、それが依子の常だった。 餅は好きである。実家から昨日、牙城であるメゾン・ド・パピヨンの一室に帰還した折も、小さめのお重箱に綺麗にあしらったお節と共に、持ち運べる限りの餅を鞄に詰められ送り出されたものだった。それは今も玄関に置かれたままの鞄の中でひっそりと息をこらしているはずだ。正月はもちろん、当分の間を食いつなぐ大切な備蓄食料としての依子の一財産である。お雑煮。おぜんざい。焼餅。揚げ餅。餅のレトルトカレーかけ……。餅は好きである。でもそれは白米が好きなのと同等の好きさであって、特別餅が好きである訳ではなかった。行きつけの甘味処である『安寿』のお萩にしたって、洋菓子屋の『苺庵』が誇るショートケーキとどちらが好きかと問われたらきっと返答に窮するだろう。
 足もとから冷気が這い登ってくる。眠っている間に布団を蹴っ飛ばしてしまったのか、爪先がむき出しになっている。知覚という名の眼で見つめる。五指に分かれた指先はもはや形を成さず、のっぺりと平板な餅の塊がただパジャマの裾から伸びている。人間である時には意識の片隅にもなかったが、こんな姿に身をやつしてみた途端、幾千万もの大軍団で部屋のあちこちに城塞を築く、様々な種族の菌類のぬるりとした吐息、這い寄る混沌のごとき存在がひたひたと近づいてくるのが依子には感じられた。舌なめずりをし、両手を互いに繋ぎあわせて依子を囲い込もうとするもの共。彼らからしてみれば、依子など単なる丸々とした動かぬ獲物にしかすぎないのだ。そしてまた何者かの足音を聴き、逸話を思い出した。依子の住まうメゾン・ド・パピヨンはペット禁止である。というのも数年前に事を発する事件があってのこと。それまでは犬や猫は何らかのちゃんとした説明があれば、大家さんの承認ありきとはいえ、飼うことは出来た。むしろそういった『家族』は他の部屋に住まう住人達にも歓迎され可愛がられていたものだった。ところがある時、大家さんに内緒で部屋にケージを持ち込んで数匹のハムスターを飼う住人がいた。ケージの中にさえいれば愛すべき小さきもの達だったが、その住人が数日部屋を留守にしたことから災いが訪れてしまう。血気盛んにケージ内で遊びまわっていたハムスターのうちの一匹が組み立て式ケージの枠に緩んだ隙間が生じているのを発見したのだ。爪をつき立て、額を捻じ込み、横腹をぶち当て、力任せに尾をくねらせる。自分だけでは無理と悟ったのか、仲間にも呼びかけ、主のいない束の間の時間を思うがままにふるまった。そして、事、ここに成就せり。部屋の主が帰宅した頃、ハムスター達は自由を謳歌せんと、新天地に旅立った後だったのである。それからのこと、メゾン・ド・パピヨンの住居のあちこちで「鼠が出る」と噂され始めたのは。大家さんは事情を知った上でクマテトラリル、フマリン、ワルファリンと言った殺鼠剤を用いたが、人間の考えている以上に、棲息環境に順応する早さは驚異的であり、開戦時には一定の戦果を得たものの、その後はさしたる効果を得ないまま時が経ち、遂に大家さんも共存する道を選んだ。いつ裏切るとも知れぬ危うい同盟関係ではあるといえど。その脅威が間違いなく、依子の変化を察知し、一族郎党を引き連れて襲撃を始めるのは時間の問題だった。これから二股に開いた選択肢は、埃に埋もれカビに腐食されるか、ハムスターに齧られるかの違いでしかない。
 餅。餅といえば、祖母の供で聞きにいった寄席を思い出す。落語の題目は『蛇含草』と言う夏の暑い盛りの話だ。餅好きの男が遊びに立ち寄った友人の家にお邪魔し、火鉢で炙られている餅をみて、友人の断りなしにつまみ食いをする。食ってもいいが、礼儀を弁えなさいとたしなめられるも、食ってもいいのなら餅箱ごと焼いて食ってみせようと曲芸食いを披露するが、数個の餅を残してとうとう頭のてっぺんまで餅が詰まってしまう。そこで友人。風流で飾っていた壁の草を指しては、これは蛇含草といい、山で迷った人間を丸呑みして苦しくなった大蛇が人間を消化して腹の具合をおさめる腹薬だと指南。重たい腹を抱えつつ、それを長屋に持ち帰って食しころりと横になってしまう。友人の食いすぎにどうしたものかと様子が気になり訪れてみると、餅を大食いした本人の姿はなく、ただそこには甚平を着た餅が座っていた……たとえ、餅を消化する蛇含草のごとき仙草があったとして、餅の身体が溶けきった後、いったい何が残るんだろう。この身は餅と一つであるのか、それとも幾許かの何かしら依子であるものがあるんだろうか。
 眠る前のことを思い出す。実家から帰還して早々に依子が熱中し始めたのは『クトゥルフオンライン』と言うオンラインゲームである。新年の限定イベントで、通常は隠された座標に海底都市ルルイエが浮上すると知り、オンラインの友人達と新年の挨拶を交わしながら、忌まわしき深きものどもの狩りに出向いたのだった。高レベル帯パーティ推奨だったので、依子とっておきのトレジャーハンターで、ペア狩りのお供にミシェルという海産物の撃退に特化した友人が操る猫と出撃。画面のこちらに臭ってきそうな凄まじい臭気までも描画するモニターに眼を爛々と輝かせながら、お餅のように無限の如き柔軟性、可塑性を帯びた腐敗した粘着質の凝縮された触手の狂気めいた群を掻い潜り、時に通りすがりの顔なじみに回復してもらったりと、骨髄に氷水を循環させるがごときスリリングな中にも楽しいひとときを存分に過ごし、疲れきったまなこを擦りながら夜と言うには遅すぎる床についたのだった。
 玄関でチャイムの音がする。三が日の最終日、御囃子宮へと初詣に繰り出そうと年末からの約束を思い出した。相も変らぬいつものゼミ仲間だとしても、会えば改まった気持ちになるに違いない。もし会えたらの話だけど。どう説明したらよいものやら、話の糸口すら掴めぬし、口を開こうにも言葉はあ、とも、んとも出てこない。今の依子はミッフィのパジャマを着込んだ餅でしかないのだ。もう一回、チャイムが鳴る。チャイムのテンポは回を追うごとに早くなっている。ひなったらせっかちなんだから。依子は何とか玄関の方に身体を向けようと物憂げな身体に活を入れ、全力で捩った……。
 
 身体がうねる。
 驚いたことに依子の身体は持ち主の言う通りに向きたい方向を捩れた。
 身体に纏わりつく冷気が心地好い。まぶたに宿す光が急激に弱く昏くなったのを感じ、眼を凝らした。古さびて朽ち果てた、とはいえ建造物としての基礎を保っている石柱が幾本も建ち、同じ背丈ほどの長大な海草に身を巻かせている。畸形に歪んだ魚達が依子の寝そべっている寝所を回遊している。まもなく悟った。深海の果ての水底。死せるほど、夢見るままに待ちいたり。二十有余年の人生をまどろみの内に観ていたのだった。人間であった時の移ろいなど、ほんの僅かな揺らぎにすぎない。人の世は夢幻。依子であったものは軟泥に灰緑にぬめり光る巨大な身を横たわらせ、また眠りの門の戸をくぐった。 
 

|

« 短編小説:夜空より来たるもの | トップページ | 奇想に親しむ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4186/13462738

この記事へのトラックバック一覧です: 短編小説:おもち:

« 短編小説:夜空より来たるもの | トップページ | 奇想に親しむ »