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2006.12.25

短編小説:夜空より来たるもの

 北緯六十六、六度、三十三分より以北。
 真冬に太陽の昇ることのない氷に閉ざされた世界。それが北極圏だ。
 千尋は北米航空宇宙防衛司令部、俗に言うノーラッドから送られてくるレーダーサイトの情報が、刻々とリアルタイムで変化しているのをモニター越しに見守っていた。北警告システムと呼ばれる強力無比なレーダーシステムは、北アメリカの北境界線にそって四十七ケ所に設置されている。ノーラッドは、クリスマスイヴに北極を出発しようとしているサンタクロースの動きに、レーダーの照準を絞っており、一般に向けても「サンタクロース追跡プログラム」として公開している。それを観察するのが千尋の恒例行事になっていた。緑のレーダーの網に映る点に未だ動きはない。千尋はあくびし、長期戦に備えるためのコーラのペットボトルと大袋のポテトチップスを取りに立ち上がった。
 
 二〇XX年。民の困窮に目を向けようともせずただひたすらの軍備拡張を唱え続けた独裁者が遂に暴発した。大陸間弾道ミサイルに核弾頭を搭載し、某国に向け射ち放ったのである。ミサイルは大気圏まで上昇し、世界に核の冬をもたらそうとしていた。
 ノーラッドの監視衛星がその様子を捕らえていたが、もはや迎撃ままならず。レーダーの誤作動を期待するもむなしく、ただただモニター越しに願うばかりであった。
 刹那。神の御業か、悪魔の気まぐれか、監視員が瞬き一つする間に、ミサイルの影は消え失せていた。ノーラッドの職員たちは歓声に沸き立ち、一足早いクリスマスを祝おうとシャンパンのコルクを飛ばしあった。
 ところが、喜ぶのは早計に過ぎた。
 核弾頭は確かに命中していた。相手が人外のものであるからには、その本来の効力を及ぼさぬまでであった。正確を記すれば、実に威力九Mトンもの爆熱、放射性物質の洗礼は確かに影響を与えていた。マッハ八の速度をもって航路を横切らんと通りかかりしに直撃を受けた聖ニコラウスと、橇を牽引する九頭からなる忠実な従者において。
 眼にも見よ。いかなる力によってか、放射性物質の全てを総身に吸収したるニコラウスは三百メートルを越す巨魁となっていた。否や、悠然と貫禄を帯びて夜空にたなびきたる白髭も含めれば全長五百メートルにはなろうか。二十万トンを軽々と超える重量を、これもまた総身に放射性物質を吸収して巨獣と化したる赤っ鼻のルドルフを筆頭にダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、ダンダー、ブリクセム、キューピッド、コメット。九頭のトナカイが筋肉の隆起しみなぎりたる膂力でもって支えていた。 
「ホゥホゥホゥ」
 ニコラウスとトナカイたちの一団はマッハ八の速度をもって、一夜にして世界中を巡る。レーダーサイトからミサイルが消えたのではない。直撃を受け、名状しがたい膂力をその手にしたトナカイたちが監視衛星も捕捉しえないほどの加速度をもって瞬く間に過ぎ去っただけなのだ。もはや影としても認識するのは難しいまでに。
 そして、始まった。
 十二月の雪空に漏れる吐息は白く煙らずに青白い燐光を放っている。核反応の際に見られるチェレンコフ光であろう。ニコラウスは橇に素材の判然とせぬ巨大な布袋を積んでいるが、実際にその中に贈り物が入っているわけではない。言うなれば、ニコラウスが夢を具現化する為に用いる媒介物であるのだ。夢であればいかようなものでも取り出せる。それが良きにつれ悪しきにつれ。それがニコラウスの奇跡であり、夢を得ることでまたニコラウスも存在を許される。
 その夜の出来事について、地球で過ごした大部分の人間にとっては、誠に気の毒である、としか言いようがない(ささやかな例外として、ニコラウスの力も宇宙ステーションまでは及ばなかったことを挙げる)。あえて、悪者を名指しするとすれば核戦争を引き起こそうとした独裁者であろうか。しかし彼もすぐに報いを受けることとなる。
 独裁者は権力を欲し、そして地球上における戦力の悉くを欲した。そしてその夢は叶えられた。頭上に降り注ぐ、戦車、戦闘機、原子力潜水艦、軍艦。弾道ミサイル。そして核。そのどれもが巨人の扱いたるが如くの大きさであった。夢に殉じたのであれば、或は本望であろう。同じように戦力を夢に抱く者は、悉くその夢の大きさに滅んだ。
 繰り返し告げるが、誠に気の毒であったとしか言い表しようがない。無垢な愛らしいふわふわとした、とはいえ百メートルもの高さのテディベアが頭上に突如、落下してきた時、常人はどんな反応が返せるというのか。同様の例を挙げよう。ビルほどの巨魁をもって合金製のロボットが庭先に突き立ったとして、ただ見上げるしかあるまい。
 類いまれなる美貌を追求した者は見事その願いを叶えられた。誰もが羨む微笑はもはや思うが儘である。ただ引き換えに、身体のサイズが家屋の耐久度を軽々と超越するほどに桁外れに大きくなったことなど些細なことに過ぎなかろう。その夜、同じ境遇に身を晒した者など数え切れぬほど居るのだから、新たなる出会いに祝杯を挙げることにしよう。一杯の熱いスープを求めた者は、五十メートルのプールですら溢れかえらんほどの具沢山の湯気の立ち上るスープの波に押し流され、ある者は香ばしい匂いを放つ、肉汁滴り落ちる七面鳥の丸焼きに全身で抱擁を受けた。聖夜の前夜に浮き立つ家家に降り注ぐのは、賑やかな飾り付けをしたデコレーションケーキの山。素足をかかえて凍える夜を過ごす者はスニーカーのゴム底で踏み潰され、巨万の富を夢見し者は無数に降りたる隕石の如き金貨に撃たれ、夢に埋もれた。誰しも幸せの絶頂の中旅立ったことを祈るばかりである。
 そしてまた、何よりも特筆すべきは、空想の中に生きるものどもすら、その恐るべきまでに溢れかえらんとするニコラウスの奇跡によって、血肉を宿したことであろうか。
 熱線を吐く大怪獣のはらからども、それを迎え撃つ光の巨人。ゴシックな洋装をまとい自在に動き回る球体関節人形。吸血鬼伯爵に食屍鬼姫。夜空を埋め尽くさんとするエイリアンシップ。住居を覆いつくさんと不気味な緑色に沸き立つポリプ状の生物。終末を迎える光景には相応しいとも言える。太平洋に浮上するルルイエの支配者……。
 夢をもつのは何も人間ばかりではない。旱魃化の激しい砂漠には轟轟たる雨雲を呼び、飢えたる小動物には木の実を与え、絶滅に瀕する生物にはつがいをあてがい。
 一夜にして世界中を駆け巡る。最後の最後までニコラウスとその従者たちは自分たちの変化に気付くことはなかった。夜明けと共に我が家に帰り着き、トナカイに飼い葉を与えてベッドに潜りこもうとしたとき、その名状しがたい窮屈さに首を傾げただけだった。
 規模の違いはあれど、奇跡が起こったことに間違いはない。誰が悪意なき夢幻の具現者たるニコラウスを責めようものか。こんにち、我々はペローやグリムに教わるまでもなく、メルヒェンがときに残酷なものであるということを身をもって知った。おそらく幾たりかの人間は、この夜を大過なく過ごし、新しい朝に目覚めることだろう。ささやかなる大きな贈り物に戸惑いながらも。メリークリスマス。
 
 千尋は空になったポテトチップスの袋を斜めに傾けて、最後の一欠けらまで口に放り込んだ。今観ていたのは、長い夜を過ごすために行きつけのレンタルビデオ屋であるクルウルウの店長がお奨めしてくれた一本で「悪魔の爪Ⅱ・夢幻の具現者ニコラウス」という仰々しいタイトルのホラァSF映画である。わざとフィルムにスクラッチを入れるほどの徹底したチープさにこだわった特殊撮影技術、往年の怪奇映画を支え続けた名老優であるクリスファット・リィをニコラウスに配して、これまで築き上げたキャラクターを大胆にぶち壊しもした。かと思えば名前も知らないような女優が無意味にシャワーシーンでグラマラスな裸身を晒したりして、微笑ましいほどに観ていて作り手のB級魂を感じさせるベタベタの通好みな作品で、千尋としては概ね及第な内容だった。
 PCのモニターに眼を向ける。レーダーサイトの点はカナダの森林上空を通過の真っ最中だった。今頃、カナダのノーラッド戦闘パイロットがニューファンランドを飛び立ちサンタクロースのお出迎えをしているはずだ。
 もし自分だったら、何を望むだろう。地平線の果てまでを埋め尽くした巨大な縫いぐるみの群れが朝日を荘厳に浴びていたエンドロールを思いかえす。望むなら、レイフェル・アロイシャス・ラファティの絶版本か、アヴラム・デイヴィッドスンの未訳本だろうか。それが五十メートルものトールサイズで屋根を突き破って降ってくるのを想像して千尋はうなだれた。勘弁こうむりたい。外気とエアコンの温度差で結露した窓をパジャマの袖でこすり、夜空を見上げる。明け方まで待ったところで白髭を乗せた橇が音速を突破するときに発するソニックブームに鼓膜を震わせることはないだろう。
 叶うなら靴下に入りきる夢でいいなぁ。千尋は姉から貰った特製手編みクリスマス用特大靴下を部屋の扉のノブに吊り下げた。 

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