« 小説を書く、という行為 | トップページ | サブタイからリンク »

2003.12.25

過去の記憶=夏休みの宿題

過去記事《小説を書く、という行為》の中で反響のあった、

過去の記憶にある出来事は、ある種、夏休みの宿題のようなもので、書かなければならないような義務感があり、また書くことによりあるべき場所に落ち着く、そんな気がします。
と記したことについて、いくらかの補足を。

甲斐の日々の糧として、日本人作家なら村上春樹・江國香織・川上弘美、井上雅彦。
また外国人作家であるならば、ブラッドベリ、ラファティ、そしてラヴクラフト。
数知れずの映画作品、そして自らの思い出。
小説を書こうと決めたとき、まず最初にこれら血肉となったものの行き場を考えました。
その時点で煮詰まっていたものを頭の中から、キーボードに触れる指先へ伝えるだけの行為はもどかしくも楽しい作業であったのだけど、やはり自分の中にある塊を単に吐き出しているだけだと。そう考える自分がそこにいる。

誰がいったか、

小説とはその者の排泄物に過ぎない。
そんな言葉を耳にしたことがありますが、排泄物である以上、それは能動的に創作したことにはならない、そう思うのです。
またこれが《夏休みの宿題》という論旨に繋がるわけですが。区切りのため、書かなければと半ば強迫的な思いがある一方で、
試してみたい文体、自分の中から自然と沸きあがってきたテーマ、素直に自分の文章と向き合い紡ぎたい話がある。こういったものを《自由研究》と呼んだのでした。

改めて思考を辿るきっかけを与えてくれたhiroさんと信天翁さんに感謝。

何はともあれ、このサイトに来てくださってる皆様にメリークリスマス!

|

« 小説を書く、という行為 | トップページ | サブタイからリンク »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4186/49312

この記事へのトラックバック一覧です: 過去の記憶=夏休みの宿題:

» パスカル新人文学賞のことなど [信天翁の漂流記録]
もうすでに記憶が薄れかかっておりますが、かなり以前に、asahiネットでタイトルのような新人文学賞を募集しておりました。募集期間中にアップロードされた作品を誰で... [続きを読む]

受信: 2003.12.27 10:45

« 小説を書く、という行為 | トップページ | サブタイからリンク »